全日本ロード最終戦鈴鹿大会JSB1000クラス・レース1でTeam HRCの高橋巧が挙げた1勝。今年、ファクトリー体制を採ったホンダにとって、チャンピオンを獲り逃したという意味では遅きに失した、たったひとつの勝利だった。だが、YAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行に一矢報いることができ、来季に向けて重要な1勝でもあった。最終戦を終えたTeam HRCの高橋巧と宇川徹監督に聞く。
「今朝、外を見たら雨が降っていて……。今年最後のチャンスをくれたのかなって」。決勝レース1で優勝した高橋巧は、レース後の記者会見でそう言った。クールな彼らしく、表情は変えない。「次も勝つ」といった大きなことも言わない。だが、「朝のフリー走行から(スロットル)全開で、レース中もスタートしてから100%で飛ばしました」と、胸の内に熱いものがあったことを明かした。
高橋は2017年の全日本ロードJSB1000クラスのチャンピオンだ。9年目にしてようやくもぎ獲った悲願のJSB1000クラスのタイトルだったはずだが、喜びに浸ることはなかった。全9レース中、高橋は2勝。一方、最大のライバルである中須賀は3度のリタイアが響きランキングこそ6位に沈んだものの、5勝を挙げていたのだ。「完敗です」と高橋。王者になった歓喜より、反省の方がはるかに大きいシーズンだった。
2018年はゼッケン1をホンダCBR1000RRWに掲げ、10年ぶりのファクトリー体制でシーズンに臨んだ。開幕前、「これまでの自分が積み重ねてきたものを信じて、変えるべきところは変えて、ライバルを負かしたい」と語った。“ライバル”とは、もちろん中須賀のことである。だが、中須賀はあまりにも強かった。最終戦までに開催された決勝9レース中、8勝を挙げたのである。2位が5回の高橋は、勝つことが義務付けられたファクトリーチームにあって、まったく太刀打ちできなかったと言っていい。
それでも、最終戦に臨む高橋は、いつもの高橋であり続けた。予選では中須賀とともに2分4秒台の自己ベストタイムをマークしながらも、決勝に向けては「大きいことは言いたくない」とあくまでもクール。さりげなく「今年1番の勝負を仕掛けられると思う」とだけ語り、自信を窺わせた。そして、それは現実となった。
11月4日、鈴鹿地方は雨の朝を迎えた。高橋は「恵みの雨だ」と思った。最終戦に向けての事前テストでは雨の走行機会もあり、手応えをつかんでいたのだ。「今年最後のチャンスをくれたのかな」。高橋は攻めた。雨のウォームアップ走行は「全開だった」と中須賀を抑えてのトップタイム。さらに決勝レース1は「最初から100%で飛ばして、差が開いてからは無理せずペースを抑えた」という力強さで中須賀を完全に抑え、8秒差で今季初優勝を果たしたのである。
「HRCが復活して勝てないまま終わったら、さすがに自分としてもまずいし、ホンダにも申し訳ないと思っていた」と高橋。1勝を挙げた喜びや安堵よりも「レース2に向けて気持ちを切り換える」と、気を引き締めていることを強調した。しかし、決勝レース2はウエットから徐々に路面がドライになるという難しいコンディションに。ピレリのインターミディエイトタイヤを履くKYB MORIWAKI MOTUL RACINGの清成龍一がタイヤの強みを生かし、他をまったく寄せ付けない走りで独走優勝した。中須賀が2位、高橋は3位だった。
「スリックタイヤでサイティングラップに臨み、コース状況を判断してレインタイヤに交換しました。それは正解だったけど、異次元の人(清成)がいたから……(笑)。悔しいけど、素直に『おめでとう』と言えます」と、清成の手が付けられない速さに脱帽した高橋。清成のみならず中須賀にも敗れたが、「全力で走った結果。この差を埋められるように、そして追い越せるように、努力したい」と淡々と語った。
■宇川監督、2019年は「まだまっさらな状態」
「シーズン全体で言えば、完敗ですね」と率直に認めるのは、Team HRCの宇川徹監督だ。「最後の大会で優勝できたのはうれしい。でも、1回しか勝てなかったわけですから、やはりすごく悔しい」。敗因については、「準備不足が大きかった。『どれ』ということはなく、複合的にいろんな要素が絡み合っての結果だと思っています。ただ、『終わりよければ何とやら』ですし、最終戦に向けて調子が上がっていたのも確か」と前向きさも見せた。
チャンピオンを獲得しながら、高橋が“完敗”と認めざるを得なかった、2017年。そして1勝しか挙げられず宇川監督が“完敗”と悔しがることになった、2018年。2019年について「いろいろな噂も聞こえてくるが、まだまっさらな状態」と宇川監督。決まっているのは、たったひとつの勝利を足がかりにTeam HRCが雪辱を果たすシーズンになる、ということだ。