トップへ

徳永えりのアラサー女性像が生々しすぎる 『恋のツキ』随所に散りばめられた“恋の尽き”を紐解く

2018年09月27日 10:42  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 『恋のツキ』のツキとは、ガチャガチャでレアが出た時のような「運が巡ってきた」という意味のツキであり、月という意味のツキであり、もしかしたら終わり、「尽き」という意味のツキに行き着くのかもしれない。このドラマの球体や水、赤色は多面的な意味を持つ。両手一杯の花びらを空に投げてうっとりした直後に月に1度来る下腹部の鈍痛に呻く、恋という幻想と生々しい女の心情。怖いものみたさで観るのもよし、ヒロインと一緒に感情の海に流れ込んでしまうのもよし、それはあなた次第だ。


参考:渡辺大知、『恋のツキ』で徳永えりと演じた“同棲3年”のカップル像 「声の演技と呼吸を取り合った」


 テレビ東京の木ドラ25枠で放送中の『恋のツキ』である。原作は現在も連載中の新田章『恋のツキ』(講談社)。監督は多くのミュージックビデオやCMなどの映像を手がけている森義仁、『100万円の女たち』(ともにテレビ東京系)を手がけた桑島憲司、先週放送の第8話以降これからの数話を担当することになる平成生まれの若手女性監督、酒井麻衣と松本花奈と、それぞれの放送回の違いを感じるのも楽しい。『わろてんか』(NHK総合)など複数の朝ドラをはじめ様々なテレビドラマで好演し、名バイプレイヤーと注目されていた徳永えりが、こちらがたじろくほど生々しいアラサー女性の生態を大胆かつリアルに演じている。また、映画『勝手にふるえてろ』でも順当に行けば結婚できそうな、平凡だが愛すべき男性役を好演していた渡辺大知(黒猫チェルシー)、『この世界の片隅に』(TBS系)でも光っていた伊藤沙莉はじめ、ヒロインを囲む出演陣も実に魅力的だ。


 平ワコ(徳永えり)、31歳。就職、結婚、出産と、家族、友人、彼氏含め周囲が口々に急かしてくる。順当に行けば結婚、安定した生活が望める、4年付き合って同棲している彼氏・ふうくん(渡辺大知)がいるのにも関わらず、バイト先の映画館で出会ってしまった「好みの顔面」の高校生・伊古ユメアキ(神尾楓珠)への恋に溺れていく。


 第6話のタイトルが「台風クラブ」であるのは、やはり相米慎二監督の映画『台風クラブ』(1985)からだろう。台風の接近とともに何かがおかしくなってしまった少年少女たちの数日間を描いたこの映画は、プールで始まり、豪雨と少女、水溜りの上を白い下着姿で歌い踊る少年少女たち、さらには水の中に直立した1人の少年の死と、一度観たら忘れられない“水”に囚われたかのような青春映画である。『恋のツキ』の「台風クラブ」は、台風の日に閉館する、ワコの働く映画館「イデヲン座」の最終上映中、映画の音と色彩が洩れる部屋で、一度は避けようとした伊古に抱かれてしまうワコの説得力のない言い訳だ。真剣な伊古の眼差しに思わずスカートをギュッと握り締めてしまった。「好き」と言ってしまった。その全ては台風のせいなのだと。


 伊古とワコの恋を取り巻くのは、2人が好きな映画『感情のない海』の海であり、初めて会った時のホースから吹き出る水と水溜り、2人を隔てる川、雨、雨上がりの虹のかかった空、カラオケルームの湿気を帯びたオレンジジュース、勢いよく吹き出るラムネ、そして第8話の伊古が女友達サカキ(今泉佑唯)と塗るペンキの青色だ。そのペンキの瑞々しい青は、彼の「感情のない海」を壁紙にしたスマホ画面に映し出される海を、間違って塗り重ねてしまうほど鮮やかだ。そして、サカキの存在によって、伊古はスマホの水没を招き、スマホ以外連絡手段のない伊古とワコの関係に最初の危機を与え、視聴者にこの先起こるかもしれない、「恋の尽き」を予感させるのである。


 伊古の水が滴るような瑞々しさ、止めどなく溢れる性的な欲望の隠喩と、伊古とワコを取り巻く“水”はさながら青春映画だ。一方のふうくんとワコの恋を取り巻くのは、彼女がいろいろな感情を押し流すお風呂とシャワー、3年住んでガタがきた部屋の水道の水漏れがポツンポツンと鳴り続ける音だ。2話で伊古とワコが初めてデートした日、2人で見上げた雨の始まりが、地面に落ちている『ぼくらのおわり』という映画のチラシを濡らし、そこに会社のビルから外の雨を眺めているふうくんのショットが重なる時ほど残酷な暗示はなかっただろう。


 1つの恋が始まる時、女の中ではもう1つの恋は終わりを告げる。惰性の恋が終わり、欲望の渦に流されるように新しい恋に突入し、満たされたかと思いきや、そうはうまく行かない。


 ワコの新しい恋を見守っていたはずの満月は、いつのまにか、ふうくんに別れを告げた時には三日月に変わっている。ワコには眩しすぎる、キラキラとした学園祭で踊る伊古と女の子の傍を舞うシャボン玉は、ワコの傍でパチンと破裂する。明らかに何かが終わる予感が漂っているのに、ふうくんという居場所がなくなってしまったワコ自身は、伊古との恋愛という夢物語を新たな居場所として縋ろうとしている。そして学校にもどこにも居場所がなかったはずの伊古は、新しい仲間と新たな居場所を見つけつつあるのである。


 幻想的な恋が痛々しい執着へと変わってしまう前に、ワコは新しい何かを見つけることができるのだろうか。そこに、川谷絵音演じる沖原監督のスキャンダルの報道と、これからさらにその全貌が明らかになりそうな、物語の鍵となっている印象的な沖原監督の劇中映画の情景が、ワコの人生にどう絡んでいくのか。


 ふうくんと別れ、1人で暮らし始めたワコの人生第2章が始まった。まだ原作は完結していないこの物語、ワコを入れた球体は海の上を滑り、どこに流れ着くのだろう。(藤原奈緒)