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エロティックな戸田恵梨香とピカレスクなムロツヨシ 『大恋愛』が描く人生のジレンマ

2018年10月13日 16:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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「私みたいな普通の人間には、こういうピカレスクでエロティックな刺激が必要なんですよ」


参考:ムロツヨシ、本当の適役は“2枚目”? 『大恋愛』『今日から俺は!!』2人のムロを堪能できる秋


 戸田恵梨香×ムロツヨシが、ラブストーリーの名手・大石静脚本で贈る金曜ドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)がついに始まった。あらゆることが合理的になった現代。体にいいリンゴも手の込む黒酢とはちみつが加えられ、手軽なパックで飲むことができる。ネットで注文すれば、季節を問わず、いつでも安定的に届く。プラン通りに進めていく人生は、平穏だ。だが、そこに刺激はない。ドラマのような大恋愛なんて、もってのほかだ。


 アップルパイは、うまいけど食べにくいのだ。手づかみでむしゃむしゃと夢中で食べれば、周囲を散らかしてしまう。だが、その本能的な刺激こそ恋なのだから、人生はジレンマだらけ。安定と刺激は相反するものを同時に味わいたい。穏やかな日常の中で、波乱に満ちた本能的な恋を疑似体験する。そんなドラマの存在意義を改めて感じさせてくれるような、物語のはじまりはじまりだ。


 完璧なフィアンセを持ち、何一つ不自由をせずに育ったヒロインに、不治の病が忍び寄る。そこに現れるのは、恵まれない生まれの才能ある男性。ふたりは恋に落ちて……一見すると、時代を超えて愛されてきた古典小説のような王道感。だが、そのファンタジーにも近いストーリーに、親近感を与えているのは、戸田×ムロの素に近い演技だ。


 戸田が演じる北澤尚の屈託のない笑顔が、急激に近づくふたりをリアルにする。人の懐に遠慮なく入っていく無邪気さは、彼女自身が持つ人当たりの良さあってのものだろう。そして、間宮真司に扮したムロも悲しみや孤独を背負いながら、求められた場面では明るく振る舞う男気を見せる。それは、彼自身が「親戚のもとで育てられたから、幸せな振りをしていた」と語る実体験と重なって見える。


 ふたりの掛け合いは、とにかくナチュラル。完成披露イベントでは、戸田がムロに対して「どうやって好きになればいいの」と言い、ケタケタと笑って見せたが、その率直な言葉が尚というキャラクターとの相性の良さを感じさせる。いろんな意味で相性のいい婚約者がいた尚も、偶然出会った引越しスタッフの真司に“まさか好きになるなんて……”と思っていたはずなのだから。


 居酒屋のシーンでは、ムロの真骨頂とも言えるおふざけ様子が満載。真司は遠くにいる店員にアテレコをして、尚を笑わせる。「とにかく笑い声のトーンがいいんですよ。自分が面白いことを言った、面白い人だって勘違いできる。成功体験をつみかさねて、自信になるんですね。こいつはいい女です!」とイベントでムロが嬉しそうに話していたのは、きっとこういうところなのだとわかる。


 誰かを喜ばせることで自らの存在意義を感じるというのは、多くの人が実感しているところではないだろうか。人は自分だけのために頑張るのは難しいから。そして、孤独を知っている人ほど、周囲の笑顔を自分の幸せだと感じる人が多いようにも思う。ムロほど現代を生きるピカレスクな俳優はいないのではないか。そして、こんなにもすんなりと人の唇と心を奪う戸田もエロティックな女優だ。


 効率よく日々を生きてきた尚にとっての『砂にまみれたアンジェリカ』は、私たちにとってのこのドラマなのだ。記憶を失っていく尚に対して、真司は尚を通じて多くの初体験を記憶していく。「空に向かって突っ立っている煙突みたいに、図太くまっすぐにこの男が好きだとアンジェリカは思った」と自分の文章を暗記するほど好きな人と出会う喜びも。その幸せが増えるほど、失くしていくものが増えるという悲しみも。ふたりの大恋愛を見守る私たちも、切なさが増していくに違いない。戸田とムロとのほのぼのとしたシーンを愛でながらも、過酷な運命に覚悟を決めなければ。(佐藤結衣)