2018年11月07日 10:22 弁護士ドットコム
東京医科大学の医学部入試で女性差別が行われていた問題で、被害者救済と再発防止のために集まった有志の弁護団が、ネットで支援を募るクラウドファンディングに挑戦している。10月24日午前10時にプロジェクトを公開したところ、開始10時間で目標額の250万円を達成。「自分も女性だったために差別された」と自身と重ねる女性の声が多かったという。
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https://readyfor.jp/projects/lawyers
これまで、こうした社会的問題に巻き込まれた被害者に十分な資金がない場合、弁護士は「手弁当」で弁護団を結成するなど取り組んできた。しかし、弁護士への負担は大きく、限界もあった。今回集まった募金は、印紙代などの訴訟費用、弁護士の交通費や通信費、調査費用、イベント開催費用などに充てられる予定だ。
今回のクラウドファンディングの試みにより、「費用と法的権利の実現との間のジレンマをなんとかして埋めたい」と弁護団。早々に目標額を達成したことから、ネクストゴールを500万円に設定し、あらためて広く支援を呼びかけている。
「医学部入試の事件を、『自身も差別されたことがある、諦めずにがんばってほしい』と思いを重ねて支援してくださる女性が多いと思いました」と話すのは、「医学部入試における女性差別対策弁護団」の一人、板倉由実弁護士だ。「こんなにすぐ達成すると思っていませんでした」と手応えを感じているという。
クラウドファンディングという手法を選んだ理由について、板倉弁護士はこう語る。
「日本でも男女差別に関する裁判例はたくさんあります。しかし、被害者である多くの原告は大体、一人で戦っています。とても孤立していて、手弁当で募金集めようとしても、なかなか広がりません。法テラスもありますが、それも無償ではない。しかも、今回は大学側に責任がある事件にもかかわらず、若い元受験生の人たちに訴訟費用まですべて負担しろというのは、明らかにおかしいです。
一方、海外を見ると、#MeToo 運動が起きた時には、被害者を孤立させず、社会が応援するということで、芸能人が寄付してタイムズアップというファンドまで作っている。
この違いは一体、なんだろうかと思っていました。弁護士の広報戦略が下手だったり、女性運動や労働運動が昔ながらで一般の人たちの共感を得られないということもあるとは思います。でも、被害者が孤立していることは変えたいと思いました」
板倉弁護士によると、イギリスではクラウドジャスティスという取り組みがあるという。
「社会正義のためにクラウドファンディングで訴訟費用を集めるプラットフォームです。トランプ大統領がイスラム諸国出身者の入国を規制する大統領令を発令した際、アメリカ国籍を有する父親と一緒に暮らすためにアメリカに来たイエメン出身の兄弟に対する退去強制命令が発令され、人権派弁護士らが退去強制命令取消訴訟を提起した事件がありました。その時の弁護士活動費をこのプラットフォームを使って集めました。650名から36万6000ドルが集まりました。やり方としてとても賢いし、社会で当事者を応援する機運を日本でも作りたいと思いました」
弁護士法1条1項には、「社会正義の実現」が弁護士の使命及び職務として明記されている。これに基づき、弁護士は「誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」とされる。
実際、これまでに社会問題となった事件で、弁護団を結成して被害者の権利回復のために戦ってきた弁護士は数多い。しかし、弁護士個人にかかる労力と経済的な負担は多く、持続性に懸念がある。それだけに、今回のクラウドファンディングの成功には期待がかかる。
しかし、その運用には慎重さも求められる。弁護士への報酬や活動などには、弁護士法によって厳密な規定がある。弁護団がクラウドファンディングを利用するにあたっても、弁護士報酬の分配に留意するなど、外部から弁護士法に詳しい深澤諭史弁護士のアドバイスを得て、実行に踏み切った。板倉弁護士はこう説明する。
「クラウドファンディングは、着手金や報酬そのものを稼ぐものではなく、報酬は当事者から別途いただきます。着手金は当事者からいただきません。印紙代、コピー代など実費にあたる訴訟費用についてはクラウドファンディングから集めたお金で賄います。これは、非弁行為にはあたりません。
また、弁護団の活動は多岐に渡っています。当事者の代理人としての活動もありますが、それ以外にも、説明会やシンポジウムを開催する予定です。社会的な注目度が高い事件であり、これをきっかけに、日本全体に根強く残っている男女差別的な慣行や制度、構造を『法律』というツールを用いて社会全体の問題として提起して、みんなの力で変えて行きたいです。クラウドファンディングを通じて見知らぬ人たちがサポートし合うことで、将来の希望や理不尽なことに声を上げる勇気につながればと思っています」
わかっているだけで、被害者は2年間だけでも55人に及ぶ。女性差別は2006年から行われており、他の大学にも波及している。弁護団は10月29日、東京医科大に対し、元受験生の女性24人分の受験料の返還や慰謝料を求める一次請求を行った。今後、11月23日に都内で当事者説明会を実施するほか、トークイベントやシンポジウムの開催なども計画。広く、支援を訴えていく。
(弁護士ドットコムニュース)