スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第15回は、第17戦オーストラリアGPで27戦ぶりに優勝したヤマハについて。この優勝はビニャーレス独特のライディングスタイルがもたらしたものというが果たして。
ーーーーーーーーーー
第16戦日本GPでマルク・マルケスがチャンピオンを獲得しましたね。マルケスはますますオトナになったな、という印象だ。シーズンを通して、「行く時は行く、行けない時は行かない」という押し引きのメリハリが効いている。そして引く時のレベルが底上げされている。「勝てないけど表彰台」では、ライバルが太刀打ちするのは難しい。マルケスがチャンピオンになるべくしてなった、というシーズンだった。
……って、シーズンが終わったわけじゃない。第17戦オーストラリアGPではマーベリック・ビニャーレスが優勝。ヤマハに27戦ぶりの勝利をもたらした。この優勝には布石があった。第15戦タイGPでの3位表彰台獲得だ。
■ビニャーレス独特の激深バンク角
タイGPではミシュランが用意した硬めのタイヤが、長くて低くて硬い車体のヤマハYZR-M1にはしっくりときたようだ。もてぎでは従来の仕様のタイヤに戻り順位は7位に沈んだが、ビニャーレスは、タイと同じようなライディングができていた。その勢いに乗って、オーストラリアでは独走優勝を果たした。
ただ、オーストラリアを見ている限りでは、やはりYZR-M1のメカニカルグリップは不足している。実際、チームメイトのバレンティーノ・ロッシは苦しい戦いを強いられていたし、ビニャーレスだからこその勝利と言っていいと思う。そしてビニャーレス優勝のヒミツは、彼の独特なライディングスタイルにある。
ビニャーレスは、ものすごく深いバンク角でもスロットルを開けてビュッとリヤを流せるのだ。そうすることで旋回力を高めている。4輪で激走してる人に分かりやすく(?)例えると、FF車でのコーナー進入時にサイドブレーキを引いてギャギャギャッと向きを変えてしまうような感じ。サイドブレーキをきっかけにムリヤリ曲げようという苦肉の策だ。
MotoGPマシンは、FF車のように曲がりにくいわけじゃない。でも、ビニャーレスは“もっと曲げたい”と、激深バンク角でスロットルを開けることをきっかけに旋回力を増しているのだ。
ロッシも同じような走りをしているが、ビニャーレスに比べるとバンク角がわずかに浅い。本当にごくわずかな差だけど、それがキッチリとタイム差に表れてしまっている。ビュッとリヤを流すのは、向き変えのきっかけにするため。ビニャーレスはロッシよりも早いタイミングで向きを変えられているので、それだけ早く加速態勢に入ることができているというワケだ。
「ロッシ、ダメじゃん」なんてカンタンな話じゃない。ビニャーレスがやってのけている走りは、恐ろしく難しい彼だけのテクニックだ。マシンが1番寝ている状態でスロットルを開けるって、想像しただけでも怖いでしょう? 実際怖いんです(笑)。
「スロットルを開けてリヤを流す」というと、かつてのギャリー・マッコイやケーシー・ストーナーが思い浮かぶかもしれない。でも、マッコイはコーナーを立ち上がってバイクをかなり起こした状態での話だから、(比較的)やりやすい。ストーナーはマシンが寝た状態でスロットルを開けられた希有なライダーだが、当時は各メーカーが独自開発したオリジナルECUでトラクションコントロールが頼れたこともあるし、そもそもバンク角自体はビニャーレスの方がさらに深い。
今のMotoGPライダーの中ではビニャーレスにしかできないスーパーテクニック。あのマルケスでさえ不可能なんだから、ロッシを責めるわけにはいかない。さらに言えば、ビニャーレス自身も必ずできるわけじゃない(笑)。条件がバチッとハマッた時だけの走りなのだ。
マシンがめっちゃ寝ている時にスロットルを開けるためには、高いエッジグリップが欠かせない。そしてタイヤの端の端の部分のグリップを感じるためには、硬いタイヤの方が具合がいいようだ。いやもうこれはビニャーレスにしか分からない世界だから想像でしかないが、硬いタイヤを履いた時にだけあの走りができているという事実からは、そう理解するしかない。
特定の条件が揃った時にズバ抜けた速さを見せるビニャーレス。他の誰にもマネできない走りは、まさに天才だ。逆に、ダメな時はまったくダメという精神的なもろさも天才っぽい。いやまぁ、なんだかんだ言いながら着実にポイントを稼ぎランキングではビニャーレスの上にいるロッシも天才なんだけどね……。
■マレーシアGPで猛烈な加速力を見せたヤマハ
そのロッシ、第18戦マレーシアGPではトップを快走して「去年のオランダGP以来の優勝か!?」と思わせたが、残り4周で転倒……。リヤから滑ってフロントもズルーときて、「もうすべてが限界です!」という転び方だった。
気になるのは、そこまでの怒濤の速さだ。ロッシは今まで「リヤのホイールスピンが!」と不満を訴え続けてきたが、今回は打って変わって猛烈な加速力を見せた。優勝したマルケスも「ヤマハの加速は凄かったね。いつもはドゥカティと戦ってたけど、今回はヤマハが最強だったよ」と、急激な変化に驚いた様子を隠さなかった。
そして、マレーシアGP開催期間中にグランプリ・コミッションがこんな決定を下した。「テクニカルディレクターには(各車の)ECUから直接データをダウンロードする権限が与えられ、元の記録と何も変更されておらず、FIM規則に準拠しているかどうかを確認できる」「共通ECUとIMU(慣性計測装置)に加え、共通CANデカップラーしか使用できない」(一部抜粋)。
共通ECUに各チームはいったい何をしているのか。ヤマハの急激な復調に関連があるのか。何かあるのか、ないのか……。このあたりは追って報告したいが、いずれにしても、オーストラリアGPでのビニャーレス優勝やマレーシアGPでのロッシのトップ走行をもって“ヤマハ完全復活”と判断することはできないのは確かだ……。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。