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惨憺たる上半期が遠い昔のよう 2018年下半期は“これぞホラー映画”な作品が目白押し

2018年10月08日 14:52  リアルサウンド

リアルサウンド

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 おいおい、これはどういうことだ!? なんで、こんなに面白いホラー映画が目白押しなのだ!? 『2018年上半期ホラーを憂う』で書いたとおり、散々たる惨状だった2018年上半期のホラー映画。もしや下期もこの状況が続くのでは?と不安になっていたが、それは杞憂だった。


参考:2018年上半期ホラー映画を取り巻く状況 クオリティーの低い作品が劇場に?


 まず既に公開された作品から見ていこう。


 『死霊館のシスター』は、『死霊館』ユニバースのスピンオフとして製作された作品だ。正シリーズ2作『死霊館』、『死霊館 エンフィールド事件』は真っ当なオカルト映画で、生真面目なジェームズ・ワン監督らしい質実剛健な作風であった。


 しかし、ワンが製作に回り、『ザ・ハロウ/侵蝕』で見事な伝奇ホラーを描いた新鋭コリン・ハーディが監督した、この『死霊館のシスター』は違う。バチカンから派遣された神父と新米尼僧の2人組が“ミラクルハンター”として、悪魔と物理的に格闘を行うアクションホラーなのだ。地味でジメジメと湿った恐怖を表現してきた『死霊館』ユニバースが、ここに来て悪魔の尼僧を相手にワイヤーアクションまで活用した格闘シーンやショットガンをぶっ放すシーンが拝めるとは思わなんだ!


 完全にフィクションであるため、実録路線だった正シリーズファンからはあまり評判がよろしくない様子。しかし、夜霧に紛れて佇む尼僧、必要以上に破壊された死体、仕掛け満載の古城など、在りし日のハマー・フィルムを彷彿とさせる連味の効いた演出は、まさにホラー映画と言ったところだ。


 「音を出したら即死」という煽り文句が印象的だった『クワイエット・プレイス』。内容を完全に隠した予告、そして各メディアが揃って“心臓に悪い”だの“ヤバい”だの印象批評のみ掲載するという状態。どうやらネタバレすると訴えられるとか訴えられないとか……。昭和の時代からハッタリをカマし続けている東宝東和らしい売り込みだが、隠された“即死”理由はまったくネタバレでもない上、筆者は自腹を切って観たし、海外版BDも買ったし、言う権利があるのと思うので言ってしまおう。音を出すと、音を敏感に感知する盲目のモンスターが襲ってくるだけである。しかも、巧いこと隠れれば、即死しない。加えて、冒頭、モンスターに気づかれまいと手話で会話していた主人公一家は、開始30分も経たぬうちに、あれこれと音を出しても良い理由を並べて、普通に会話し始めてしまう。設定が甘すぎて“「声を出したら即死」なんて、よく言えたものだな!”と言いたくなる。


 さらに世界観の説明も壁に貼られた新聞などで、さらりと解説してしまう手抜っぷり。では『クワイエット・プレイス』はダメなのか? というとダメではない。モンスター映画としては、かなりデキは良いのだ。本作の化け物はわずかな音……ガラスの破片を踏む音、コップを倒す音、ふとした拍子に出てしまう声……とにかくどんな音にでも反応してやってくる。この“音に反応するという設定は、古くは『エルゾンビ/落武者のえじき』のテンプル騎士団ゾンビや『霊幻道士』のキョンシー、最近では『ドント・ブリーズ』の盲目殺人マシーン親父……とホラー映画に連綿と引き継がれてきた設定だ。しかし、本作のモンスターはこれまでにないほどパワフル。とんでもない勢いで走り寄ってきて、獲物を「ビターン!」と豪快にぶっ潰す。この高性能殺人モンスターにどう挑むか? が映画のお楽しみポイントであることを念頭に置けば、満足のいく内容となっている。


 そして10月12日より開催される「シッチェス映画祭」ファンタスティック・セレクション作品群。このイベントで上映されている作品はどれもオススメだが、『デス・バレット』だけは必ず観て欲しい。『煽情』『内なる迷宮』でジャッロ映画への異常な偏愛を見せたエレーヌ・カテト&ブルーノ・フォルザーニ監督。彼らが、ユーロクライム&マカロニウェスタンにチャレンジしたこの作品。前出の2作同様、観客を置いてきぼりにするフラッシュバック映像が連発。銃撃戦で飛び散る血を金粉に置き換え、首まで地面に埋められた男に小便をぶっかける女性、銃声とともにフラッシュするスクリーンで衣服が次第に裂けてく女性、縛られた女性の乳首から迸る乳飛沫といった具合にフェティシズムに溢れている。サントラも往年のジャッロ映画やウェスタン映画のみならず『人間解剖島 ドクター・ブッチャー』からも引用する凄まじさ。彼らのイタリアジャンル映画への以上な愛を堪能できる。


 このように下期、既に公開されている作品だけでも、2018年上半期が遠い昔に感じられるほどの力作ばかりである。さて次は、年末にかけて公開される作品に触れていこう。


 『クワイエット・プレイス』同様、非常に雰囲気作りの巧い売り込みをしているのは『イット・カムズ・アット・ナイト』(11月23日公開)だ。「外には恐怖。中には狂気」という宣伝文句、暗闇に吠える犬、真っ赤な扉。とにかく不安を煽るイメージの連続に期待を高めているホラー映画ファンは多いだろう。本作の監督トレイ・エドワード・シュルツは、身を削ることで映画製作をする男だ。彼のデビュー作『Krisha』(日本未公開)は、薬物依存の女性が、家族の感謝祭パーティを無茶苦茶に破壊する話。これはオーバードーズで死亡した監督自身の叔母をモデルにしている。この『Krisha』の生々しい苦悩の物語は、悪趣味大王ジョン・ウォーターズが2016年のベストに選出するほどだった。そんな彼が本作でモデルにしたのは、なんと今度は自分の父親の死。死の床で、苦しむ父を見て感じた、死への怒りと恐怖と不安を叩き付けたそうだ。ゾンビが登場しない『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と評される本作。その恐怖、狂気とは何か? 是非、劇場でその目に焼き付けて欲しい。


 さらに強烈な作品が『へレディタリー/継承』(11月30日公開)だ。平和に暮らしていた一家が祖母の死を切っ掛けに、“ある邪悪で狡猾な罠”にはまり、次第に狂っていく話だ。


 その邪悪さは現実世界をも蝕み、本国では、『ピーターラビット』を観に来た親子連れに相手に、手違いでレッドバンドトレイラー(日本で言うとR15+作品を上映する場合にのみ流す予告)を流してしまい、子供たちを震え上がらせた。


 幾重にも重ねられた伏線が恐怖を増幅させていくため、ネタバレ厳禁。それ故、詳細を語ることは決してできないが、スクリーン上では、とにかく不幸なことしか起こらない。筆者などは、とある衝撃的な場面で「ふぇっ!」と変な声をあげたほど。ちなみに『ヘレディタリー』の公式アカウントをフォローすると、ちょっと驚く仕掛けがある。興味がある方は是非、フォローしていただきたい。


 そして、本年の最大の爆弾になるであろう『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(11月10日公開)。ニコラス・ケイジが愛する女性マンディを殺され、復讐にも燃える男レッドを演じる、ウルトラ・バイオレンス・リベンジムービーという触れ込みだ。しかし、これはバイオレンスムービーというより、完璧に気が狂ったロック野郎しか登場しない、純然としたロックムービーなのだ。


「俺の愛する女を殺りやがった! ぶっ殺してやる!」「俺の音楽を馬鹿にしたか? ぶっ殺してやる!」「俺は神だ! ぶっ殺してやる!」「老いて死ぬくらいなら、燃え尽きてやる!」


 そんなロックな生き方をする連中が大暴れする。ニコラス・ケイジの鬼気迫る血まみれの演技やアンドレア・ライズブロー演じるマンディのエキセントリックな表情も素晴らしいが、鬼才パノス・コスマトス監督の、ある種の余裕すら感じる狂気的な映像美が凄まじい。その極色彩の映像は、観る者を別の世界へと誘うだろう。また本作が遺作となった、ヨハン・ヨハンソンのサウンドトラックも爆音でマスタリングされており、とんでもなくロックでドラッギーな作品だ。


 というわけで、2018年後半は、ハッタリの効いた宣伝文句、容赦のない残酷描写、心に傷を残すほどの陰鬱な展開。どれもこれも“ああ!これぞホラー映画!”という作品が目白押し。一体、本年前半のあのアンニュイな雰囲気は何だったのか?


 また、日本公開が決定していないが、海外でも次々と期待のホラー映画が続々と公開されている。金縛りで人を取殺す悪魔を描く『Mara』、全身不随の男が体に特殊チップを埋め込み殺人マシーンに変身、妻を殺したギャング団を血祭りに上げる『Upgrade』、やる気所か殺す気マンマンになるエナジードリンクが巻き起こすゾンビパニック『Office Uprising』等々……これらが日本公開されるよう、ドンドン劇場に足を運んで、ホラー映画を盛り上げて行こう!!(ナマニク)