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95年の生涯に幕 マーベルという“心の居場所”を生み出した故スタン・リー氏の偉大さ

2018年11月14日 18:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 悩み多き中学生のころ、マーベルの翻訳本と出会い、自分の人生が変わりました。ヒーローやヴィランたちが暴れまわるワクワクするような冒険世界でしたが、そのかっこよさ以上に心に響いたのは、「ヒーローたちがいつも悩んでいる」ということでした。ものすごい力を持った超人なのに、みんなのために戦ってもそれが裏目に出てしまう。そんなヒーローたちの姿に、なにをやってもうまくいかない自分を重ね合わせ、シンパシーを感じたのです。


 “マーベルのヒーローたちは共感できる”ということを知識ではなく、実体験として感じました。後にこのマーベルの世界をつくりあげたのがスタン・リーという方だと知ります。以来、故スタン・リー氏は、僕にとって恩人となりました。マーベルという“心の居場所”を作ってくれた方だからです。


 スタン氏はマーベル・コミックでスパイダーマン、アベンジャーズ、X-MENなどを生み出した作家であり編集長です。スタン氏はコミックに革命をもたらしたと言われています。それはスーパーヒーローたちを“憧れの存在”から“共感できる人物”として描くことで、荒唐無稽な超人活劇の世界の中でも映画や小説、演劇、音楽と同じくらいメッセージ性の強い人間ドラマを描けるということを証明したからです。コミックがまだ低俗なものと見られていた時代に、その可能性を広げ、社会的地位を向上させたわけですね。


 しかしながら、この反響に一番驚いたのはスタン氏自身だったのではないでしょうか? 実は“スタン・リー”というのは本名ではなかったそうです。彼は本当は小説家を目指していて、作家として大成した時に本名を使うつもりだった。つまりスタン氏自身も、当初は“コミックの原作者ごとき”に自分の名前は使いたくなかったのかもしれません。当時コミックなんて、その程度のものだったと。しかし彼の作り出すヒーローたち(ヴィランたち)は、多くの若者の心をつかみ、小説と並ぶ、いや小説以上に彼らの人生に影響を与えるメディアであり文化に成長していったのです。


 彼は“コミックの原作者 スタン・リー”として生きていくことを決意します。


 スタン氏はシェイクスピアが好きだったそうです。「シェイクスピア劇の”大げさ”なところがいい」と。“大げさ”な表現・筋立てだからこそ、逆に優れた寓話として物事の本質を描けるということを言いたかったのかもしれません。確かにマーベル・コミックの世界は宇宙や異次元、魔界、そして大都会を舞台に色とりどりのヒーローやヴィランたちが暴れまわる“大げさ”な世界であり、ヒーローやヴィランたちは自身の生き方に“大げさ”に悩んでいます。スーパーヒーローたちの超能力というのは、人間が持っている能力を誇張させたものでありますが、スタン氏は個人が抱える悩みや葛藤、社会の問題をも誇張させてヒーロー物の中に取り込んだのでしょう。


 スタン氏が発明した”スーパーヒーロー物のフォーマットを借りた人間ドラマ手法”は、今大人気のマーベル映画にも受け継がれています。マーベル映画がなぜ愛されるのか? その理由の1つに「ヒーローたちに共感できるから」をあげる人は少なくありません。ヒーローである前に人間であるというスタンスの下、超人たちを欠点もある悩める人物として描いている。だから面白く、胸に刺さるのだと。これらの魅力は、スタン氏がコミックの中で、すでに作り上げていたものです。


 スタン氏は、いつしかマーベル・コミックを読む読者に対し「Excelsior!(向上せよ!)」と呼びかけるようになります。彼がなぜこのフレーズを使い、愛したのか諸説あるのですが、僕は彼がキャラ作りについて語ったこのコメントにヒントがあるような気がします。スタン氏はあるインタビューでこう言っていたそうです。「この世に完璧なヒーローなんていないし、だから完璧な悪党っていうのもいないのだ。皆どこかに欠点があり、悩みもある」「だからこそ人々も社会も、他人に関して寛容であり、相手をいきなり良い・悪いときめつけないで理解するところから始めるべきだ」。誰もが”完璧”ではないからこそ、いつも「Excelsior!(向上せよ!)」の精神を忘れずにということなのかもしれません。


 心の恩人であるスタン氏に直接お目にかかれたのは、2016年の東京コミコンでした。僕がMCを担当したスパイダーマンのステージに、スタン氏がサプライズ・ゲストとして登壇してくれたのです。スタン・リーという名前を知って、40年以上もたってやっとご本人にお会いできました。


 そのスタン氏が11月12日(米時間)に95歳で天に召されました。様々な思いが押し寄せましたが、いまは感謝の気持ちしかありません。スタン氏がいたからいまの自分があるのだと。そして彼の作り上げたすばらしいヒーローやヴィランたちの物語を称え伝えていくのが僕ができるスタン氏への恩返しなのです。


 スタン氏の逝去のニュースは本当に悲しいことでしたが、僕は日本のメディアがこのことを大きく取り上げてくれたことを嬉しく思いました。つい数年前まで、一部の人しか知らなかったスタン氏が日本でもこれだけ大きくの人々にリスペクトされる存在になっていたということです。彼の作り上げた素晴らしい世界は国境や世代を超えて愛され続けていくのですね。


 Excelsior!


(文=杉山すぴ豊)