実質、3人によるチャンピオン争いのなかで山本尚貴(TEAM MUGEN)はランキング3位と、もっとも厳しい立場にあった。だが、大逆転でのタイトル獲得に必要な予選ポールポジションの1ポイントを見事に獲得。それだけでなく、スーパーフォーミュラ最終戦、チャンピオン決定戦となる鈴鹿の予選Q1からQ3までですべてトップタイムと、速さだけではなく圧倒的な強さを見せつけた。同じタイトル候補の上位2人とは、どのような差があったのだろうか。
この鈴鹿でランキング2位ながら、トップのニック・キャシディ(KONDO RACING)よりも経験値と実績、安定感の面で有力と思われていた石浦宏明(P.MU/CERUMO · INGING)は、予選Q2でまさかのノックダウン。
石浦はアタックタイミングで前のクルマに詰まり、クリーンな形でアタックできなかった不運があっただけでなく、村田卓児エンジニアによると、マシンのセットアップもまとめられずグリップ不足の症状が改善しなかったという。
石浦は決勝では11番手スタートとなり、チャンピオン争いは大きく後退。その一方、事前の予想ではもっとも厳しいと見られていた山本がポールポジションを獲得。ランキングトップのキャシディが4ポイント差ながら、予選4番手にとどまったことで山本とキャシディが並ぶ形の一騎打ち状態で決勝を迎えることになった。
前回の岡山でノーポイントと、シーズン中盤以降低迷していた山本、得意のこの鈴鹿で見事に復活することになったわけだが、山本はどのようにして今回のポールポジションを獲得するに至ったのか。そこには山本の鈴鹿への絶対的な感覚の確かさと、計算し尽くされた読みが潜んでいた。
まずは予選Q2のトップ山本のタイム(1分38秒008)と、7番手キャシディ(1分38秒511)のセクタータイムを比較してみよう。
セクター1/2/3/4
山本 26.8/15.9/36.5/18.7(秒)
キャシディ 26.5/16.1/36.9/18.8(秒)
1周のタイムは山本の方がコンマ5秒速いにも関わらず、セクター1ではキャシディの方がコンマ3秒速い。キャシディはセクター2以降で、山本に比べてタイムを落としているのがわかる。
今回の予選、山本はアウトラップの翌周(計測1周目)にアタックを行っているのに対し、キャシディはアウトラップ~ウォームラップ~(計測2周目)アタックを行っている。結果的にキャシディはアタック途中でタイヤのグリップのピークが過ぎて、タレ始めているとみられるが、今回の予選では計測2周目にアタックを行うドライバーがほとんどだった。
次に、山本のQ2(1分38秒008)と、Q3(1分37秒909)のセクタータイムを比較してみた。
セクター1/2/3/4
Q2山本 26.8/15.9/36.5/18.7(秒)
Q3山本 26.5/15.9/36.5/18.8(秒)
予選Q3では山本はQ2のセクター1の遅れを取り戻していることが分かる。その違いを予選後の山本に聞いた。
山本尚貴が振り返る予選アタックと、『鈴鹿マイスター』たる所以
「Q2のセクター1は2コーナーでちょっとミスをしました。Q2とQ3ではタイヤのウォームアップ自体も変えていませんし、変えちゃいけなかった」と山本。
「セットアップも内圧もQ2からQ3に向けて変えたので、そこで僕のウォームアップや走り方を変えてしまうと全部崩れてしまう。ですので、僕の走り方、ウォームアップは変えずにクルマ側で調整してもらいました」
ウォームアップを1周目にした理由を山本は以下のように説明する。
「それでもQ3の2コーナーが完璧だったかというとまだ少し、失敗しています。それが1周目でアタックに入るリスクなんです。1周目にアタックに行くと(タイヤの温まりやグリップが把握しきれないままで)、2周目にアタックに行くよりも1コーナー、2コーナーが圧倒的に不利になる。そのリスクがあるから2周目にアタックに行きたくなるし、フロントのスクラブ(表面の皮を剥いて温まりをよくする)をしていたチームもあったと思うんですけど、そういう対策をしたくなるんです」
「それでも、逆に2コーナーさえ無事にクリアできれば、絶対的に1周目の方がグリップ力が生かせます。セクター4の最後のフィニッシュラインまでタイヤのグリップがもつ。それが2周目のアタックにしたり、フロントタイヤをスクラブしてアタックしたら、1~2コーナーはいいけどヘアピンあたりからグリップがルーズになってくるんです」
「鈴鹿のすべてのコーナーで完璧なグリップで走れることなんて、それこそ5年やって数回あるかないか。ですので、どこのコーナー、セクターでタイムを失ってでも他で得することができるのか。どこを我慢できるのか、どこでタイムを稼ぐのか、という見極めを今回はうまくできたと思います。それがうまくできた人が今回の予選で上位に行けたのではないでしょうか」
山本が『鈴鹿マイスター』と言われて久しいが、その所以はこのようなところにある。さらに山本が続ける。
「予選の時に気温と路温が上がってくれたことも僕には良かったと思います。これより少しでも気温路温が低かったり、午前中の雨が乾ききらずウエットパッチが残っているような状況だったら計測2周目のアタックの方がよかったと思います。ウォームアップのペースをどれだけ上げられるか、路温気温は無線でずっと聞いていました。その路温気温に合わせて自分の入り方、ウォームアップの仕方を計算しながら走っていました」
その時の環境条件を把握できれば、自分のすべきことは瞬時に理解できる。山本には、鈴鹿を誰よりも速く走るための絶対基準が存在しているようだ。
「特に鈴鹿はこれまでいいイメージがありますし、いいフィーリングも体に残っている。どこを抑えればいいというツボみたいなものが自分の中にあるのかもしれない」
「とはいっても、Q1、Q2をギリギリで通過するような状況だったらそんなことを考える余裕もなかったかもしれない。幸い、今回はクルマも走りはじめから調子が良かったし、セッションが進むごとにセットアップのちょっとした微調整に自分の気持ちを割く時間と心の余裕があったことが、いい方向に向いたのかなと思います」
いい時の山本は手が付けられない。そしてその場所が得意の鈴鹿サーキットであればなおさらだ。2013年、この最終戦鈴鹿でスーパーフォーミュラ初タイトルを大逆転で獲得したときの山本は、まさの今日のような山本ではなかったか。