「もちろんチャンピオンシップを獲れたらうれしいけど、逃しても誇れるシーズンになっているよ。僕もチームも、ミスがない素晴らしい時間を過ごしているからね。『なるようになるさ』という気持ちだよ」
第4戦富士で初優勝し、タイトル獲得の現実味を帯びてくると、ニック・キャシディ(KONDO RACING)はメディアに対してこの言葉を言い続けてきた。受け取り方によっては、無欲なようにも感じる。しかし実際は、「かなりタイトルを意識していたと思う」と近藤真彦監督が明かす。
スーパーフォーミュラ最終戦、JAF鈴鹿グランプリ決勝日の前夜、キャシディの家族も交えた夕食時には「チャンピオン、チャンピオン」と冗談を言っていたそうだ。また、ドライバーブリーフィングでは「チャンピオンを獲ったらドーナツターンしていいか」と話していたともいう。タイトルへの意識は山本尚貴(TEAM MUGEN)にも負けずに強く、貪欲でもあった。
金曜日の専有走行、キャシディのタイムは8番手。山本のひとつ上の順位ではあったが、得られたデータは開幕前のテストで良かった数値とわずかな相違があった。「あのときとホイールが違う」。その原因に気づいたのはキャシディだ。
KONDO RACINGでは今季の開幕戦から、ホイールをそれまでのBBSからエンケイにスイッチしている。20セット用意するのはかなりのコストがかかるが、近藤監督の心意気で果たされた。
ホイールの違いは、ドライバーの感覚的にはそれほど変わるものではないそうだが、データ上でのさまざまな“推移”が違うという。「スーパーフォーミュラは、それぐらいシビアな世界」とKONDO RACINGの田中耕太郎エンジニア。
金曜日の夜、チームは御殿場のファクトリーまでBBSホイールを取りに行った。そしてキャシディは、フロントBBS、リヤはエンケイで予選に挑み4番手を得る。「このセットじゃなければ、Q1落ちしていたかもしれない」と耕太郎エンジニアは続けた。
決勝のスタートタイヤは、上位3台がソフトを選ぶなか、キャシディの提案でミディアムをチョイス。セーフティカーの導入など、不確定要素を踏まえるとソフトタイヤスタートのほうがリスクは減る。それでもチームはキャシディを信じた。
2周目の1コーナー進入、温まりが早いソフトタイヤの塚越広大(REAL RACING)にかわされて5番手に落ちるが、キャシディは冷静に周回を重ねる。29周を走り、キャシディが信じるチームの元へ。11・9秒という素早いピットワークで、ソフトタイヤに履き替えてコースに戻る。その7・5秒前方に山本がいた。
ここからは一騎打ち。ミディアムタイヤの山本との差は見る間に縮まり、4周後には3・5秒差に追い上げた。しかし、他車がコース上に巻いた砂に足を取られてタイムダウン。それでもあきらめず攻めた。結果、山本には0・654秒届かなかったが、最後までタイトルに挑み続けた。
決勝後の記者会見、いつもは明るく饒舌なキャシディだが、今回は声のトーンが低く、悔しさを隠せずにいた。
それでも、結成20年目でつかんだチームタイトルを「誇りに思う」と、最後までチームを称えた。近藤監督もまた、チームチャンピオンを喜びつつ、キャシディがドライバーズチャンピオンになれなかったことを「悔しい」と素直に述べた。「2019年こそ、獲りにいく」。
2年間、キャシディを担当してきた耕太郎エンジニアは、「決して負けレースではなかった。チームもチャンピオンに値する良い仕事をしたよね」。そしてキャシディには、「実力を証明したキミには、明るい未来が待っているよ」と語りかけた。
●auto sport 2018年 11月2日発売 No.1493 スーパーフォーミュラ最終戦鈴鹿詳報