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BTS、BLACKPINK……K-POPはテクノロジーをどう活用してきた? 気鋭のメディア研究者、金成玟氏に聞く

2018年11月11日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

 BTS(防弾少年団)やBLACKPINKなどの活躍により、今やグローバルにその人気を拡大しているK-POP。その発展に、インターネットなど2000年代以降に浸透した新たなテクノロジーが大きく寄与していることは、もはや疑いのないところだろう。実際、どのような流れでK-POPはテクノロジーを活用してきたのか。K-POPを「新しいメディア空間」と捉え、その発展をあらゆる角度から検証した書籍『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書)の著者である金成玟氏に話を聞いた。


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音楽は所有するものではなく共有するもの


ーー本書ではK-POPを「メディア」として捉えることで、その特色や発展の経緯をこれまでにない俯瞰した視点から紐解いています。


金:K-POPのグローバル化がなぜ起こったのかを理解しようとしたとき、ひとつの音楽ジャンルとしてそれを捉えるだけでは不十分です。例えばファンダムのあり方ひとつ取っても、日本や欧米のそれとは明らかに違います。K-POPは日本や欧米のポップミュージックの影響を大いに受けながらも、真正性だけを求め続けるのではなく、韓国社会のあり方とともに常に変化してきた媒介のようなもので、メディア的な性格を持っているのが大きな特徴です。このメディア的な性格があったことも、新しいテクノロジーを有効に活用する一要因となり、K-POPが独自の発展を遂げる手助けとなりました。


ーー新しいテクノロジーがどのように受容されていったのか、その例を教えてください。


金:MP3を受容するのが早かったのは、その最たる例のひとつでしょうね。いろんな音が削られるMP3は、当然ながら理論的にも、圧縮される容量によってはわれわれの耳にも、CDより音質が低いのですが、その分データとして軽くて簡単に共有できます。それは言い換えると、音楽的に重要だと考えられていた部分を諦めているわけで、そこにはK-POPあるいは韓国社会が抱いている、音楽をはじめとしたコンテンツそのものに対する考え方の特異性を見いだすことができます。つまり、高いクオリティの音質を諦める代わりに、音楽は個人が所有するものではなく共有するものであって、インターネットに流れているものに対して自らアクセスするものである、という認識を、他の国や地域より早く形成することに繋がった。ストリーミングサービスやYouTubeの登場によって、今ではこうした認識は主流になりつつありますが、韓国ではファイル共有サービスのNapsterが大流行した2000年前後から、良くも悪くもそうした考え方が根付きつつあり、K-POPの作り手もまたそうした状況に対応してきました。それが結果的に、デジタル化によって大きく変わっていった音楽市場にマッチする戦略を生むことになりました。


ーー音楽を共有するという感覚を、日本のマーケットなどより柔軟に受け入れることができたわけですね。


金:そうですね。そこには市場規模の違いや、音楽業界とマスメディアとの関係性、著作権に対する考え方の違いなど、様々な要素が絡んでいますが、いずれにしても新たなものを受け入れることに対する抵抗があまり大きくないのは、韓国社会の特色のひとつかもしれません。90年代後半には、インターネットを全面的に受け入れて、それによってメディアのあり方やジャーナリズムのあり方もガラリと変わりました。様々なことを受け入れて、どんどん変容していくところが日本との大きな違いで、その姿勢はK-POPにも現れているのではないかと考えています。もちろん、インターネット産業の発展を国全体で推し進めたことは、当時の韓国の伝統的な音楽業界にダメージを与えることにもなったのですが、そこでどう生き残るかという危機感は、韓国音楽業界が海外の市場をターゲットにすることを結果的に後押しもしました。ひとつ指摘しておきたいのは、K-POPが国策によって発展した、といった誤解が一部にありますが、そうではなく、K-POPを発展させたのはアーティストやファンダムを始めとした韓国音楽シーン全体であって、国家は基本的にK-POPをめぐるひとつのアクターにすぎない、ということです。ときには音楽業界を法制度的にサポートしたりもするが、ときにはその成果を利用しようとして葛藤を起こしたりもする。K-POPそのものが国策である、と単純化して捉えると、K-POPを正しく理解することはできないでしょう。


ーーK-POPが、YouTubeとの相性が良いコンテンツだったことも、グローバル化の一因であると捉えられますか?


金:そうですね。K-POPのアーティストには日本的なアイドルの要素と、欧米的なアイドルの要素が混ざり合っていて、それを総合芸術的な表現として視覚的に見せることに力を注いでいるので、YouTubeとの相性はとても良かったと思います。加えて、ファンダムがYouTubeでの再生回数を組織的に増やすことで、応援するアーティストを目立たせようとする行為もまた、とてもK-POP的であり、注目すべきポイントです。つまり、インターネットによって作られたメディア空間の中で、アーティストとファン、あるいはファン同士によるコミュニケーションが生じ、それがマネジメントに影響を与えたり、セールスに直結したりする。だからこそ私はK-POPをメディアであると捉えているのです。このコミュニケーション、あるいはコミュニケーションを可能にしたメディア技術やメディア環境こそ、K-POPの主要な要素ですので。


J-POPとK-POPは比較し難い


ーーK-POPの方法論や、K-POPを取り巻くメディア環境から、J-POPが学べることにはどのようなものがあると考えていますか?


金:難しい質問ですね。というのも、J-POPとK-POPは同じ土俵の上で比較し難いところがあって。いま韓国の音楽市場は、K-POPのアイドルグループを中心に活発に動いていますが、全体的にみればJ-POPほど多様性のあるシーンではないんです。日本国内の音楽需要は、世界的に見ても非常に高くて、J-POPはそうした大きな市場をもとに独自の発展を遂げているため、そもそもそこまでグローバル化を求める必要はないのかもしれません。例えば、世界的にこれほどヒップホップが主流の音楽ジャンルになっているにもかかわらず、J-POPでは今なおロックバンドが数多く活躍している。これは捉えようによっては、とても貴重なことでもあるわけです。単にグローバル化を目指せばいい、とは言えない難しさがあります。


ーー日本では今なおパッケージされた商品が売れる傾向があって、市場構造も特殊ですよね。


金:音源を共有するのではなく、好きなアーティストの音源を購入して楽しむのも、日本の音楽文化の一部だと捉えると、簡単に変えることはできないと思います。YouTubeに丸ごと音源をアップするのであれば、音源販売に変わるマネタイズ方法が絶対に必要になってくるはずで、そのシステムはまだ十分に準備されているとは言い難いのではないでしょうか。逆にいうと、近年のK-POPはすべてネットに公開することを前提に、根本的なところから市場構造を変えてきたわけです。おそらく、表面的な特徴をいくつか取り入れるだけでは、J-POPがグローバル化していくのは難しいと思いますし、「K-POP VS J-POP」みたいな単純な構造に話を落としこんでしまうと、むしろ見失うものが多いのではないかと。K-POPとJ-POPでは求められていることが違うわけですし、もしかしたらしっかりと差別化することでこそ、J-POPはグローバルに発展していくのかもしれません。


ーーたしかに。本書の中でも指摘されていますが、たとえばブラジルにある日本や韓国のサブカルチャーを扱うお店で、以前は日韓の商品が一緒に売られていたのが、昨今では海外のユーザーも日韓の違いを意識して消費していると。


金:J-POPや漫画を流通消費してきたルートは、そのままK-POPのルートにもなっていますね。その中でちゃんと魅力的なコンテンツを選り分けて消費されるようになってきたのは、日本と韓国どちらにとってもプラスのことだと思います。ざっくりと東アジアのサブカルチャーではなく、アニメなら日本のものを楽しもう、ドラマなら韓国のものを楽しもうみたいな感じで、消費者がしっかり価値判断をしつつある状況になってきています。また、K-POPはもうわざわざ英語などにしなくても、そのまま韓国語のままで受容されつつあります。これは伝統的に我々が考えてきた文化的な境界、特に言語や他者に対する感覚の壁が、ネットやSNSの文化の発展によって低くなってきたことの現れだと考えています。翻訳もかつてよりずっと簡単だし、他の文化をそのままの形で理解しやすくなった。これもテクノロジーによる変化のひとつと言えるのではないでしょうか。


(松田広宣)