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亀田誠治、蔦谷好位置らが語る“ストリーミング時代におけるJ-POPの世界戦略”

2018年10月11日 07:02  リアルサウンド

リアルサウンド

 J-POPの最前線で活躍する音楽プロデューサーの亀田誠治と蔦谷好位置、そしてデジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ、エンターテック・アクセラレーターの鈴木貴歩の4名が、「J-POPの世界戦略」というテーマで意見を交わし合う――そんな興味深いトークセッションが、9月29日~30日に六本木ヒルズで開催されたテクノロジーと音楽のフェスティバル『J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2018 Supported by CHINTAI』で開催されていた。CDからダウンロード、そしてストリーミングの時代へ。音楽の「聴き方」がドラスティックに変化を遂げつつある現在、J-POPのアーティストとその関係者たちは、何を意識しながら音楽を生み出し、それをどのように広めていくべきなのか。以下、その内容をレポートする。


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 まずは、司会進行を務める鈴木が、「J-POPの世界戦略」を考える上での前提となる、世界の音楽市場の変化について改めて解説。そのなかでも最も重要なのは、ストリーミングの普及による市場の変化――すなわち、CDからストリーミングへという音楽の「聴き方」の変化である。さらに加えて、ストリーミングの普及によってV字回復を遂げたアメリカの音楽産業のように、「単にストリーミングへと切り替わっていくだけではなく、全体のマーケットが増えている」ことが重要であると亀田が指摘。そして、「世界を狙うという意味で、ストリーミングというプラットフォームは、もはや欠かせないものになっている」ということを、登壇者全員のあいだで改めて確認した。


 以降、トークセッションは、その具体的な方策を、「クリエイティブ戦略」、「マーケティング戦略」、「人材・組織戦略」という3つの観点から考察していく。まずは、ストリーミングの普及がもたらした、クリエイティブの変化について。蔦谷は、「海外の人たちは、ストリーミングでの再生回数を稼ぎたいから、曲がどんどん短くなっていて、最近は2分台の曲も多くなった」と、曲の長さが変化しつつあることを指摘。一方、亀田は、ストリーミングの登場によって「世界と地続きになった」ことが、何よりも大きいと語った。さらに、「地続きというのは、国境を超えるという意味だけではなく、時代も自由に行き来できるようになった」と、新譜と旧譜がフラットに並ぶストリーミングならではの特性を指摘し、「それは、これからのアーティストやクリエイターにとって、ものすごい強力な栄養素になっていくのではないか」と推測した。


 続いて蔦谷は、ストリーミングの時代になって、もはや海外では当たり前のように行われている「共作(コライト)」についても言及。「日本は、“人”で音楽を聴いている印象がすごく強い」と発言した。それを受けて亀田は、エド・シーランの楽曲が、ほとんど複数名によるコライトであることを例に挙げながら、「エド・シーランが作詞作曲をしているから、世界の人が彼の音楽に感動しているわけではない。音楽は、あくまでも“音楽”を軸として作られ、聴かれており、“人”で聴くという日本の聴き方とは、大きな隔たりがある」と語った。さらに蔦谷は、「編曲」という日本ならではの曖昧な表記についても言及。「メロディを作る人だけではなく、編曲する人も曲を作っている」。作り手と聴き手の双方が、それぞれ意識を変えていく必要性があるのではないかと自身の見解を述べた。


 続いて鈴木は、つい先日、某大物アーティストの楽曲がストリーミング解禁された事例を挙げながら、ストリーミングの浸透とその理解の深まりを受けて「今の時代、どのように音楽をプロモーションしていくべきか?」を、マーケティングの観点から登壇者に問い掛ける。亀田、蔦谷、コウガミの3者とも、大物アーティストが自身の音源をストリーミングで解禁することについては、概ね好意的に受け止めながら、そのプロモーションについては、まだまだ課題が多いと指摘する。亀田は、「大物アーティストのストリーミング解禁こそ、ストリーミングを利用していない層にアピールすべきだった」、「この機会にストリーミングの利用方法をレクチャーするくらい、ドラスティックなアクションを起こしても良かったのでは?」と感想を述べた。それについては、コウガミも同意する。「解禁するだけではなく、その見せ方も大事。ただ解禁するだけでは、それぞれのプラットフォームのユーザーにしか届かず、それ以外の人たちに届けられない。より多くの人に知ってもらうキャッチポイントが、まだまだ日本では必要なのでは?」と自身の考えを述べた。


 さらに蔦谷は、他国に比べて日本におけるストリーミングの普及スピードが遅いことの背景として、そもそも音楽の国内需要が多く、CDを中心とした自国完結型のビジネスができあがっており、それが先細りになった現在も、言わば椅子取りゲームのように席の奪い合いをしていて、海外の人たちのような「フロンティア精神」に欠けるのではないかと指摘。「とりわけ韓国は、自国の市場が小さいがゆえに、最初から世界を見据えている。自国ではなく海外に、自分たちが座る新しい椅子を作ろうとしている。その意識が日本は薄く、まだ何とかなるだろうという意識の人も多いのではないか。そこを変えていかないと、世界の流れには乗っていけない」と語った。


 そして、最後に鈴木が提示した3つ目のポイントは、ドラスティックに変化を遂げつつある音楽状況のなかで求められる人材や組織戦略について。蔦谷は自身の先の話を受けつつ、「ちゃんと危機意識をもって、椅子取りゲームではなく、新しい椅子を作るために、自分たちがやれることは何なのかを考えられる人材や組織が必要」とした。一方、亀田は、「お金の流れ自体を変えていく必要がある」と提言。「CDが売れなくなるのに伴い、日本の音楽業界で動くお金の量が少なくなっている。切実な問題としては、音楽の製作費が少なくなっている。ここ数年で何十%減ったことか。僕も蔦谷くんも最前線で音楽を作っているけど、それですら、そういう現実を味わっている。同じようなお金の掛け方で、同じような取り組みをしていると、結果的に同じような音楽ばかり生まれてしまう」と危機感を吐露した。そして、「既存のレコード会社やプロダクションに頼るのではなく、企業など別の組織から音楽を作るための資金を持ってくるなど、新しいお金の流れ方を考えるべき時代なのかもしれない」と自らの見解を述べた。


 さらにコウガミは、海外における近年の流れとして、「権利の領域の見直し」があることを紹介。「ストリーミングが伸びている状況で、今までCDで結んできた権利がワークしなくなっている。アーティストやマネジメントは、その契約をもう一回見直して、レーベルや音楽出版社と契約をし直そうという流れがある」と語った。それと同時に、作家をサポートしている業界団体も、若いアーティストや音楽関係者に向けて積極的にワークショップを行うなど、業界全体として変えていこうとする動きがあるという。「やはり教育は大事ですよね……」。そう言いながら亀田は、「ミュージシャンって純粋だから、極端な話、自分の作品が発表できたら、それでいいってなってしまったりするんです(笑)。だけどそれだと、サステイナブルな活動はできないし、世界に届くような音楽も出てこない。なので、ビジネスの仕組みや権利の仕組みを、ちゃんと教育していくことが重要」と語った。それを受けてコウガミは、「アーティストの得意分野は、音楽を作ること。それ以外のことは、それ以外の人がちゃんとサポートすることも大事である」として、新しい時代の音楽業界人を育てることの重要性を説いた。


 今回のトークセッションで印象だったのは、ストリーミングの時代が到来しつつあることを前提としながら、登壇者全員が「その未来は明るい」と同意していたことだった。ただし、その明るい未来を築く上では――とりわけ、日本においては、作り手と聴き手、そしてそのあいだに位置する音楽関係者たちの意識の変化が、まだまだ必要であるという。アーティストの意識改革のみならず、その周辺にいる人々、さらには聴き手までもが、しっかりと世界を見据えながら、意識を変化させ、そして行動に出ること。「J-POPの世界戦略」の前提条件として、まずはその意識改革こそが大事なのかもしれない。(麦倉正樹)