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【インタビュー】「もう一度ヨーロッパへ行きたい」日本での経験で成長を遂げた笹原右京の目指す位置

2018年11月01日 23:01  AUTOSPORT web

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ヨーロッパでキャリアを積み、日本でも経験を得た22歳の笹原右京。目標のF1に向け、ふたたびヨーロッパへ戻る日は近いか?
2018年、全日本F3選手権にThreeBond Racingから参戦し、ルーキーイヤーながら9回の表彰台を獲得し、ランキング3位につけた笹原右京がオートスポーツ編集部を訪問し、2018年シーズンと日本でレースを戦った3年間、そして今後の目標について語った。

 笹原は1996年群馬県生まれ。幼少期からF1ドライバーを目指しカートを始め、2009年にはJAFジュニアカートFPジュニアクラスでチャンピオンを獲得すると、その年のロータックス・マックスグランドファイナルで世界一に。翌年からはヨーロッパで戦い、2015年までフォーミュラ・ルノー2.0やヨーロピアンF3に参戦するなど、欧州でその速さを鍛えてきた。

 2016年、笹原は心機一転し帰国すると、多くのホンダのドライバーを輩出してきた鈴鹿サーキット・レーシングスクール(SRS)に入校する。ヨーロピアンF3のスポット参戦等もあったが、1年間をスクールで過ごし、17年はFIA-F4に挑戦。宮田莉朋とのチャンピオン争いに惜しくも敗れたが、SRS卒業生のなかでトップとなるランキング2位で終え、18年は全日本F3にステップアップした。

■チームとともに改善してきた一年に充実感
 笹原にはまず、初めてフルシーズンで参戦したF3の一年の感想を聞くと、「最終的なランキングは3位で、当然やるからにはチャンピオンや優勝を目指していたので、悔しい思いは大いにあるシーズンでした」と振り返る。

 ただ、「今までのシーズンとはちょっと違う一年だったかな、という気がしています」と笹原は続ける。いったいどう違ったのだろうか?

 今季、チームは笹原の参戦にあたり、新車のダラーラF318を用意した。ただ、アレックス・パロウを擁し戦っていた昨年後半戦からは苦戦を強いられていたチームだけに、「今年も苦戦するのは予想していましたが、想像以上に厳しい序盤でした」と振り返るとおり、序盤2ラウンドではかろうじてポイントを得るほどの成績に留まってしまう。

「でもそこからはチームにも改善を求めていき、自分としても強いことを言ったり、チームの皆さんにも迷惑をかけたかもしれません(苦笑)。でも皆さんが少しでも良くなるために、勝つためにと意見を聞いてくださって、僕が望む状態を再現しようと頑張ってくれました」と笹原は言う。その甲斐あって、第5戦富士で初めて表彰台とファステストラップを記録すると、そこからは表彰台争いの常連に。コンディションによっては、今季圧倒的な強さをみせたカローラ中京 Kuo TEAM TOM'S勢に食い込む位置を走った。

「もちろんチームみんなの努力がなければ叶わなかったことですが、一年間を通してここまで改善できた、ここまでもってこられたということは、達成感というか、充実感というか……やり切った印象がありますね」

「正直、1勝もできないシーズンはやっぱり辛いです。自分の中で許せない」という笹原だが、1年間を通じてチームと協力し改善し、最終的にトップが見える位置までチーム力を上げた一年というのは、笹原にとっては“いつもと違う一年”だったということだ。

■日本とヨーロッパを「両方経験したしたことは大きい」
 今季、チームとともにステップアップできたことについて、笹原はかつてヨーロッパで戦っていた頃、決してトップチームとは言えないチームとともに戦い、ステップアップしてきた経験が活きているという。そんな笹原に、3年間日本で戦ったことで、ヨーロッパとの違いはどんなものが見えたのかを聞いた。

「特に今年1年で、より多くの日本での戦い方ややり方を学ぶことができましたね」と笹原。

「何を学んだかというと、基本的にヨーロッパとはレースのスタイルもコンディション、タイヤもすべて違います。それに細かくアジャストしていくところは、またヨーロッパとは全然違いますね」

「スーパーフォーミュラを見ていてもそうなんですが、ちょっとしたクルマの善し悪しですべてが変わってしまうくらい変化が大きいんですね。その点ヨーロッパでは、コンディションが良くないせいなのか、クルマよりも、ドライバーがちょっと“ひねり出せ”ば、なんとか頑張れる気がするんです」

 そう日本とヨーロッパの違いを語る笹原だが、もともと笹原はヨーロッパで長くキャリアを積んできたドライバー。日本での“スタイル”で戸惑うところもあったという。

「まだ“日本に来たて”の頃は、その点全然掴めていなかったです。特に今年全日本F3を戦って、いきなりトムスがあれだけ速かったので、自分からすると『?』という状態でした。『見た目が同じなのになんであんなに速いんだろう』って(苦笑)。でも今年一年戦って、それがなぜ速いのかは意外と分かってきたかもしれません」

 そして、日本とヨーロッパという両方のスタイルを経験できたことは、笹原にとって「どちらがいい、悪いというのはなくて、絶対に自分の幅を広げる意味では、両方経験できたことはすごく大きいです」という。

「異なるところで学んで、それを習得するのは、ドライバーとしてはこの先も必要なことだと思います。その上で2年間はすごく中身が濃かったですね。そして今年一年戦って分かったことは、『自分を失わず、信じて突き進んできたことが最終的に正解だった』ということですね」

■「今までよりも強くなった自分を披露できる」
 3年間の日本での経験、そして今季後半戦でともに成長したThreeBond Racingとともに、笹原は11月18日に決勝レースが行われるF3世界一決定戦・マカオグランプリに挑む。実はヨーロッパ育ちである笹原だが、市街地レースの経験は初めてだ。

「なぜかFルノーのときには、それまで絶対にポーとか市街地レースがあったんですよ。でもなぜか僕が出ていたときだけ一切市街地がなくなってしまって」と苦笑いを浮かべる笹原。

 当然、笹原にとって市街地レースは未知数。だが、「まずは壁にぶつからないこと。とにかく今までのマカオを見ていると、よほどのことがない限り雨も降らないので、とにかく予選2回目までは自分をビルドアップしていって、予選2回目ですべて勝負をかけられたらな、と思っています」と意気込む。

「チームとしてもデータが少ないことは否めないし、自分も初めてなので、けっこうな覚悟はしてマカオには行くつもりです。でも今年エンジニアさん、メカニックさん、みんなと1年やってきて、これだけ成長してきているので、そのままの勢いでマカオも伸びていけたら、けっこう面白いレースになるんじゃないかと個人的には思っています」

 そしてその先に笹原が見据えるものは、幼少期と同じく『F1』だ。近年の若手日本人ドライバーで、彼ほど真っ直ぐにF1を目標と定め、それに向けて努力を怠らないドライバーは少ない。来季に向けての目標を聞くと、「とりあえず早くヨーロッパに戻りたいです」と笹原は力強く語った。

「『ヨーロッパで戦いたい』という思い、そして『F1の近くにいたい』という思いですね。今年、幸い全日本F3でランキング3位に入ることができ、昨年のFIA-F4のポイントと合わせると、(F1のドライブに必要な)スーパーライセンスポイントを15ポイント持っているんです。おそらく、ホンダのドライバーのなかでは2~3番手くらいなんですが、ぜひそのチャンスはいただければと思います」と笹原。

「もともとヨーロッパでレースをしてきて、F2やGP3をやっているチームにも良く知っている人が多い。この日本で学んできたいろいろな経験で、より自分の幅も広がったと思うので、もう一度ヨーロッパに行ったときには、今までよりもさらに一段階、二段階強くなった自分を披露できるんじゃないかと思っています」

 何より笹原はそのキャリアから英語も堪能で、ヨーロッパのコースも良く知っている。そしてこの2年間、SRS出身のなかでトップを獲る結果を残してきた。ヨーロッパで身につけたアグレッシブな走りとレース運び、そして日本で身につけた技術──。この日の笹原からは、もう一度ヨーロッパで見たい、そしてF1で見たいと思わせるたしかな自信をうかがい知ることができた。