インターネットに一度上がった情報は、それが真実であれ、虚偽であれ、またたく間に拡散する。SNSの普及以来、その速度と範囲は各段に大きくなった。間違った情報が拡散されていくとき、多くの場合その訂正は誤情報の拡散の範囲に追いつくことができない。
虚偽の情報を流す「フェイクニュース」は、ドナルド・トランプが当選した2016年のアメリカ大統領選挙から大きな注目を集めるようになった。「post-truth(ポスト真実)」はイギリスのオックスフォード英語辞書によって「2016年の単語」に選ばれ、アメリカ大統領顧問ケリーアン・コンウェイが使った「alternative facts(もう一つの事実)」という言葉も広まった。
10月20日と27日にNHK総合で放送されるドラマ『フェイクニュース』は、そんな現代社会を反映した「社会派エンタメドラマ」だ。脚本は『アンナチュラル』『逃げるは恥だが役に立つ』などの作品で知られ、日本テレビ系で放送がスタートしたばかりの『獣になれない私たち』もさっそく話題を呼んでいる野木亜紀子のオリジナル作品となる。
■「『フェイクニュース』というテーマなら、不寛容な「今」の時代に色んなメッセージが届けられる」
その名の通り「フェイクニュース」を題材にした本作は、インスタント食品に青虫が混入していた、というSNSが投稿をきっかけとなって真偽不明の情報が飛び交う中で、ネットメディアの女性記者が真実を追い求めて孤軍奮闘するというストーリー。
報道記者出身で、本作が初プロデュース作となるNHKの北野拓プロデューサーは、「もともとメディアを題材にしたドラマを作りたいという強い思いが野木さんにあり、僕自身も報道出身で、『フェイクニュース』と『マスメディア批判』に対しては、自分自身の記者時代を振り返ってもいろいろと思うところがありました」と、この題材を選んだ理由を語る。
「『フェイクニュース』によって、人々が信じたいものだけを信じる時代に突入し、それによって、両極端の意見のみが目立つようになり、社会が分断されていくと感じていました。その上、情報の拡散スピードも増したので、人々の感情が暴走し、瞬時に白か黒かの世界が作り出され、世界が二極化していく危機感も感じていました」
「こうした思いから『フェイクニュース』というテーマならば、世の中が不寛容な時代で分断化されていく中、『今』の時代に必要な色々なメッセージが届けられるのではないかと考えました」
■ジャーナリズムとエンターテイメントが融合した「新しい社会派ドラマ」
本作は「社会派エンターテイメントドラマ」と銘打たれている。野木亜紀子の脚本は、『アンナチュラル』『逃げるは恥だが役に立つ』そして現在放送中の『獣になれない私たち』でも、社会の不条理や生きづらさなどを掬い上げ、視聴者の共感を集める。
北野プロデューサーは「野木さんと組むならば、ジャーナリズムとエンターテイメントが融合した、新しい社会派ドラマが作りたいと考えていた」という。
NHKドラマ初執筆となる野木の脚本については「過去の作品群を見てもわかりますが、野木さんは今の時代や社会に対して、訴えたいことがある社会派の作家だと思っています。少し説教臭くなってしまう硬派な題材でも、野木さんは誰よりもエンターテインメント性を大事にしているので、エンタメという殻に包んで、多くの人の心に届くドラマにする力がある稀有な才能の持ち主だと思います」と信頼を寄せている。
■情報量が多く、スピーディーな展開。「これまでのドラマの常識の逆をいく作り」
本作はインスタント食品への青虫混入事件に端を発して物語が展開する。この「青虫」という発想は、作品の初期段階から野木の頭の中にあったようだ。
北野プロデューサーは「今回もフェイクニュースというドラマで、誰も青虫から始まる物語なんて想像できませんでしたが、野木さんはインスタント食品に青虫が入っている、という小さな地点から出発すると面白いと打合せの最初から発案をされていました。青虫から始まる物語だからこそ、見たことのないドラマになったと思います」と自信を見せる。
また連続ドラマではなく前編・後編の2話構成の本作だが、1話ごとに情報密度の高い内容になっているという。
「SNSの普及した現代社会では、情報が押し寄せるスピードがものすごく速く、手元に届く情報量も多いので、今回のドラマのテーマとリンクさせて意識的に情報量が多く、展開押しで書かれています。そういう意味でも、野木さんは時代を的確に捉えるプロデューサー的な視点もお持ちだと思います」
「『アンナチュラル』も同様でしたが、野木さんの脚本は1話分に詰め込む情報量がかなり多く、SNSで実況していると置いていかれる展開の速さと密度の濃さが売りです。今回も特に前編は展開で見せていくドラマになっていて、テレビはなるべく誰でもわかるように説明的に作らなければいけないという、これまでの常識の逆をいく作りになっています」
■北川景子がNHKドラマ初主演。共演に光石研、永山絢斗、新井浩文ら
キャスティングについては「野木さんと監督と何度も話し合い、シリアスもコメディーもできる振り幅のある、信頼できる俳優陣にお願いしました。ぜひ細かな役のキャスティングまで注目して見てほしいです」とアピールする。
大手新聞社からネットメディアに出向してきた主人公・樹を演じる北川景子をはじめ、光石研、永山絢斗、矢本悠馬、金子大地、新井浩文、岩松了、杉本哲太らが出演者に名を連ねている。
NHKドラマ初主演となる北川景子について北野プロデューサーは「『芯が強く、正義感があり、真っ直ぐな女性』を演じさせたら、右に出るものはいない」と評する。
さらに「北川さんご自身のこれまでの人生と、主人公・東雲樹の人生がリンクすればいいなと思っていました。ご本人も撮影中はNHKドラマ初主演ということで、悩みながら撮影に挑まれていましたが、そのことが逆に今回のドラマではプラスになったのではないかと思っています。後編は特に樹の人間ドラマの部分が大きいので、北川さん演じる樹が悩み、苦しみ、心が揺れる瞬間のお芝居を見て頂けたらと思います」と明かしてくれた。
■ドラマの世界を広げる牛尾憲輔の音楽
牛尾憲輔による劇伴も見どころのひとつだ。agraphとしての活動やLAMAのメンバーとしても活動する牛尾は『ピンポン THE ANIMATION』『映画 聲の形』『DEVILMAN crybaby』『サニー/32』など、アニメや映画の音楽も多く手掛ける。
北野プロデューサーは「過去の映画の劇伴を聞いた際に、コンセプチュアルな音も、心情に寄り添う音も、両方ともに素晴らしい曲を書く方だと感じていたので、新しい才能とお仕事をさせて頂きたくてオファーしました」と牛尾の起用理由を語っている。
「牛尾さんの音楽が、『エンタメドラマではあるが、その奥には深いテーマがある』という、今回のドラマの世界観を見事に表現してくださっています。『一滴の水滴が大きな川の流れに』というコンセプトのテーマ曲を頂いた時、このドラマの世界がものすごく広がりました」
■「テレビは『今』を描くメディア。ニュースとドラマは本来、もっと近くにいるべき」
北野プロデューサーにとって本作が初プロデュース作となり、作品にかける想いも熱を帯びている。
「僕自身が報道記者出身で、今起きていること(社会的な課題や問題)をニュースのようなスピード感で、ドラマにしてみる試みをしたいと考えました。なぜなら、テレビは『今』を描くメディアだと考えていて、ニュースとドラマは本来、もっと近くにいるべきだと思っていたからです」
「記者からドラマ部に来たのも、『社会的なテーマを、エンターテインメントを通して、世に問いたい』という思いがあったからです。ですから、初プロデュースでは自分の考えをどうにか一度具現化したいと思いました」
そんな北野プロデューサーの想いと野木亜紀子の脚本が生み出したドラマ『フェイクニュース』は、NHK総合で10月20日、27日に放送される。最後に放送を待つ視聴者へのメッセージをいただいた。
「フェイクニュースというと自分とは関係のない問題だと思う人も多いかと思いますが、これだけSNSが普及したネット社会で、情報が氾濫している今の時代に、このドラマで描かれていることは、いつ誰の身に起きてもおかしくないことだと思っています。自分が信じているものが本当かもしれないし、実は嘘かもしれない。ネット社会の『今』をドラマで疑似体験して頂ければと思います。野木さんもおっしゃっているように、いうても青虫から始まるエンタメドラマです。軽い気持ちでドキドキわくわく楽しんで見てもらえたら嬉しいです」