トップへ

裁判官と表現の自由、ヨーロッパは「勤務時間外の活動は原則自由」 海渡弁護士が解説

2018年10月10日 11:02  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

「司法制度について自らの意見を述べることは裁判官の権利であり、また、義務でもある」。


【関連記事:孤独死の背景に「セルフネグレクト」枕元に尿、ゴミの中で絶命…特殊清掃業者の現場】


これは、岡口基一裁判官の「分限裁判」で、海渡雄一弁護士が最高裁に対して9月25日に提出した意見書の表題だ。意見書の中では、裁判官の表現の自由を巡るヨーロッパ人権裁判所(ECHR)の裁判例をいくつか紹介している。これまでヨーロッパでは、どのような判断がなされてきたのだろうか。海渡弁護士に聞いた。


●講演で政治的な見解、適法

ーー10月1日に声明文を発表した会見で「ヨーロッパ人権裁判所の基準は、政治活動をする自由すらあるし、勤務時間外の活動は原則自由」と指摘していました。どのような判断がなされてきたのですか


「私は、仙台地裁の裁判官が同高裁の分限裁判で懲戒処分を受け、即時抗告した『寺西裁判官事件』(1998年12月1日最高裁判決)の代理人でもありました。今回の岡口裁判で意見書を提出するにあたり改めて海外の事情を調べてみると、裁判官の表現の自由をめぐるヨーロッパ人権裁判所の判例は、その当時と比べ随分進化していました。


リヒテンシュタインの高等行政裁判所の所長を務める裁判官が、講演会で憲法問題に関して発言し報道されたことにより、王子によって解雇され、再任も拒否された事件がありました。『公的機関の職員の名誉を毀損するような如何なる内容も含まれていない』として、ECHRは解雇と再任拒否の措置について、表現の自由を定めたヨーロッパ人権条約10条に違反していることを認めました(1999年10月28日)。


裁判官が講演で憲法について政治的な見解も含みうる法的な見解を明らかにすることは、適法な行為とされています」


●裁判官「発言する責任がある」

ーー他にはどのような事例がありますか


「自己の担当した事件について公にコメントした場合も、事案によっては許される場合があるということを示した事例があります。2009年、警察官の汚職事件の担当から外されたロシアの女性裁判官が、メディアのインタビューに答え『事件の担当中に市裁判所の所長から圧力をかけられていた』と明かしました。


その後解雇されてしまうのですが、この際の発言についてヨーロッパ人権裁判所は『公益に関連し、彼女のインタビューにおける発言の一部に一般化や誇張が認められるとしても、公平なコメントといえる』と判断。『課せられた懲戒処置は、公的な討論に参加しようとする裁判官に対する萎縮効果をもたらす』と指摘し、ヨーロッパ人権条約10条違反を認めました。


また、ハンガリーで2011年、裁判官の定年を70歳から62歳に切り下げる司法に関わる規定を含んだ『ハンガリー新基本法』が採択されました。当時の最高裁判所長官が憲法案のいくつかの問題点について、公に意見を表明したところ、任期途中で失職に追い込まれました。ヨーロッパ人権裁判所はこうした措置は『表明した意見に対する報復』であり、表現の自由が侵害されたと認定しました」


ーーヨーロッパの事例からどのようなことが言えますか


「政府によって司法の独立性と裁判官の独立性が侵害されようとしている場合には、裁判官にはこれと闘う権利があり、同時に闘う義務があることを示しました。司法制度の崩壊の危機に直面している状況では、一人ひとり一人の裁判官は、政府と対決してでも、司法の独立と裁判官の独立を守るために闘わなければ、市民の人権保障も全うできないことを示していると言えます。


つまり『司法の守り手だから、事件だけやっていればいい』というのではなく『発言する責任もある』ということを言っています」


●表現の自由の範囲、超えていない

ーーこれに対して、日本ではツイート内容を巡り岡口裁判官が分限裁判にかけられました。どう考えますか


「自由に自己の信念を軽妙にツイッターで語る岡口裁判官は、確かに異色ではありますが、岡口さんの活動は、司法制度についての評論であり、裁判官としての公的な発言ですらなく、一人の市民として許される表現の自由の範囲を決して超えていないといえます。


この分限裁判では、最高裁判所の度量が試されているといえます。今回の懲戒が認められれば、日本の裁判官が、ますます口を閉ざし、市民とはかけ離れた閉鎖的な環境の中に閉塞してしまうことになることを私は恐れます。


最高裁は、このような分限裁判を認めてはなりません。この分限裁判を認め、岡口裁判官を懲戒することは、司法の危機の時代に、裁判官自らが口を開くことを困難にし、自らの首を絞めるものとなるでしょう」


(弁護士ドットコムニュース)