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『まんぷく』は“美味しさ”とは何かを教えてくれる 萬平の塩作りがもたらしたもの

2018年11月11日 06:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 どこまでも広がる青い空に、青い海。福子(安藤サクラ)たちの新たな物語は泉大津の海岸からスタートした。実際に現地に足を運んでみると、かつて軍人が使っていた建物の中にはずいぶんと様々なものが横たわっており、倉庫の中には数多くの鉄板が……。


 今週の『まんぷく』(NHK総合)で萬平(長谷川博己)たちが塩づくりを始めようとするきっかけは、ラーメンを食べているときのことだった。清香軒というラーメン屋で福子たちはラーメンを口にするも、ちょっと薄味。何かが足りないのだ。戦後ということもあり、塩が不足していて本来の味が出せていないのだとか。そんな時、萬平はふと家の近くの広い海、そして例の大量の鉄板を思い出し、塩づくりを思いついたのだった。


 神部(瀬戸康史)が連れてきた男性たち、タカ(岸井ゆきの)、ハナちゃん(呉城久美)の家から借りたお金もあったことで、どうにか塩は完成。とはいえ、その量はみんなが費やした労力を考えると、決して多いとは言えなかった。とりわけ、働きにやって来た男性陣にとってはなおさらショックだった。毎日のように少ないご飯で腹を満たし、交代で短い時間で体を洗い、みんなで窮屈そうに体を寄せ合って眠り、時にはイラついて喧嘩をする者までいた。


 確かに塩は少なかった。でも、そのほんの僅かな塩からは考えられないような、1つの大きな幸せにありついたのだった。出来た塩は福子の提案で清香軒に渡され、さっそくその塩を使ってみんなにラーメンが振舞われることに。そして出来上がったラーメンを口にすると、みんなの口からは美味しさを噛みしめる言葉が自然と出てくる。「今までとは全然違うわ」「スープが美味しい」「塩加減でこんなに違うんだな!」。


 そんな風にして美味しさで笑顔を溢すのを見て、店主の竹春(阿南健治)とまさの(久保田磨希)は感極まって次々と感謝の言葉を口にする。「何やもう、嬉しいなあ!」「ありがたいわ!」「ありがとう、ほんまに!」「ラーメン屋続けてて良かったな!」「こんなええ塩作ってもらえるなんてな」「おおきに! ほんま、おおきに!」。萬平たちの作った塩のおかげで幸せな気持ちになれるのは、決してそれを口にする側だけではないのだ。竹春とまさののように、それを使って美味しさを届ける側もハッピーになれる。竹春たちはそれまで、ラーメンに塩気が足りないことを言われて悔しい思いをしてきたと言う。それだけに感慨はひとしおなのだ。


「これが清香軒のラーメンや!」


 これはラーメンが出来上がった直後に発した竹春の渾身の台詞である。みんなに塩入りのラーメンを作ってあげた竹春とまさのの表情はどこか誇らしげであるとともに、安堵感のようなものも感じられたものだ。ようやく自慢のラーメンを届けられるようになったという喜びからくるものなのだろう。みんなが美味しそうに麺をすするのを見て、夫婦で肩を寄せ合うその姿からは“美味しさを届ける側の喜び”で満ち満ちていた。


 『まんぷく』では、ご飯を“食べる側”の人間と“届ける側”の人間の双方の姿が描かれてきた。たとえ一杯のラーメンであってもたくさんの人々の思いがこもっているもの。塩を作った萬平たちの思いもあれば、ラーメンを作った竹春とまさのの思いもある。そんな彼ら、彼女らの顔が見える中で、その思いを噛みしめることで、“美味しさ”は何倍にも、何十倍にも膨らますことができるのだ。その食べ物自体の味を超えた“美味しさ”がある。それは単に頑張って汗水垂らした甲斐があったからという理由だけではないはずだ。自分の作った塩が(竹春たちからすればラーメンが)、“たくさんの人の笑顔を作っている”という喜びからくるのだろう。ひょっとしたらそれは現代の私たちが忘れかけていることかもしれない。


 ラーメンを食べながらみんなに福子はこう告げた。「皆さんは世の中の役に立つ仕事をしているの。そやから頑張ってお塩を作ってください。私も一生懸命、皆さんのお世話をしますから」。塩を作った萬平たちの働きは決して小さなものではない。ちゃんと“人の役に立っている”。わずかな塩から得られたものは、想像以上に大きなものだったのだ。(國重駿平)