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MotoGPマシン作りに変化あり。ドゥカティ好調はマスダンパーのおかげか/ノブ青木の知って得するMotoGP

2018年10月01日 19:11  AUTOSPORT web

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ドゥカティ・デスモセディッチGP18のサラダボックスにはマスダンパーが備わっているとのウワサが。
スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第14回は、MotoGPマシン作りのトレンドについて。現在のMotoGPは、車高のトレンドが大きく変化しているというが果たしてその理由は。

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 アラゴンGPのフリー走行を観ていて、「ん! んんん~!?」と画面に釘付けになった。何度も見直した。気になったのは、絶不調が続くヤマハYZR-M1を駆るバレンティーノ・ロッシの挙動だ。コーナー立ち上がりでリヤタイヤが横に逃げている! これだ。ほんのわずかな“逃げ”だったが、これは無視できない。

 現在のMotoGPは、ほとんど気付かないような“些細なこと”が勝敗を分けるシビアな世界だ。たまたまフリー走行の映像に鮮明に映し出された“アウトに逃げて行くリヤタイヤ”だが、ロッシ自身が決勝レース後に「リヤタイヤをうまく機能させられない」とコメントしていたほどから、つねに抱えている問題なのだろう。

 少し前まで、MotoGPマシン作りのトレンドは“長く、低く”だった。ちょっと何言ってるか分かんないかもしれませんが、“長く”は文字通り車体の長さのこと、“低く”は文字通り車高のことだと思ってください。レースやバイクに詳しい人ほど信じられないかもしれないが、ここでの長さや高さは、数センチという非常に大きな単位での話だ。

■車高は“低く”から“高く”に
 まずカンタンに“長さ”についてだけ言っておくと、2ストローク500cc時代は“短く”が基本だった。理由は、単純にクイックな運動性能を求めてのことだったと思う。それが4ストロークエンジンになってからは、概ね“長く”の方向に進んできた。ホイールベースを伸ばし、それに伴って車体全体も長くなったわけだが、主な狙いはスライドコントロールをしやすくすること。滑らせない走りが前提だった2スト500cc時代は“短く”、滑らせる走りが前提の4スト時代は“長く”ということですね。

 さて、問題は高さだ。基本的にレーシングマシンは“低く”を狙うもの。安定感が得やすいからだ。MotoGPでも、ブリヂストンタイヤ時代まではだいたい低いマシンが多かった。ところが、ミシュランタイヤにスイッチして以降のトレンドは“高く”だ。高い位置からリヤタイヤにしっかりと荷重をかけることで、機能させているのだと思う。

 高さのあるバイクは、ピッチングという上下動が強くなりがちだ。それを逆手に取ってリヤタイヤを効果的につぶし、性能を発揮させているのだろう。特にうまく行っているのがドゥカティで、“長く、高く”のバランスが非常に良好だ。その結果として、マシンの安定性とスライドコントロール性、そして運動性がいずれも高いレベルに達している。

 一方、絶不調から抜け出せないヤマハYZR-M1の車体は、なぜかずっと低いままだ。これがリヤタイヤがアウトに逃げてしまう要因だとワタシはニラんでいる。この現象、つねに起こるわけではなく、ある条件が重なった時に発生しているようだが、思うように加速できないワケだから、決して無視できないタイムロスにつながっていることは間違いない。

 オリジナルECUによる高精度トラクションコントロールシステムを使えていた時代は、車体が多少の問題を抱えていてもリヤタイヤをしっかり機能させられた。言ってみれば、電子制御でごまかしが効いたワケだ。しかし、今の共通ECUによる低精度トラコンではごまかしが効かず、素の車体性能の高さが求められる。そこへきてヤマハは、なぜかトレンドと逆行する低い車体のまま……。

■新技術への挑戦がドゥカティ好調のカギ
 アラゴンGPではホンダのマルク・マルケスに勝利を譲ったものの、ドゥカティ・デスモセディチGP18がさまざまなレイアウトのコースで高いパフォーマンスを発揮していることは誰の目にも明らかだ。以前はパワーで勝負できるロングストレートサーキットが強みだったが、今はテクニカルコースでも強い。

 ドゥカティは、テールカウルのいわゆる『サラダボックス』内に、マスダンパーという装置を潜ませている、というウワサだ。マスダンパーは、かつてF1でも使われたことがあるバネとオモリだけのカンタンな仕組みだが、低い周波数の振動を相殺することができ、接地感向上にひと役買っているはずだ。

 そしてテールカウルという高い位置にオモリを積むこと自体も、『マス集中』というセオリーから外れていてなかなかチャレンジングだが、今のミシュランタイヤの特性には合っているようだ。

 空力フェアリングも含め、今のドゥカティには新しい技術にどんどんトライする気概がある。もちろん、なかには失敗もあるだろう。でも、失敗してでも新しいモノを持ってくるというファクトリーのやる気は、ライダーのやる気に直結する。

 ドゥカティは確実に“正のスパイラル”のまっただ中にいるのだが、さて、一方のヤマハは……。問題は、車高の高い・低いではないような気もしてくる……。

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■青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。