トップへ

大杉漣さん最後の主演映画「教誨師」が伝えたかったこと 死刑囚と対話する牧師を熱演

2018年10月02日 10:02  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

世界的には廃止が潮流となっているが、日本ではいまだ存続している死刑制度。賛否両論が対立する中、死刑囚が執行にいたるまで、拘置所の塀の中で残された時間をどのように生きるのか、あまり知らされていない。そんな死刑囚と向き合い、心の安寧を得られるよう寄り添う牧師の姿を描いた映画「教誨師」(きょうかいし)が10月6日、公開される。


【関連記事:死んだ母に「ばかやろー、片耳返せ!」と叫んだ少女、壮絶な虐待からの生還(上)】


「教誨師」は、今年2月に急逝した名優、大杉漣さんが最後に主演した映画で、初のプロデュース作品でもある。タイトル名にもなっている教誨師とは、刑務所や少年院、拘置所などの施設で、被収容者の宗教上の希望に応じて、導き諭す教誨を行う宗教家。仏教やキリスト教、神道などの教誨師約1800人が現在、活動している。


大杉さんが演じる牧師の佐伯が対峙するのは、一癖も二癖もある死刑囚6人だ。彼ら一人ひとりと向き合おうと努めるが、無反応だったり、反抗的な態度で応じられたり、なかなか思うように対話できない。しかし、ある死刑囚の執行が近づくうち、教誨師と死刑囚たちとの魂のぶつかり合いは、真に迫る。なぜ、この映画で教誨師を描こうと思ったのか、佐向大(さこう・だい)監督に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)


●数々の役を演じた大杉漣さんが初めて挑んだ「教誨師」

——今回、なぜ「教誨師」に焦点をあてようと思われたのでしょうか?


「以前、死刑囚を担当する刑務官が主人公の映画『休暇』(2008年)で、脚本を書いたことがありました。その際に死刑囚について勉強して、教誨師という人たちの存在を知り、死刑囚にとって教誨師とはどういう存在なのかなと思いました。ただ、『いつか映画にしよう』と強く思っていたわけではないのですが…」


——なにかきっかけがあったのでしょうか?


「大杉さんとはずっと一緒に『映画をつくろう』という話をしていました。3年ほど前、大杉さんのマネージャーのお父さんが教誨師だったという話を聞き、大杉さんが教誨師を演じたらどうだろうと。大杉さんはヤクザ役やお父さん役など、色々な役に扮してこられていますが、聖職者はまだ演じられていないはず。でも私の中で、聖書を手にする大杉さんのイメージがはっきり浮かび、何か良いものが生まれるんじゃないかと思ったのです」


——大杉さんの反応はいかがでした?


「教誨師と何人かの死刑囚が、ひとつの部屋でひたすら対話を重ねていく、そんな映画をつくりたいんですとお話ししたら、『面白そうだね。やろうよ』と言ってくれました」



●「国家が国民を殺す」システムへの違和感

——脚本を担当された2008年の映画「休暇」では刑務官、今回も監督だけでなく脚本も担当されて、教誨師を描かれています。死刑制度にご興味があったのでしょうか?


「死刑制度のことを日頃からずっと考えている、というわけではないですが、非常に特殊なシステムだなあとは思っています。世界的に見ても廃止の流れにある。でも、日本人にとっては、自分が生まれた時から続いている、あって当然の制度です。ただ情報は限られており、我々からどこか遠ざけられているように思える。それは一体、なぜなのだろうと。死刑制度の是非というより、死刑制度の内情を知らされないことに、違和感を抱いてはいます」


——作中、死刑囚の1人が死刑制度について、「国家が国民を殺す」と表現したのは印象的でした。


「複数の人を殺すなど凶悪な罪を犯した人が死刑になります。もちろん、被害者のご遺族の方には辛いことですし、自分がその立場になったら、犯人の死刑を願うかもしれません。実際にその立場になったことがないのでわかりませんが。でもこれだけは言えるのは、国家が自国民の命を奪うということは、とても恐ろしいことだと思います。それでも8割以上の人が死刑制度の存続に賛成している。そこに対する恐怖や違和感や不可思議な気持ちはあります。これは一体、なんなんだろうと。


映画を観ていただくとわかるのですが、これは死刑制度に賛成あるいは、反対という話ではありません。この特異なシステムの真っただ中で生きる人々の心情を自分自身も知りたいという思いがあってつくりました。もしも自分が死刑囚だったら、教誨師だったら…と脚本を書く時はその立場で考えました」



●「近所のおじさん、おばちゃん」のような死刑囚たち

——登場する死刑囚6人は、かなり個性的でした。無言を貫いて一切応えようとしない鈴木(古舘寛治さん)、気のよいヤクザの組長の吉田(光石研さん)、年老いたホームレスの進藤(五頭岳夫さん)、よくしゃべる関西出身女性の野口(烏丸せつこさん)、我が子を思いつ続ける気弱な小川(小川登さん)。そして、大量殺人を犯した若者の高宮(玉置玲央さん)。死刑囚という難しい役柄を、どのようにつくっていったのでしょうか?


「基本は、凶悪な犯罪を犯した死刑囚といえども同じ人間なわけで、自分と別の存在だとは思っていません。私たちにもずるいところがあったり、人に言えないようなものを抱えていたりするし、いずれ必ず死を迎えるという意味ではなんら変わりないんじゃないかと。この人たちを、近所にいるかもしれないおじさんやおばちゃんと、同じような存在として描きたいと思いました。


ただ、決定的に違うことはやはり人を殺しているわけです。普通に見えても、タガが外れていたり、どこか壊れている部分があるかもしれない。そんなことを考えながら、彼らのパーソナリティを創造していきました」


——実在の人物をモデルにしなかったのでしょうか。


「モデルというほどではないにしても、インスピレーションを得た実際の事件をモチーフとして反映しています。よくしゃべる中年女性の死刑囚、野口が出てきますが、何人かの犯罪者の女性に共通するものがあります。たとえば、林真須美死刑囚が報道陣に笑顔で水をかけたことがありましたよね。ああいう、感情や行動が突然、覆ったり、変化したりするところです」



●相模原障害者殺傷事件の被告人を彷彿とさせる死刑囚も

——確かに、烏丸せつこさんの演じる野口は、いわゆる「毒婦」と呼ばれるような人たちを想起させましたね。他にも、死刑囚の中で気になったのが大量殺人を犯した若者、高宮です。彼だけは社会に対して不満を持ち、歪んだ差別意識で佐伯を攻撃する。同じ言語を話しているはずなのに、心が通じ合わない絶望感がありました。玉置玲央さんの怪演にも心がざわざわしました。


「ちょうど、脚本を書いている時(2016年7月)、相模原の障害者殺傷事件が起きました。あれには相当ショックを受けました。高宮を演じた玉置さんには、この人だけはそばにいそうな人間というより、悪魔的な存在として演じてほしいと言った記憶があります。


他の死刑囚たちが隣人の親しみやすさを持っているとしたら、高宮にはそれがありません。佐伯を唆し、脅かす。そうしたふてぶてしさをもっています。玉置さん本人は笑顔が素敵な若者ですが、高宮は人を見下して自分だけが正しいんだと思いながら演じてほしいと言いました」



●カメラが回ると、想像を超える演技をみせた大杉漣さん

——佐伯を演じた大杉漣さんはどのようにこの映画に取り組んでいらっしゃいましたか?


「今回、本当にセリフが多かったんです。しかも、ほとんど座ったまま演じなければならない。『これはきついなあ』と言っていました。セリフのカンペも用意しましたが、実際の撮影では使わず、かなり長ゼリフをすべてご自分の言葉で演じていらっしゃいました。


事前にリハーサルをやったのですが、その中でキャラクターのセリフひとつ、動きひとつ、色々と変えて決めていく作業をしました。もちろん、佐伯という役もそうしていたのですが、大杉さんの集中力はすごかったです。いざカメラが回ると、こちらが予想もしてない表情をみせる。すごいなあと思いました。想像を超える佐伯を演じていらっしゃいました」


——大杉さんの急逝はファンにとってショックでしたが、この映画で再会できたことはうれしかったです。


「大杉さんにとっては、主演として最後の作品であり、プロデューサーとしては初の作品となってしまいました。ものすごく悔しいし、悲しいし、いまだに信じられません。この映画をつくっている間ずっと、『なぜ人は生きるのだろうか』ということを考えていました。


もちろん答えなど出るわけではありません。ただ、死んだら終わりではなく、魂はずっと生き続けるんだと思います。確かに大杉さんはこの世を去りましたが、これからも大杉さんの背中を見ながら、歩んでいきたいと思います」


——貴重なお時間、ありがとうございました。


(弁護士ドットコムニュース)