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米津玄師、水カン、堀込泰行……山田智和監督のMVになぜ心揺さぶられる? 映像手法を考察

2018年10月24日 10:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 米津玄師「Lemon」のMVが『MTV VMAJ 2018』の最優秀ビデオ賞を受賞した。TVドラマ『アンナチュラル』の主題歌として作られたこの曲は米津にとって初のミリオンヒットであり、MVはYouTubeの再生回数が1億9千万回に迫るというバズを巻き起こした。


(関連:山田智和監督による映像作品


 また、この9月から10月にかけて行われた『RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2018』のTVCM。渋谷の街頭で、Zeebra、向井太一、ちゃんみな、ゆるふわギャングといった音楽家たちが次々と「音楽って誰のものだっけ?」に始まる刺激的なメッセージを次々と投げかけるという内容は、大きな話題となった。


 あるいは、堀込泰行の新曲「WHAT A BEAUTIFUL NIGHT」はどうだろう。東京の街を走るバスに乗ったのん(能年玲奈)の表情をひたすら捉えたMVもまた、大きなインパクトを与えた。


 これらすべての作品を監督したのが山田智和である。1987年東京生まれ、水曜日のカンパネラ、サカナクション、Base Ball BearなどのMVを手がけ、TVCM、ドラマなど、今もっとも売れっ子と言っていい31歳の気鋭の映像作家だ。


 山田の作品で際立っているのが、都市を舞台に、人間の肉体の躍動と感情のざわめきを小細工なしに描く骨太な作風だ。たとえば米津玄師「Lemon」では、ドラマの内容に寄り添ったデリケートでさりげない映画的な演出を施しつつ、ダンサー吉開菜央の躍動する身体性で生と死の狭間で揺れる登場人物の心情をドラマティックに描く。米津の新曲「Flamingo」のMVも山田が手がけているが、ここでは都市の闇を徘徊する米津自身の肉体のゆらめきが楽曲の世界観にリアリティを与えている。


 また「WHAT A BEAUTIFUL NIGHT」は、刻一刻と変わっていくのんの表情だけを、ほとんど同一アングルで執拗に追う、ただそれだけの内容なのに観る者の心を激しくかき乱すエモーショナルな作品になっている。この表情を作れるのんの女優力も凄いが、その表情を見事に引き出した監督の演出力が際立つ一作だ。


 またKID FRESINOの「Coincidence」のMVは、大雪が降り積もる夜の新宿の街を歩きながらラップするKID FRESINOの姿を真正面から捉えただけの内容だが、その映像的なキレの良さは異様なインパクトがある。滅多にない東京の豪雪を逃さず作品にした決断力(監督によれば、当日の朝に撮影を決めたという)や、クルマも人通りも少ないとはいえ車道の真ん中でゲリラ撮影を決行した実行力、流氷の場面で一気に世界が広がるラストの発想力まで、監督のセンスの良さが結実した見事な作品だ。


 ゆずの「うたエール」は、KID FRESINOとは対照的なスケールの大きな作品で、ゆずが路上ライブを始めた横浜・伊勢佐木町の街に戻り、2018人の“新メンバー”と共に「うたエール」を歌い練り歩くという映像だが、横浜の街の片隅の、ほんのちっぽけな日常の「歌」から始まったゆずの音楽が、街を歩くうち、より開けた大きな世界に羽ばたいていくという構造はKID FRESINOと通底している。その過程が2人+2018人の肉体と声によって鮮やかに描かれるのは見事だ。


 楽曲の面白さとコムアイのアイコン性で人気を集める水曜日のカンパネラは新曲を出すたびに作られるMVでも話題を集めているが、山田はそのうち7曲のMVを手がけている。モンゴルロケで100人の子供たちと100頭の馬と共に撮った「メロス」、東京の夜で遊ぶ姿を捉えた「ナポレオン」、ボウリング場で踊る姿を収めた「アラジン」など、いずれもコムアイの躍動する身体に宿る生命力を正攻法で描いた作品になっている。コムアイの本能的な表情や動きのクセが、お洒落なファッションフィルムを気取って撮るよりも、彼女らしい生命力が出やすいのだ。


 なかでも特筆すべきは「ツチノコ」で、ここには山田にとってもうひとつの大きなテーマである「都市=東京」へのこだわりがうかがえる。聖火に見立てた花束を持って街を走るコムアイは聖火ランナーという設定。彼女が走るのは2020年の東京オリンピックまでに壊される予定の東京の様々な景色である。それは山田が子供の頃から遊び馴染んできた路地の薄暗がりであり、それが都市再開発の名の元に壊され失われてしまうことへの悲しみと寂しさとささやかな抗議が、山田の作品の根底には流れている。


 山田が自身の代表作のひとつとして挙げるサカナクションの「years」は「都市の感情」をテーマに、渋谷の地下から立ち上ってくる様々にこんがらがったエモーションが、古いものが壊され新しいものが生まれる過渡期の東京を駆け巡る。「WHAT A BEAUTIFUL NIGHT」で、バスの車窓から東京の街を眺め涙するのんに去来するのも、そうした喪失の感情なのかもしれない。


 山田監督の初期の代表作に挙げられるのが、2013年に作られた2本の短編作品である。CREATIVE AWARD 2013グランプリを受賞した「47seconds」とGR Short Movie Awardグランプリを受賞した「A Little Journey」だ。渋谷のスクランブル交差点の真ん中で舞い踊る女子高生を描いた「47seconds」、放課後の街をスケボーで走る少年を描いた「A Little Journey」も、若い肉体が躍動のままに大きな世界へ飛び出していくさまを小細工なしに捉えることで、観る者の感情を揺さぶる。そのありようは確かに山田の原点であると思わされる。


 山田の作品は最近のものになればなるほど、映像的なエフェクトや最新のテクノロジーを振りかざすようなギミックが希薄になっている。それはつまり、山田の興味がキレイな映像や面白い映像を見せることではなく、人間そのもののリアルを描くことにあり、そこから滲み出る様々な感情が織りなすドラマを描くことにあるということだ。たとえば2012年のMV、[.que]meets one day diary「Time to Go remix」は、雨に濡れる東京の街をクルマの窓越しに捉えた作品だが、その主眼はクルマの窓の水滴越しに滲む街のネオンの映像的な美しさを描くことであって、人間ではない。この頃の山田にはまだそうしたタイプの映像作家になる可能性があった。だがその1年後に「47seconds」「A Little Journey」といった作品で、初めて自己の作家としてのテーマを見つけたということだろう。


 illion × SPACE SHOWER TVのステーションID「Told U So」(2016年)は、当時注目の最先端テクノロジーだったVR技術を使った実験的な作品だが、主眼はむしろそこで歌い踊るillion(野田洋次郎)のしなやかな肉体なのである。


 人間存在そのもののリアリティを骨太な映画的手法で切り取っていく山田監督の作風は、映像の奇抜さや目新しさに目を惹かれがちな今のMVにおいては異色と言えるかもしれない。「都市に於ける肉体の復権」をテーマに、現実という痛みをもって生々しい生の実感を得る、という作品を作り続けているのは『鉄男』や『野火』で知られる映画監督の塚本晋也だが、若い山田智和は怒りや痛みではなく、悲しみや喪失感をバネに、開かれた気持ちのいい場所へと飛躍しようとする。彼がMVやCMで得たスキルやノウハウをもって、新しい劇映画の世界へと飛び出していくのも時間の問題だろう。(小野島大)