2018年10月11日 10:12 弁護士ドットコム
飲食業界で、客から理不尽なクレームを受けるケースが後を絶ちません。精神的なショックから従業員の士気が低下したり、離職を招いたりすることもあり、その影響は甚大なものです。
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では法的にはどんな対応ができるのでしょうか。飲食店専門の石崎冬貴弁護士は「客に、NOと言う勇気をもって欲しい。クレーマーは恐れなくて大丈夫です」と話します。石崎弁護士に、クレーマーの実態と対応策について聞きました。
ーーそもそも「クレーマー」は最近になって増えたのでしょうか。それとも以前からの問題だったのでしょうか
「インターネットの普及によって、誰もがクレーマーとなり得るようになり、かつ可視化されるようにもなったので、社会問題化しているのだと思います。
特に、大きな注目を集めたのが、ある1件の顧客クレーム処理に端を発する『東芝クレーマー事件』(1999年)です。世論を動かすきっかけとなったのは、当事者の顧客がネットを使って情報発信をしたこと。これにより、ネットでは大きな問題提起ができるとわかり、今に続く『(要求に応じなければ)ネットにアップする』といったクレームにつながっています」
ーークレームと言っても、明確な要求がないケースもあるそうですね。石崎弁護士の著書「なぜ、飲食店は1年でつぶれるのか」(旭屋出版、2018年)によると「最初から納得する気がない人」「堂々巡りを繰り返す人」はクレーマーの場合が多いということです
「そうですね。『お詫びに100万払え』などと無理な要求を押し付けてくるタイプ(理不尽要求型)と、『誠意を見せろ』など判然としない要求をしてくるタイプ(要求不透明型)があります。いずれも特に中高年の男性が多いですね。自己評価が過剰に高いタイプの人たちです」
ーー理不尽要求型の「無理な要求」として、どのようなものがあるのでしょうか
「飲食店が入る宿泊施設で、コンタクトを忘れたと主張する客が『清掃係が間違えて捨てたに決まっているから損害賠償しろ』と6カ月分の枚数を要求してきました。購入時の領収書を送ってきたので薬局に確認したところ、コンタクト6カ月分は返品済みということでした。詐欺の可能性が高く、調査内容を伝えて納得できないならば裁判を起こしてほしいと伝えると、連絡が途絶えました」
ーーただ理不尽であっても、明確な要求のある「理不尽要求型」に比べ、「要求不透明型」は堂々巡りになりがちで、対応がより難しそうです
「難しいですね。理不尽要求型には『無理です』ときっぱり断り続けることができます。しかし要求不透明型は、こちらが掘り下げて、具体的な要求を引き出さないといけません。
『要求不透明型』の例として、ある高級レストランに現れたクレーマーの話があります。この客は、1晩で数万円使ってくれるような上客でした。しかし、来るたびに店員に対して『海外の本店ではこうだった』とか『店の教育はどうなっていいるのか』などと説教する困った癖がありました。しかも、具体的な要求はありません。
店員が対応に疲弊してしまい、店全体の士気が低下しました。そこで私が間に立ち、来店お断りの旨を伝えることになりました。すると『某大手法律事務所に相談して裁判を起こそうと思っている』などと、なぜかフランス語を交えてメールで返信してきましたが、次第にトーンダウンをし、お店に来ることもなくなりました」
ーー店員に対して、一方的に恋愛感情を募らせてトラブルに発展することもあるようですが、実際にそのような相談もあるのでしょうか
「従業員に対するストーカー事例も時折、寄せられますね。ある商業ビルに入る喫茶店の若い女性従業員に、客がつきまとうようになり、私のところに相談が寄せられました。
常連の男性客が毎日のように来店し、プライベートな質問をしつこくするようになったため、店側はその従業員を現場に出さないようにしました。すると、そのことに腹を立てた男性客がクレームを繰り返し、最後には『店の商品、気をつけろよ』と食品に異物を混入するかのような発言をしたのです。
そこで男性客に、ビルの警備員立会いの下、書類を渡して『入店お断り』とこちらの本気度を示す対応策をとったのです。この客は素直に応じ、以後の接触はなくなりました」
ーークレーマーに対しては、どのような法的な解決策があるのでしょうか
「クレームがひどい場合には、業務妨害や恐喝にもなりえますので、損害賠償請求や警察への通報も検討することになります。過去には、コンビニで店長らに因縁をつけ、理不尽な要求の上、土下座させたクレーマーが、恐喝罪で有罪が確定した裁判がありました。ただ、ほとんどの事例では、実際に民事訴訟や刑事告訴に発展することはほとんどありません。
やりとりの中で『訴訟を起こす』とクレーマーが言ってくる場合もありますが、堂々巡りで終わる場合がほとんどです。飲食店側が『弁護士を出す』とクレーマーに告げる時点でだいたい相手側から引き下がります。裁判となるとクレーマー側も費用がかさみ、尻込みしますから」
ーークレーム対応に必要なのは
「その内容が飲食店にとって『クレーム』なのか、それとも『正当な苦情』なのかを判断し、取捨選択するノウハウが必要です。例えば『店の教育がなってない』『誠意を見せろ』といった判然としない要求を、クレームなのか正当な苦情なのかを見分けるには、お客様の意見をしっかり聞く必要があります」
ーークレーム被害は実際に裁判には至らない、あるいは弁護士が交渉にあたると沈静化する事例が多いということですが、店側はどんな対策を普段からとるべきでしょうか」
「クレーマー対策5カ条を私は提案しています。(1)まずはとにかく「謝る」、(2)感情的にならない、(3)録音かメモを取る、(4)遮らない・反論しない、(5)その場で回答しない、この5つです。
その上で必要なのは、毅然と『NO!』という勇気です。それに尽きます。本来であればクレーム対応専門の部署を置くべきですが、飲食店の場合は小規模だと難しい。小さい飲食店でのクレーム対策はまだまだ始まったばかりです。顧問弁護士を置くことや、損害保険会社に加入することでリスクに備えることで対応することも考えられます」
ーー「NO! というのは難しい」という声も聞こえてきそうです
「逆に、何を恐れているのか、考えてみてはどうでしょうか。お店が恐れるのは、(a)ネット・風評被害、(b)訴訟かと思います。(a)のネットに何か書かれるのではないかと心配する人は多いですが、書く人はどうせ書きます。下手に対応すれば、そのことも書かれてしまいます。(b)の訴訟は、先ほど申し上げたように、裁判になることを望むクレーマーはほとんどいません。」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
石崎 冬貴(いしざき・ふゆき)弁護士
神奈川県弁護士会所属。フードコーディネーターなど食品・フード関係の資格も持ち、飲食店支援サイトを運営するなど、食品業界や飲食店の支援を専門的に行っている。
事務所名:弁護士法人横浜パートナー法律事務所
事務所URL:http://www.ypartner.com/