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ダンサー辻本知彦は“言葉にできない感情”を表現する 米津玄師、土屋太鳳らを魅了する振付を解説

2018年09月30日 17:32  リアルサウンド

リアルサウンド

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 現在公開中の映画『累-かさね-』。W主演の土屋太鳳と芳根京子の鬼気迫る演技もさることながら、作品中でひときわ強烈なインパクトを放っているのが、土屋太鳳のダンスシーンだ。


参考:米津玄師、ソフトバンクCM起用でさらに国民的アーティストへ 「Lemon」に宿る普遍性と新しさ


 劇中劇として上演されるオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の楽曲「7つのヴェールの踊り」にのせ、情熱的に舞い踊る土屋。同曲では蛇のように腕をくねらせる“スネイクアームズ”などベリーダンスの動きに、袖を噛んで嫉妬の感情を表現するといった歌舞伎的な要素も組み合わせており、オリジナルのエキゾチック感に引き込まれてしまう。


 この印象的な振付のほか、米津玄師「LOSER」やSia「アライヴ feat. 土屋太鳳」、最近ではRADWIMPS「カタルシスト」 、MAN WITH A MISSION 「2045」、米津玄師プロデュースのキッズユニット・Foorin「パプリカ」(※菅原小春との共作)など、さまざまな話題作で振付を担当しているのが辻本知彦だ。彼の独創的な振付はなぜ、表現者たちの心をとらえるのだろうか。


 辻本はストリートダンスに魅かれて18歳でダンスを始め、すべてのダンスの基本といわれるバレエなども学んだのち、世界的に活躍するエンターテインメント集団、シルク・ドゥ・ソレイユに日本人男性ダンサーとして初めて参加。2015年の帰国後はパフォーマーとしてはもちろん、振付師としても頭角を現してきた。


 彼がアーティストのMVで振付を手掛けた中でもよく知られているのが、“ダンサー”土屋太鳳の表現力に世間が度肝を抜かれたSia「アライヴ」の日本版MVだ。


 3歳からバレエや日本舞踊などさまざまなダンスを始めた土屋は元々高い身体能力の持ち主だ。同MV収録時には辻本との約3週間の特訓の末、アラベスク(片足立ちでもう片足を後ろに上げる)やプリエ(足を外側に向けて膝を曲げる)といったバレエの動きをベースにストリートダンスのニュアンスを加えた辻本の振付を、ダイナミックかつ繊細に舞い踊った。同MVを見たダンスの申し子・三浦大知に「女優や俳優の演技力でダンスまで出来てしまったら、表現力がすごくてもう自分は何していいかわからなくなる」(『関ジャム』2017年1月22日放送回)とまで言わしめた傑作でもある。


 同じく2016年に手掛けたのが米津玄師「LOSER」MVの振付。当初はポーズなどもあるカッチリした振付が存在したそうだが、米津が本格的なダンスをやるのは初めてだったため、ムーンウォークのような独特の足さばきなど、米津の持つフィーリングを活かした内容に。八方ふさがりな毎日に翻弄される歌詞をなぞるように、ユラユラと踊る同MVには独特の浮遊感が漂っている。


 これ以降、米津のライブに辻本がゲスト参加するなど密なコラボが続く。今年に入りDAOKO×米津の大ヒット曲に辻本が振りを付けた「打上花火」MVが公開されたが、曲中の2人の関係性を表すようにダンサーたちが見つめ合い、子どもの“手遊び”の発展形のように、手や身体の一部を絡ませ、ほどいていく様子が印象深い。


 辻本は、ダンスの技量の高さで一目置かれている俳優・森山未來との舞台『素晴らしい偶然を集めて』に関して、こんなことを語っている。「クリエイティブな人たちと毎年作品を作っていきたい。良い作品を創作して毎年やり続けることをライフワークにしたい」(参考:『ダンサーズ』辻本知彦インタビュー)。舞台を共にした森山はもちろん、演技派女優の土屋、クリエイター・歌手として人々を魅了する米津は、ダンスの力量には違いはあれどずば抜けた表現力と個性の持ち主であり、ダンスと結びつける上でも興味深い存在なのだろう。


 辻本の振付作品はバレエをベースにストリートダンスの要素を盛り込んだものから子供でも踊れるものまでかなり幅があるが、大きな特徴としては、踊り手が感情を爆発させるようなポイントを作っていることと言えるのではないだろうか。ダンサーたちの動きがシンクロ感のあるやや無機質な感じから、表情を一転させ野性的なニュアンスに変わるRADWIMPSの「カタルシスト」、拘束された人々が解き放たれ情熱的な群舞を見せるMAN WITH A MISSIONの「2045」などは、音楽でいえばシャウトやフェイクに当たる部分を身体で表現しているようなニュアンスが強い。歌詞のワードを連想させるようにわかりやすく振りを当てていく手法もあるが、辻本の振付はアーティストたちが言葉にできない感情をかたちにするからこそ、熱い支持を集めているのかもしれない。


 近年はストリートダンス系の振付師が目立つJ-POPシーンにおいても、康本雅子(Mr.Children「帚星」ほか)や珍しいキノコ舞踊団・伊藤千枝(miwa「ヒカリへ」ほか)、川村美紀子(水曜日のカンパネラ『アラジン』ほか)といった、辻本のようになめらかな動きで楽曲に込められた感情を表現していくコンテンポラリーダンス系の振付師たちが印象的な活躍を見せている。辻本の作品たちはJ-POP×ダンスの新たな波を感じさせる“事件”なのだ。


※辻本の「辻」は二点しんにょうが正式表記(古知屋ジュン)