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AKB48、『センチメンタルトレイン』で“アイドルの不在”をどう昇華した? MVと楽曲から考える

2018年09月29日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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参考:2018年10月1日付週間シングルランキング(2018年9月17日~2018年9月23日・ORICON NEWS)


 2018年10月1日付の週間シングルランキングで、1位を獲得したのはAKB48の『センチメンタルトレイン』。センターを務める松井珠理奈が体調不良により活動を休止していた中でMVなどが制作されたシングルです(現在は無事復帰)。


(関連:AKB48「センチメンタルトレイン」センター松井珠理奈が復帰へ 16人初パフォーマンスへの期待


 その結果、何が起きたのか? 「センチメンタルトレイン」のMVの冒頭では、黒地に白字で長文が映しだされます。要は、松井珠理奈の不在のため未完成の部分があり、「未完成の部分は、松井珠理奈が復帰後、改めて撮影・編集を行い完成版としてファンの皆様へお届け出来るように企画をしております」というものです。予算がある。


 それに続く本編では、背後からのショットなどは代役の女性が松井珠理奈を演じていますが、基本的に絵コンテとCGで松井珠理奈が描かれています。しかも絵コンテを描いているのは漫画家の志村貴子という豪華さです。


 結果として「外国から来た転校生」役である松井珠理奈は、最初から最後まで登場することはありません(一部2011年の「桜の木になろう」の映像が流用されていますが)。そのため、まるで登場人物たちの記憶の中から「松井珠理奈」(MVでの役名も同じです)の存在が消し去られたかのような不思議な感覚が残ります。図らずもアイドルという刹那的な存在のメタファーのようなのです。


 不完全なものをもってして、完全なもののように錯覚させてしまう。これは、AKB48の多くのMVや映画を手がけてきた高橋栄樹監督だからこそできるトリッキーな作品のようにも感じられました。


 「センチメンタルトレイン」の作詞はもちろん秋元康。そして、作編曲に福岡県在住の姫野博行が抜擢されたことは重要です。現在、いわゆる「楽曲派」(この概念は複雑なのでひとまず「」で囲みます)の代表格である、フィロソフィーのダンスの「夏のクオリア」の作曲者でもあるからです。


 アコースティックギターなどの音色で幕を開ける「センチメンタルトレイン」は、イントロからダイナミックに展開していきますが、サウンドはアコースティック感覚を失わないみずみずしいもの。陰影を深めるかのようなBメロから、サビの開放感へのコントラストも「センチメンタルトレイン」の大きなポイントです。終盤では男声コーラスを前面に出し、山場を作っている点にも姫野博行の「技」を感じます。


 姫野博行は、2017年の欅坂46のシングル『風に吹かれても』のカップリング曲「結局、じゃあねしか言えない」(五人囃子名義)でも作編曲を担当しており、ここでも“Aメロ/Bメロ/サビ”というJ-POPの構造の中で美しいコントラストを浮きあがらせていました。「結局、じゃあねしか言えない」でも終盤ではコーラスやサウンドとともに山場が来るのですが、フィロソフィーのダンスの「夏のクオリア」はあくまでボーカル主体で昂揚していきます。同じ姫野博行の作品(「夏のクオリア」は宮野弦士編曲)でも、アーティストによって楽曲の展開が異なる点は注目に値します。


 松井珠理奈がジャケットを飾るはずだった『センチメンタルトレイン』のType A初回限定盤は、青空の写真でリリースされました。松井珠理奈というアイドルの不在をいかにして作品として昇華するか。その難題に挑んでいたのがAKB48の『センチメンタルトレイン』です。(宗像明将)