トップへ

『アウトレイジ』『若おかみは小学生!』……鈴木慶一が手がける映画音楽の魅力

2018年11月03日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 ここ最近、映画音楽の世界が面白くなってきている。その大きな理由は、ロックやポップス、テクノなど、様々な分野で活動するミュージシャンが、映画音楽を手掛けることが多くなったこと。彼らはクラシックやジャズをベースにした映画音楽の作曲家とは違う感覚で、映画音楽に新しい切り口や手法を持ち込んだ。日本の映画界では、岸田繁(くるり)、向井秀徳(ZAZEN BOYS)、曽我部恵一など、日本のロックシーンを代表するアーティストが次々とサントラを手掛けてきたが、そんななかで、とりわけ高い評価を得ているのが鈴木慶一だ。


(関連:「本当はスタジオと同じ音で聴いてほしい」鈴木慶一が“音楽と音質の関係”を語る


 はちみつぱい~ムーンライダーズと日本のロック史における重要なバンドのフロントマンとして活動してきた鈴木が、本格的に映画音楽を手掛けるようになったのは90年代に入ってから。それまで、鈴木はCMやゲーム音楽、演劇などの音楽も手掛けて、職人としての器用さも身につけていたが、映画は音楽同様に鈴木にとって特別なものだった。ムーンライダーズ時代には、全曲に映画にちなんだタイトルをつけたアルバム『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』や、『NOUVELLES VAGUES / ヌーベル・バーグ』という1950年代末にフランスで起こった映画運動をアルバムを発表するなど、鈴木にとって映画から受ける刺激は大きかった。鈴木が映像的な感覚を持ったミュージシャンであることも、映画音楽の作曲に向いていた理由のひとつだろう。


 鈴木が手掛ける映画音楽の特徴のひとつは、ムーンライダーズのサウンドにも通じる、多彩な音楽性とポップセンスだ。例えば『チキン・ハート』(2002年)では、「アコーディオンを使った音楽にしたい」という監督の要望を受け、タンゴやシャンソン、テックスメックスなど、アコーディオンが使われる音楽を模索。しかし、それらが監督のイメージに合わないことを知ると、そういったジャンルには収まりきらない無国籍なアコーディオン音楽を生み出した。また、ムーンライダーズのメンバーと参加した『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)に提供した曲は、生音とシンセを緻密に組み合わせた凝った音作りで、テクノ/ニューウェイブをリアルタイムで吸収した鈴木のストレンジなポップセンスが光っている。極めつけは、ベートベン「交響曲第9番」をカバーした主題歌「No.9」で、80’sものトラックで構築したサンプリングオーケストラのようなサウンドは圧巻だ。こうした音響的なこだわりも、鈴木の映画音楽の重要な要素なのだ。


 鈴木の音響的なこだわりを感じさせる初期の作品に『うずまき』(2000年)がある。ずっと、大好きなホラー映画のサントラを手掛けたいと思っていた鈴木は、ムーンライダーズの仲間のかしぶち哲郎と『うずまき』を手掛けた。物語のモチーフになる渦をサウンドで表現するため、メロディを渦を巻くようにループさせ、その背後にノイズを入れたアンビエントな音作りで不穏なムードを醸し出している。こうした、ドラマティックなメロディーやリズムを抑えた抽象的ともいえる音作りは、初めて組んだ北野武監督作品『座頭市』(2003年)で、さらに追求されていくことになる。


 『座頭市』までの北野作品のサントラは、生楽器を使ったクラシカルなものが多かった。それに対して、鈴木は対照的にエレクトロニックなアプローチをとる。最後にタップダンスのシーンがあることも踏まえて、リズムに気を配りながら硬質なビートとシンセを使い、時代劇に人工的でモダンなサウンドをあてた。その際、金属的なサウンドがチャンバラの刀の音とぶつかることから、ぎりぎりまで音を削ぎ落した結果、ミニマルで空間性を意識させるユニークなサウンドが生み出されることになった。サントラは日本アカデミー賞の最優秀音楽賞を受賞。鈴木は映画音楽の作曲家として注目を集めることになる。


 そして、そうした抽象的な音作りを、さらに突き詰めたのが『アウトレイジ』シリーズだ。サントラの核になるのは、印象的なメロディでもスリリングなリズムでもなく、電子音やノイズを散りばめた音響空間。鈴木はインダストリアルロックやエレクトロニカなどの手法を取り入れてた無機質なサウンドで、『アウトレイジ』の荒涼とした世界を表現して、『アウトレイジ 最終章』(2017年)のサントラで再び日本アカデミー賞を受賞した。物語を盛り上げるようなサントラではなく、主人公の心象風景を浮かび上がらせるような、シーンに細やかなニュアンスを与えるサントラ。そうした音作りは、鈴木のお気に入りの『イレイザーヘッド』のサントラや、トレント・レズナー(Nine Inch Nails)が手掛けたサントラに通じるものがあり、北野武と鈴木慶一のコラボレートは、デヴィッド・フィンチャーとトレント・レズナーを思わせる。


 実験的な音作りと多彩なポップセンス。そして、アーティスティックな作家性と職人的な器用さを併せ持つ鈴木慶一。これまでエレクトロニックなサウンドが多かったが、最新作『若おかみは小学生!』(2018年)では生のストリングスを導入。鈴木らしいポップさも散りばめながら、叙情的な美しいメロディで物語を感動的に盛り上げている。泣かせる音楽も作れる引き出しの多さを見せて、ますます巨匠の風格が漂うなか、鈴木はロックミュージシャンとしても精力的に活動中。海外からの注目も高まるなか、新しい音楽に対して貪欲な鈴木が、これからどんな映画音楽を作り出していくのか楽しみだが、個人的にはデビッド・リンチとのコラボレートを妄想したりも。それは決してありえない話ではないだろう。巨匠にして未知数なのところも、鈴木の魅力なのだから。(村尾泰郎)