2018年09月28日 10:12 弁護士ドットコム
法律婚と事実婚。婚姻届の紙一枚で、そのあり方は大きく変わる。編集者・ジャーナリストとしてメディアで活躍、TOKYObeta Ltd.代表取締役でもある江口晋太朗さんは9月、結婚した。しかも、法律婚ではなく、あえて事実婚を選んだという。現在の法律婚の制度に対し、多くの問題を感じていたことが理由だ。
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事実婚といえば、夫婦で別姓のまま結婚する際に使われる手段として知られている。役所に婚姻届を出す法律婚と違い、その形はさまざまだ。緩やかな関係のまま事実婚を名乗るカップルもいるが、江口さん夫婦は違った。パートナーとしてお互いの関係をできる限り強く結び、また公的に示すことができるよう、役所でさまざまな手続きを行い、公証役場で事実婚における契約書を作成し、あわせて遺言書もつくった。
事実婚は、法律婚では「当たり前」のように決まっていることを丁寧に話し合って決めていかなければならない。「子どもが生まれたら親権は?」「病気やケガをしたら医療行為の同意は? 」「不貞行為があったら慰謝料は?」「万が一亡くなったら遺産の相続は?」。 江口さん夫婦はどのように事実婚と向き合ったのか、話を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
「もともと、僕は選択的夫婦別姓推進派という立場でした。同姓を義務付けられている民法によって、実際にはほとんど女性が氏を変えている現状だったり、結婚から出産、育児までにともなう女性の『ガラスの天井』だったり。現在の法律婚という制度や性に関するいまだ残る差別や見えない社会的圧力は、女性の人生を搾取しているような気がしていて、そのあり方に疑問がありました」
そう語る江口さん。もともと、法律婚をするつもりはなかったが、お付き合いしていた高木萌子さんの妊娠が今年1月にわかったことをきっかけに、あらためて結婚と向き合うことになったという。高木さんは団体職員として働いている女性。以前から江口さんから法律婚に対する疑問を聞いてはいたが、「子どもができたら普通に結婚するのだろう」と思っていた。
「普通に婚姻届を出して、Facebookで『結婚しました』と報告する、みたいなイメージでした。子どもを授かれば、その責任を男性が取るという意識が私の親にはありましたし、私もその影響がありました」
事実婚を提案する江口さんに対し、高木さんは戸惑いがなかったといえば嘘になる。しかし、江口さんの考えに触れ、「子どもに影響がなければ」と、2人で事実婚のメリットとデメリットを整理して考えることにした。江口さん自身も「僕もいざ事実婚をしようとした時、親権はどうなるのか、相続はどうなるのかなど、詳細は知りませんでした。カップル2人だけで考えるのと、子どもを含めて考えるのとでも違います。まず、調べ始めました」と話す。
折しも、選択的夫婦別姓を求めてソフトウェア企業「サイボウズ」の青野慶久社長らが国を相手取り提訴した時期だった。
ところが、思わぬ壁にぶちあたる。事実婚のための正しい情報が得られないのだ。
「事実婚には色々なレイヤーがあります。大きく言えば、法律婚でないものが事実婚というとらえかたです。その中で、どうしたらより法律婚に近い形で達成できるのか調べようとしたら、コタツ記事みたいなものが多くて正しい情報が得られませんでした」と江口さんは苦笑する。
あれこれ探すうちに、「夫婦別姓.com」と出会った。事実婚の当事者でもある行政書士夫婦が運営するサイトだった。「お互いの親にきちんと説明できるよう、事実婚についての知識を得よう」と、江口さんと高木さんは行政書士夫婦に会いに行った。2人が最も気がかりだったのは、子どもに与える影響だ。
「たとえば、子どもが保育園ではどういう扱いになるのか。事実婚であっても、シングルであっても、現場は柔軟に対応してくれていると聞けて、安心できました」と江口さん。それ以外にも、たとえば江口さんに何かあった時に、高木さんは医療行為の医師決定ができるのか、保険の受取人になれるのか、遺産は相続できるのかなど、心配点はあったが、備えておけば、ある程度は現場で法律婚と変わりないことがわかった。
高木さんにとっても、思わぬ効果もあった。「よく結婚したら、専業主婦になる女性がいますが、事実婚ですと、私に対する扶養責任がありません。もし事実婚を選んだとしたら、専業主婦にはなれないなあと思いました。もともと仕事が好きで、できれば結婚後も仕事をし続けたいと思っていたので、そうした意味で自分にとって新たな決意になりました」
法律婚と事実婚の大きな違いは、扶養控除の有無にある。事実婚ではそうした控除は得られないため、専業主婦で事実婚をするとデメリットが大きくなってしまうのだ。ただ、共働きを選択すれば、それほど気にならないのだ。
次に江口さんたちがとりかかったのが、行政書士夫婦に依頼し、契約書や遺言書を作成していくことだった。
まず、大きな問題が、子どもの親権と氏だ。事実婚の場合、何もしなければ、子どもは母親の戸籍に入る。つまり、法律上、高木さんはシングルマザーとなり、江口さんは子どもを認知するという形をとることになる。江口さんの戸籍に入れることも考えたが、一旦、母親の戸籍から「除籍」して父親と「養子縁組」という煩雑な手続きが必要になる。高木さん自身も親権を手放すことに抵抗があったため、避けることにした。
また、氏だけ「江口」にすることも検討したが、子どもの氏と親権者の氏が異なると、さまざまな公的手続きの際に親子関係の証明の手間が多いとアドバイスを受け、親権も氏も高木さんが持つことになった。江口さんは、こうした単独親権のあり方についても、疑問が残ったという。
「法律婚では夫婦が同一戸籍の間は共同親権を持てますが、離婚後は単独親権になります。事実婚では法律婚で離婚した夫婦と同じように、どちらが親権を持つかを、あらかじめ決めなければならない。もしも、僕たちが離婚(事実婚の解消)した場合は、親権はすでに彼女が持っていますから、よほど彼女に何か問題があることを裁判で証明しない限り、夫である私が親権を得ることは困難なのが現状です。また、法的には私が親権者ではないことで、子どもに対する権利や義務を厳密には持っていないことにもなります。
今、単独親権制度の見直しによって離婚後も共同親権を持てるよう、政府が法制度改革の検討が始めようとしていますが、事実婚にも反映させるべきなのではないかと思います」
江口さんたちにとって契約書の作成は、自分たちが疑問に思う点を一つ一つクリアにしていくプロセスでもあった。「ただの事実婚ではなく、契約書のある事実婚をしたかった。不安に思ったことは、契約書でカバーできると思いました」と高木さんは振り返る。
子どもの誕生を待ち、その後、交わされた契約書が「事実婚における公正証書」だった。「法的根拠を準ずるものを一文、一文、カスタマイズして作成しました。公正証書ですので、拘束力を持って、裁判でもよほどのことがないと覆らないものです。今の制度上、できうる限りの可能な方法の一つだと思います」と江口さんは話す。
契約書は手厚く、実に17ページ、全部で24条に及ぶ。法律婚であれば、さまざまなことがあらかじめ決められているが、事実婚にはそれがない。たとえば、他の人と法律婚したり、事実婚したりすれば重婚にあたる。しかし、事実婚の場合は、そこまでの拘束力に懸念が残る。契約書には、重婚や不貞行為はしないよう、万が一、あった場合は賠償責任を負うことまで明文化されている。同時に作成した遺言書には、夫婦が亡くなった際の遺産相続などが細かく決められた。
江口さんはこう語る。
「僕らが現状でできたことは完璧ではないかもしれませんが、現在の法律の問題点を指摘しながら、同世代や次世代で事実婚を考えた人たちの不安を少しでも軽くするアクションでもあるかなと思いました。似たようなもので、渋谷区などが行なっている同姓カップルのパートナーシップ制度と近いです。成年後見人の指定と財産管理契約等の公正証書を作成してパートナーシップの証明を行うものです。僕たちの事実婚契約書の形は、性的マイノリティの方たちのパートナー婚において、パートナーとしての互いの権利や義務を発生させる方法の参考にもなりえるかなと思いました」
江口さんたちは9月初旬、公証役場で正式にこの契約書を交わした。「公証役場で、契約書を全文、読み上げてくれました。印鑑を押して、それから写真を撮影しました。事実婚だから、法律婚だからというのではなく、結婚や家族に向き合うプロセスを踏むことができたのは、僕たち夫婦にとって、本当に良かったと思います」
事実婚として夫婦生活をスタートさせた江口さんと高木さん。高木さんは「江口」になることなく、職場でそのままキャリアを積む。
「事実婚をして気づいたのですが、女性は結婚したら夫の氏になって名前が変わり、子どもが生まれれば『なんとかちゃんのママ』と呼ばれ、その夫にも『お母さん』と呼ばれて…。『自分』がなくなってしまいます。
以前、あるスポーツ選手が、試合前に自分の名前を叫んで鼓舞すると話していました。実は、すごく名前って大事なんだなあと。男性は、人生で自分の名前を変える機会がほぼないから、自分のアイデンティティを失うことはないのだろうと思います。でも、女性は違います」
江口さんもこう話す。
「そういうところに、目に見えない搾取があるのだと思います。男性が剥奪されることはほとんどない。でも、男性側からこそ、言うべきことだと思います。女性だけじゃなくて、男性なりの立場として行動することが大事。その一環としての夫婦別姓であり、当事者としての事実婚でした。もし、不安を持っている人たちがいたら、少しでもヒントになればと思います」
今、江口さんと高木さんは8月に生まれたばかりの赤ちゃんにかかりきりだ。その家族としての姿は、法律婚であろうと、事実婚であろうと、揺るぎないものにみえた。
(弁護士ドットコムニュース)