F1第19戦メキシコGPの決勝後、ピエール・ガスリーが10位入賞を果たしたにもかかわらずホンダの田辺豊治テクニカルディレクターの表情は険しかった。その根底にあったのは、もっとやれたはずだったのにという思いだ。
ガスリーはパワーユニット(PU/エンジン)投入に伴うグリッド降格ペナルティで最後尾からのスタートを強いられた。それがなければ、予選Q3に進出し決勝レースでは中団で上位争いができたはずだった。その原因を作ってしまったのはホンダだった。
ガスリーが第18戦アメリカGPで使用したのと同じ時期に製作されたパワーユニットがベンチテストでいくつも壊れ、ガスリーのレース用スペック3にも同じ問題が起きる懸念があった。そのため大事を取って残り2戦のためにメキシコで新品を投入しペナルティを消化しておくことになったのだ。
「ベンチテストをしていたら不具合が出ていたものがあって、その原因を追いかけていくとアッセンブリー(組み上げた部品)の過程で怪しいところ、(他の個体とは違う)変化点があるということで、一度HRD Sakuraに戻して確認をしようということでこういうかたちをとりました。(ベンチで壊れたものの中で)長い個体は全然大丈夫っていうくらいのものもあるんですが、短い個体はレース距離が保つかどうかというくらいで壊れてしまっていました。ですから、壊れてレースをダメにしてしまうかもしれないような状態でレースをするわけにはいきませんから」(田辺テクニカルディレクター)
実際にはガスリーの使用した個体にはそれほど深刻な問題はなく今後も実戦使用ができそうな見込みとなったが、ブラジルでグリッド降格にならないようメキシコで新品を投入しペナルティを消化するというのはトロロッソ側の意向でもあった。メキシコは伝統的にそれほど得意ではないため今年も期待はできず、それよりも残るブラジルとアブダビを全力で戦える体勢を整えるべきだというわけだ。
「ここでペナルティを受けるのは残念だけど、スペック2とスペック3の性能数値差はかなり大きいんだ。だからここでペナルティを消化し残り2戦でスペック3を使えるようにするのが最善の策だと判断したんだ。我々はメキシコGPでスペック3を使って予選をきちんと戦っていればQ3に行けたと分析している。そして、もしスペック2であれば17番手以上は行けなかったとね」(チーフレースエンジニア、ジョナサン・エドルス)
ホンダ自身もまだ熟成が充分でないスペック3をメキシコの高地条件に合わせてセッティングするにはリソースが充分ではなく、当初からメキシコGPは「手の内の分かっている」スペック2で戦うつもりだった。そのため、期待するのが難しい条件が揃ってしまっていたのだ。
しかし、実際に走り始めてみるとSTR13は極めて快調な走りを見せた。
■空気が薄く低速コーナーの多いコース特性がトロロッソ・ホンダにマッチ
トロロッソ・ホンダSTR13は元々低速コーナーが速く、アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスは見た目以上に低速コーナーが多いためこれがマッチした。さらに、空気が薄くどのチームもマキシマムダウンフォースの空力パッケージで走るだけに、STR13が抱える不利のひとつである空力効率の悪さ、つまりドラッグの大きさもいつもよりは小さくなる。
「コース特性自体は僕らのマシンに合っていると思う。いくつかのビッグブレーキングがあり、低速コーナーも多い。ロードラッグで空力効率がそれほど求められないということもある。エンジニアたちが高地に対してしっかりと対応できれば、コンペティティブな走りができるんだ」
そう語っていたブレンドン・ハートレーは、グリッド降格ペナルティを受ける必要がなく、メキシコGP初日から常にトップ10圏内につけてみせた。
第17戦日本GPからメカニカル面に手を加え、車体のレイク(前傾角)セッティングを改善し空力パフォーマンスを安定させるべく努力してきたこともあるが、トロロッソが完成させた新型空力パーツの効果も大きかった。フロントウイングの翼端板、ポッドフィン、フロアに手を加えてきた。
アメリカGPではガスリー車に装着して試したが「メリットもデメリットも無いような感じ」(ガスリー)だった。しかしデータを分析しセットアップを手直しすることでメキシコGPではこれを装着したハートレー車が見違えるような走りを見せるようになった。
シミュレーション上では0.05秒ほどの効果しか想定していなかったというが、STR13の弱点であった切り返しで車体に当たる風向きが変わる際のダウンフォース量変化の過敏さがスムーズになり、ドライバーがより安心して限界まで攻められるようになったことでそれ以上の効果をもたらすことになった。
「今回のアップデートはコーナーの入口や出口が前後のコーナーと繋がっているようなところでのリヤのダウンフォース量や空力バランス変化に効果を発揮するようなものだ。コーナリング中のマシンバランスの変化が、まさに僕がシーズンを通してずっとチームに改善を要求してきたことだったんだ。それによって僕は気持ち良く走ることができるようになったし、それがタイムシートの結果にも表われている」(ハートレー)
Q3進出、つまりトップ10を窺う実力はあるとチームはみていた。
しかしハートレーはQ2のアタックラップで細かなミスを繰り返し、それを取り戻そうとしてターン12で攻めすぎてロックアップしてしまい、予選14番手に終わってしまった。
「Q1は2ランして10番手でとても上手くいったし、実際のところ今日の僕らの実力はその辺りだったと思う。Q2では新品のハイパーソフトタイヤが1セットしかなくて1回目のランは中古で走らなければならなかった。つまりQ2最後の1ショットしかなかったんだ。最終セクターで何台もマシンが繋がって渋滞していたから、タイヤ温度が充分でないままアタックラップのセクター1を走らなければならなかった。それでもQ3に行ける速さはあったと思うけど、いくつか小さなミスもあったから、最終セクターではかなりプッシュしたんだ。ターン12でフロントブレーキをロックさせてしまってその次の2つのコーナーはかなり妥協を強いられてタイムを失ってしまった」
そして決勝でもハートレーは、スタート直後にロックアップしてフラットスポットを作ってしまい、1周目にピットインを余儀なくされた。
■コンストラクターズランキングでザウバーの逆転を許してしまったトロロッソ・ホンダ
その後は最終コーナーの立ち上がりでトラションが不足し、メインストレートでなかなかマーカス・エリクソン(ザウバー)を抜けず最後まで抑え込まれてしまった。
「ペース自体は良かったし、1周目のトラブルがなければ充分にトップ10でフィニッシュできたはずだった。とにかく1周目にフラットスポットを作ってタイヤがダメになってしまったことで今日のレースはかなり厳しいものになってしまった。当初は1ストップ作戦で行くつもりだったけど、1周目にピットインすることになって2ストップにならざるを得なかった。あのフラットスポットの代償は大きかった」
ガスリーは最後尾から地道な走りでじわじわと順位を上げ、最後はハートレーに順位を譲られるかたちで10位へ浮上。しかしハイパーソフトタイヤでスタートしたガスリーこそ1周目にピットインしていれば序盤にトラフィックに抑え込まれてタイムロスをすることなくもっと前にいけた計算になり、戦略面で完璧とは言い難かった。そしてガスリーもまたトラクション不足で最終コーナーでスロットルを開けるタイミングが遅くなり、エリクソンを抜くことができずに終わった。
「全体的に負けていたのでこの結果になってしまったということですね。我々はパッケージとして弱いところがあるので、最後の最後に追い込んでいってオーバーテイクするということができなかった。他車のスーパーソフトタイヤがタレてきたところにフレッシュなスーパーソフトを投入することで優位に立てるんじゃないかという考えがあったんですけど、実際に蓋を開けるとスーパーソフトのデグラデーションがものすごく小さくて他の人たちも保ってしまったので、オーバーテイクできるだけの差も付かなかった」
そう語る田辺テクニカルディレクターの表情には、自分たちのポテンシャルを最大限に発揮できず、獲れたはずのポイントを最大限に撮ることができなかった悔しさともどかしさが滲んでいた。
ガスリーはパワーユニットのグリッド降格ペナルティ。ハートレーはドライバーのミス。そして戦略とトラクション不足。トロロッソ・ホンダが演じてしまった様々な“不充分さ”が、メキシコGPの10位1点のみという不充分な結果に繋がった。コンストラクターズランキングを争うザウバーはクリーンなレースでダブル入賞を果たし、ついにポイントで逆転されてしまった。
「今週はガスリーに関しては不必要なペナルティで足を引っ張ってしまいましたから、今後はレースの足を引っ張るようなことなく普通にレース週末を戦い、自分たちの持っている最大限のパフォーマンスを発揮して戦いたいですね。ブラジルではまたスペック3に戻す予定ですから、チームとして最大限のパフォーマンスを発揮できるクルマを両ドライバーに用意して、残り2戦を戦っていきたいと思います」
残り2戦、トロロッソ・ホンダにとってはいかにレース週末をクリーンに戦い、持てる実力を全て発揮して結果に繋げることが来季に向けた足がかりになる。