2018年10月18日 10:32 弁護士ドットコム
新卒学生の入社前の「内定者研修」。拘束される学生からは不満の声もあがっています。
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大学生のコウヘイさんは春に内定(形式的には内々定)を得た企業から、「入社前研修」と称して、月に2回ペースで業務体験を課されてきました。内容は実践的なスキルを学ぶものや、施設の見学などでした。
競合他社に内定者が流出することを防ぐための「拘束」のようにも見えますが、コウヘイさんは「入社後の研修期間にやればいいのに」と疑問を抱いています。交通費と懇親会の費用は企業が負担したものの、賃金の支払いはありませんでした。
参加は任意という建前でしたが、欠席を届け出る際には、その理由を詳細に説明する必要があり、「半強制的」だとコウヘイさんは感じています。このような研修に問題はないのでしょうか。労働問題に詳しい櫻町直樹弁護士に聞きました。
ーー会社と内定者の法律関係についてどんな考え方があるのでしょうか?
「ごく簡単に説明すると、入社前の内定者との労働契約自体は成立していますが、指揮命令をすることはできない、とするのが判例をもとにした考え方です。
もっと詳しく説明しましょう。入社日より前の段階における会社と内定者との法律関係をどう考えるかについては、最高裁判所昭和54年7月20日判決(民集33巻5号582頁)で、会社と内定者との法律関係について、『就労始期付・解約権留保付労働契約』であると判示されています。
なお、あくまでその事案についての事実関係を前提にした判断で、常に『就労始期付・解約権留保付労働契約』にあたるという訳ではありませんが、この事案における事実関係(誓約書の提出や、内定通知以外の文書が予定されていないこと等)は、今日の採用活動においても共通していると思われますので、就労始期付・解約権留保付労働契約にあたるケースが多いのではないかと思います。
ですから、冒頭申し上げた通り、就労始期(=入社日)が大学卒業直後とされているのであれば、労働契約自体は成立していますが、いまだ就労開始時期ではないので、入社日より前の段階では会社が内定者に対して指揮命令をすることはできない、ということになります」
ーー内定者と入社前研修についてはどう考えればいいのでしょうか?
「結論からいうと、会社が内定者に対して入社前研修への参加を求める場合には、あくまで『内定者の同意』が必要であり、参加を強制することはできない、ということになります」
ーーそれはなぜでしょうか?
「入社前における研修への参加義務が争点となった東京地方裁判所平成17年1月28日判決(労判 890号5頁)があります。『効力始期付の内定では、使用者が、内定者に対して、本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はないというべき』であり、『効力始期付の内定における入社日前の研修等は、飽くまで使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものといわざるを得ない』として、会社が内定者に対して入社前研修を義務付けることはできない、と結論づけました。
なお、この判決は就労始期付ではなく効力始期付(労働契約の効力が入社日に発生する)の場合でしたが、判決は『このことは、本件内定が就労始期付であるとしても、入社日前に就労義務がない以上、同様と解される』と述べ、就労始期付の場合であっても結論に相違はないとしています。
また、この東京地裁平成17年判決では、『研修不参加を理由とする不利益取扱いは許されない』とも判示しています。
ですから、あくまで『内定者の同意』が必要であり、参加を強制することはできない、ということになるのです」
ーー会社側からすれば、どうしたらいいのでしょうか?
「会社がどうしても内定者を研修に参加させたいという場合には、採用内定通知の際に予め、具体的な入社前研修のスケジュール、内容を内定者に説明し、これへの参加について同意を取り付けておくことが望ましいでしょう。
ただし、上記東京地裁平成17年判決では、『一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき,入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っていると解するのが相当』とされています。
そのため会社側は、『いったん同意したのだから不参加は許されない』という対応を取ることは避けるべきでしょう」
ーー賃金の支払いについて、会社はどうすればいいのでしょうか?
「『アルバイト』として別途、雇用契約を締結し、賃金を支払った上で必要な入社前研修を受けてもらう、という方法も考えられます。この場合は(アルバイトとしての)雇用契約に基づく指揮命令としての研修参加命令ということになるので、内定者の同意は不要、ということになります。
なお、研修への参加について『実質的に強制であり会社の指揮命令下にあった』と判断される場合には、それに対応して会社に賃金の支払義務が生じるということになるでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
櫻町 直樹(さくらまち・なおき)弁護士
石川県金沢市出身。企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がける。力を入れている分野は、ネット上の紛争解決(誹謗中傷、プライバシーを侵害する記事の削除、投稿者の特定)。
事務所名:パロス法律事務所
事務所URL:http://www.pharos-law.com/