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ハリウッド進出も間近? マ・ドンソク、“強さ”と“愛らしさ”を兼ね備えた「マブリー」な魅力

2018年11月03日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 個性豊かな俳優たちが活躍する韓国映画界の中でも、ここ数年でひときわ輝きを増している人物がいる。丸太のような二の腕を誇り、いかつい顔を持ちながら、男女問わず愛される……その男の名は、マ・ドンソク。チョイ役ながら数えきれないほどの映画に出演し、鮮烈な印象で注目を集める「シーンスティーラー」の名を欲しいままにし、ゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(17年)でついに大ブレイク。全世界で約100億円のヒットを記録した同作をきっかけに、ハリウッド映画への出演オファーが舞い込むほどの人気者に。その後も主演作が続々と公開されるなど、ひっぱりだこ。果たして、何がこれほどまでにウケているのか?


【写真】マ・ドンソクの愛らしい笑顔


 同国で100万人超を動員した最新作『ファイティン!』でドンソクが演じたのは、幼い頃に養子に出され、アメリカ・ロサンゼルスで暮らす中年・マーク。彼は、かつてはアームレスリングの世界大会で頂点を目指していたが、アジア人差別から八百長疑惑をかけられ、競技から追放される。クラブの用心棒として不遇な日々を過ごすマークの前に現れたのは、弟分でスポーツエージェントのジンギ(クォン・ユル)だった。韓国のアームレスリング大会への出場を打診されて一念発起したマークは、生まれ故郷の韓国に戻るが、そこには亡き母と暮らしていた“存在を知らなかった妹”スジン(ハン・イェリ)と彼女の子どもたちとの生活が待っていた。新たな家族との複雑な関係、そして再び八百長を目論む裏社会の人間たちとの対立の中、マークは希望を捨てずに大会優勝を目指してトレーニングに励む。


■レイシズムからセクシズムまで、あらゆる偏見を打ち砕く物語


 アームレスリングだけが取り柄の主人公が、人生の挽回と家族との絆を取り戻そうともがく物語は、シルベスター・スタローン主演の『オーバー・ザ・トップ』(87年)を彷彿とさせる。もともと、同作のスタローンのようなキャラクターをドンソクが演じたら面白い! という発想からスタートした企画なので、無理からぬところ。しかし、『ファイティン!』は元ネタから約30年を経た“価値観の変化”が反映されているため、80年代当時の作品とは趣が大きく異なる。特にわかりやすいのが、“偏見”に対して徹底して否定的なところだ。


 あらすじからも“アジア人差別”が描かれているのは明白だが、ここで注目すべきは“アメリカで差別された韓国人が起死回生を期す”という筋書きが、ドンソクの人生そのものと重なる点である。俳優になる以前、ドンソクが高校時代にアメリカに移住し、その後総合格闘家のケビン・ランデルマンやマーク・コールマンのトレーナーを務めていたという逸話は有名な話だ。しかし、アジア人差別がいまだに根強いアメリカで、渡米時に小柄で“痩せマッチョ”だったドンソクが過酷な環境にあったことは想像に難くない。流ちょうな英語を披露することの多いドンソクだが、本作でのその姿からは当時の苦労がにじむようだ。


 また、性差に関する描写もきわめてわかりやすい。例えば、マークの妹はシングルマザーであるため、経済的に過酷な状況に置かれている。それだけではなく、謂れのない暴力にまでさらされるのである。そこへ颯爽と登場し、ここぞとばかりに差別者を凹ませるドンソクが頼もしい。一方で、マークはスジンの代わりに料理を作ったり、子どもたちと満面の笑顔で遊んだりと、進んで家事・育児を買って出る。“不器用な男”であることを言い訳にせず、不器用なりに行動する姿は、80年代の作品であれば描かれなかっただろう。


 そして、本作で最も際立つのが登場人物の外見についての描写である。マークは、アームレスリングの選手であることを「筋肉だけのバカ」と揶揄する人物に、ほぼネイティブな英語で応戦。彼がバイリンガルであることがわかると手のひらを返す差別主義者に、さらに浴びせかける一言も痛快だ。アームレスリングについては、筋肉だけでない様々な技術が要求される競技であることが、丁寧に描かれている。容姿から偏見を持たれるドンソクが、偏った印象を持たれる競技でリベンジを成し遂げる。まさに、ルッキズムを打ち砕く作品なのである。


 こういった“偏見”に関する描写をポリティカルコレクトネス(職業、性別、人種などの差別・偏見を感じさせない表現)と捉えるか、時代による“変化”と捉えるか、あるいはその両方と捉えるかは、観客それぞれが決めること。しかし、少なくとも筆者は、マークや妹・スジンの葛藤や怒りを違和感なく理解することができ、そして圧倒されたということはお伝えしておきたい。


■ステレオタイプな“男気キャラ”からの脱却


 『ファイティン!』の一番の魅力は、コワモテでマッチョな外見のドンソクが、素朴で愛らしい姿を見せること。そのギャップは、「マブリー」(マ・ドンソク+ラブリー)の愛称で親しまれる彼の出演作の中でも屈指のもの。旧来のいわゆる“男らしさ”を持ちながらも、それを誇示せず、不器用ながらも感情を伝えようとする彼の姿を観れば、誰もが好きになってしまうはずだ。


 振り返ってみれば、ドンソクが演じてきたキャラクターは、ヤクザや刑事といった荒っぽい職業で、力強い二の腕で弱きを助ける“男気キャラ”が多かった。しかし、そのいずれもが多面的で、ステレオタイプを逸脱したものばかり。2015年以前は友情出演や脇役が多いが、『ある母の復讐』(12年)では無神経な汚職刑事を、『悪いやつら』(13年)ではテコンドーの師範を名乗りながらも気弱な半グレ、『隣人-The Neighbors-』(15年)では殺人鬼と対峙する借金取り、『フェニックス ~約束の歌~』(13年)では脳腫瘍の元ヤクザ、と出番は多くなくとも、強烈な個性を放つ役ばかりを演じてきた。しかも、全ての役が“見た目はすべてマ・ドンソクそのまま”なのである。


 主役級を張り始めたここ2、3年の作品からは、脇役で培ってきた様々な経験がさらに活かされてきたのが見て取れる。特に『グッバイ・シングル』(17年)でのベテラン女優(キム・ヘス)のマネージャー兼スタイリスト役が秀逸だった。多様性が叫ばれるハリウッド映画ですら、スタイリスト役は「オネエ言葉を話し、ピッタリとした服を身に着けた人物」として描かれがち。しかし、ドンソクが演じたのは服装こそ派手ながら、ごく普通の理知的で慎重な男性像だったのである。その代わり、彼が演じたスタイリストは、子どもを産むことに不安を感じる女子中学生に対し、子育てのコツや楽しみを嬉しそうに語る……つまり、当たり前のように育児・家事を担当する現代的な男性を演じたのである。筋肉俳優などとも呼ばれるドンソクだが、もはやジャンルを問わず活躍できる実力の持ち主と言っていいはず。


 近年のドンソクは、演じるだけでなく、自身の会社で脚本・企画を生み出すなど、製作にも積極的に関わり始めた。興行的には成功しなかったものの、連続殺人鬼を演じた『罠』がその第1弾。同じく企画・主演した『犯罪都市』(17年)は、R指定映画としては韓国で歴代3位の興収を上げ、続編の製作も決定している。ステレオタイプから逸脱できる稀有な才能の持ち主は、次にどんな役を演じるのか?


(藤本洋輔)