2018年11月01日 10:52 弁護士ドットコム
マリオやヨッシー、クッパなど、レースゲーム「マリオカート」のキャラクターの衣装を貸し出して、「公道カート」で遊ばせるのは、不正競争防止法や著作権法に反する――。
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ゲーム大手「任天堂」がこのように主張して、公道カートのレンタル事業を展開する「MARIモビリティ開発」(当時:マリカー社)を訴えていた民事裁判で、東京地裁は9月27日、MARI社に対して、損害賠償1000万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
このマリカー訴訟の判決文は、しばらく閲覧できない状況だったが、10月24日ごろから、裁判所のホームページで公開されている。判決文は84ページにも及ぶが、東京地裁は、不正競争行為について判断したものの、著作権侵害については踏み込んでいない。
今回の東京地裁の判決をどう読み解けばいいのだろうか。著作権にくわしい福井健策弁護士に聞いた。
今後、それぞれの論点については、詳細な検討がおこなわれるだろうから、今回は速報的にレビューしたい。判決が何を認めたか、ざっくりと表にしてみた。
まずは不正競争防止法(不競法)の争点だ。これは大きく(1)「マリカー」という商号等の使用、(2)「maricar.xxx」などのドメインネームとしての使用、そして(3)マリオ、ルイージ、ヨッシー、クッパという4つのキャラのコスプレ衣装及びマリオ人形の営業使用に分かれる。
(1)商号等については、「マリカー」という言葉は、任天堂の表示として日本語では十分な周知性があるとして、マリカー側がこれを営業上使うことは、顧客を誤認させる不正競争行為(不競法2条1項1号)であると判断した。(2)ドメインネームも同様だ(こちらは13号)。
注目は、(3)の4つのキャラの扱いだ。裁判所は、ゲームの世界的な知名度に照らし、これら各キャラ自身を任天堂商品の単なる要素ではなく、その「象徴的存在」であると見た。
マリオ系ゲームの国内外での人気ぶりは、たしかに凄まじく、累計販売本数は3億2000万本(2016年8月時点)。特にマリオは「ゲーム史上最も有名なキャラ・トップ50」で、クッパは「ゲーム史に名を残す悪役キャラ・トップ50」で、それぞれ第1位としてギネス世界認定されているらしい。安倍首相もコスプレするわけである。
踏み込んだのはここからで、裁判所はその結果、4つのキャラ自体がこの任天堂ゲーム群や商品の出所を示す、いわばトレードマーク(商品等表示)になったと認定する。さらに、マリカー側が、ゲームと同様のカートをレンタルする事業でこの有名表示を使ったことを重視して、「コスプレ衣装の貸出」「従業員によるコスプレ」「コスプレの様子が写された写真や動画の公開」「マリオ人形の店舗設置」のすべてについて、「需要者は任天堂と同一グループの者による営業か、任天堂からの使用許諾があると誤信する恐れがある」と判断した(75頁ほか)。
コスプレについては、それが元の任天堂のキャラといくつかの共通点を有することから、「需要者は元キャラを連想する」として、かなりあっさりと類似性を認めている。むろん、公道カートレンタルで社名も「マリカー」だったといった今回のケースの特殊事情も作用しただろうが、「既存キャラのコスプレ衣装や人形を営業上使うこと」に相当広く不競法の網がかかりそうで、今後大いに議論される点かもしれない。
その代わりと言えるのか、著作権の争点について、裁判所はほぼ判断を回避した。
「マリオ」など、4キャラの複製・翻案・公衆送信等の差止については、「具体的な行為特定を欠く広範・無限定な差止」という一点で切っている(79頁)。その余波で、コスプレの映った写真・画像の著作権侵害の点も「判断に及ばず」とバッサリだ。
他方、コスプレ衣装の貸出のほうは、「不競法でもう禁止した」という理由で「判断に及ばず」である(80頁)。なるほど、たしかに今回のケースだけに絞れば、この判決で任天堂はおおむね目的を達成するので、それ以上判断する必要はないとも言える。
というのも、不競法と著作権では、同じ「類似の禁止」でも基準が違うのだ。一概には言えないが、特に今回のケースでは、著作権侵害にあたる「類似」のほうがハードルは高いだろう。不競法は、顧客が「任天堂のビジネスだな」と誤信するかどうかが重要だ。だから、コスプレも、人々が「マリオだな」と連想すれば、違反認定に近づく。
一方、著作権は、単に「人々が連想する」だけでは侵害は成立しない。著作権は、既存の作品とのアイディアの類似や、ありふれた表現の借用は侵害とは考えないのだ。
今回のケースでも、マリカー側は「マリオ・ルイージのコスプレ衣装で再現されているのはキャスケット帽やオーバーオールといった一般的な衣装の形状であり、元キャラの表情部分などの本質的な特徴は借りられていない」と反論した。ヨッシーやクッパについても、「具体的表現でなく抽象的な概念(つまり、ヨッシーっぽいイメージ)が共通するだけだ」と主張する(32頁~)。
その言い分は一理ある。たしかにコスプレ衣装ではキャラの体型などが全然違うし、表情部分は地顔が出ていたりして、マリオを連想はさせるのだが、いわば「記号」として元作品を借りているとも言える。著作権侵害かは微妙な点もあろう(記号的借用については https://www.kottolaw.com/column/181005.html を参照)。
たとえば、「ガンダム」全体をそのまま精細に再現したコスプレだった場合、理論上侵害は明らかだろう。他方、「セーラー服戦士」など衣装とヘアスタイルだけをそれなりのレベルで再現しているコスプレ衣装の場合、その製造行為は、はたして著作権侵害なのか。判決が正面から判断していたら、かなり影響は大きかったかもしれない。
さらに言うと、判決の影響を受ける人々の範囲も、著作権のほうが広い。不競法はここでは、他人のトレードマークなどを商品・営業に流用する場合にほぼ限定される。これが著作権侵害となると、そうした利用場面の限定はなく、人の表現を複製・翻案すれば原則としてあたる。
例外として許されるのは「私的複製・翻案」(著作権法30条)だが、「家庭内かそれに準ずる限定的な範囲での使用」しか許されない。よって、商用目的ではなくても、人前で見せるためのコスプレなどが免責されるかは、かなり疑問だ。コスプレ衣装の公衆への貸与も然り。そのため、侵害とされるとレイヤーや一般人にも広く影響が及ぶかもしれない領域である。
裁判所が、こうしたコスプレ文化への影響を考慮して、著作権について判断を回避したならば、つまり当事者が開けようとしたパンドラの箱(https://www.kottolaw.com/column/001429.html 参照)の中身は人々に見せない判断をしたならば、それはあるいは、一つの見識だったのかもしれない。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
福井 健策(ふくい・けんさく)弁護士
弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授。内閣府知財本部委員ほか。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「誰が『知』を独占するのか」(集英社新書)、「ネットの自由vs.著作権」(光文社新書)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com