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奇妙礼太郎が語る、アルバム制作過程で見えた自分の役割 「強迫観念みたいなものから解放された」

2018年09月26日 12:52  リアルサウンド

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 奇妙礼太郎が、メジャー2ndアルバム『More Music』を9月26日にリリースした。


参考:奇妙礼太郎、楽曲制作の仕掛けは“瞬発力”にあり? 「歌ってて興奮する言葉をたぐり出す」


 同作は、前作『YOU ARE SEXY』から約1年振りのリリース作品となっており、過去に「君はセクシー 」や「Nobody knows 」を作詞作曲した田渕徹(グラサンズ)、京都を拠点にソロで活動する吉田省念が参加。現在公開中の映画『愛しのアイリーン』(𠮷田恵輔監督作)の主題歌「水面の舞踏曲」(作詞作曲:田渕徹 編曲:岩城一彦 )をはじめ、奇妙礼太郎、田渕、吉田の共同作業から生まれた彩り豊かな全11曲が収録されている。


 なぜ奇妙礼太郎が田渕と吉田というミュージシャンをパートナーに迎えたのか、そして3人の気鋭のシンガーソングライターがどのようなやりとりから『More Music』が紡がれていったのか。奇妙礼太郎に、『More Music』の全貌を深く語ってもらった。(編集部)


■『More Music』のはじまり


――奇妙さんは、アニメーションズ、TENSAI BAND Ⅱなど、さまざまな形態で活動されていますが、ソロとしては『YOU ARE SEXY』以来約1年ぶりとなるアルバム『More Music』が、順調に完成しましたね。


奇妙礼太郎(以下、奇妙):そうですね。順調に完成したのは、ほとんど一緒に作業をしてくれた人たちのおかげなんですけど(笑)。


――(笑)。今回のアルバム制作は、どんなところからスタートしたのですか?


奇妙:一応、9月の下旬頃にアルバムを出すっていうのを決めて、今年の春ぐらいから、どんなふうにしようかなっていうのを考え始めたんですけど、まるっきりひとりで何かを作ったりするっていうのをやり始めたら、多分100年ぐらい掛かりそうやなって思って……。


――以前から、ひとりで作詞作曲をしたりするのは苦手だって言っていましたよね。


奇妙:そうなんですよ。そういうのが自分は苦手なので、まずは誰と一緒に作業したいかっていうのを、ふんわり考え始めたりしていたんですけど、その頃に映画の主題歌の話がきて……。


――𠮷田恵輔監督の『愛しのアイリーン』(9月14日公開)ですね。


奇妙:はい。それで台本をいただいて、原作漫画も読んでみて。『愛しのアイリーン』は、自分のまわりにもファンの人がいっぱいいますし、すごい漫画ですよね。普通に生きていたらちょっと会わないぐらい激しい感じの人ばかり出てくるというか。「この人、自分に似てるな」みたいな感じの人が、ほとんど出てこないじゃないですか。何か“幸せ”っていう強迫観念みたいなものに突き動かされている人たちの話というか。そういうものを読みながら、これは田渕(徹)くんに書いてもらったほうが、いいなあと思ったんですよね。田渕くんは、前のソロアルバムでも2曲書いてもらっているんですけど。


――「君はセクシー」と「Nobody knows」の作詞作曲を担当されていましたよね。


奇妙:そうなんです。田渕くんは、シンガーソングライターであり、グラサンズっていうバンドのフロントマンでもある人で、昔からの知り合いなんですけど、僕は彼の書く曲が大好きで、彼の書く歌詞とかも、すごい好きなんですよね。自分に無いものを持っているというか、自分が書くと、どうしても“思ったまんま”みたいな歌詞になっちゃうんですけど、田渕くんの歌詞は、すごい言葉がちゃんとしてるなって、いつも思っていて。


――なぜ『愛しのアイリーン』の主題歌は、田渕さんが書いたほうがいいと思ったのですか?


奇妙:何て言うか、田渕くんが持っている、苦しい人とか弱い人とか、そういう状態にある人に対する姿勢とか目線が僕は好きなので、自分が書くよりも何か良いものができるんじゃないかなって思ったんです。で、「こういう話が来ていて、一緒に仕事したいんですけど、どうですか?」って連絡したら、「いいですよ」っていう話になって。で、一緒にスタジオに入って、歌ってみたりしながらできたのが、この「水面の輪舞曲」という曲なんですけど。


――実際、できあがってみて、どうでしたか?


奇妙:いやあ、何かやっぱりいいなあと思いました。〈夜の河原で 愛が溺れた〉という出だしの一行で、はっきりイメージできるというか、僕は何かすごい、“三途の川”っぽいなと思って。そうやって、自分からは絶対出てこないような単語がいっぱいあって、すごくいいなあと思いました。


――曲調も含めて、どこか昔の歌謡曲的なところがありますよね。


奇妙:ああ、そうですね。カタカナ英語とかも、いっさい出てこないので。


――それを歌う奇妙さんの声も、ちょっとこれまでとは違うように思いました。


奇妙:ああ……この曲は、京都のPirates Canoeっていう、僕の知り合いのバンドにアレンジと演奏をお願いしたんですけど、歌入れに関しては、声とかで過剰な装飾をつけたりするのは嫌やなあと思って。単純に、その曲の良さが伝わったらいいなあっていう感じで、何かそういうのに気をつけて歌いましたね。必要以上に大きい声を出したり、高い音を出したりするのはやめようって。


――映画のほうも拝見させていただきましたが、壮絶な終わり方をする物語の登場人物に対する“たむけ”のように、この曲が静かに響いてきて……それがすごく合っているように思いました。


奇妙:ああ……それ、いいですね。確かに、たむけているような感じの歌ですよね。


■田渕徹、吉田省念との制作風景


――で、この曲が完成して、そのままアルバム制作に突入するのですか?


奇妙:そうですね。そのまんま何か2人でというか、この感じで作業していくのがいいなあと思って。僕は、書いた歌詞とかを2人で見ながら、「ここがいい」とか「ここは別の言葉のほうがいいなあ」とか、そういうやりとりをしながら作っていくのが、すごい好きなので。


――そういえば、前回のソロは、中込陽大さん(gomes)と共同作業で作っていったんですよね?


奇妙:そうですね。ただ、前作のときは、曲とか歌詞を一緒に作りながらっていうのではなくて、楽器を持って一緒にスタジオに入って、即興でいろいろやりながら、それをそのまま録っていくみたいな感じだったんです。で、それをgomesさんが、編集してくれるっていう。だから、誰かと一緒にやるのは同じでも、やり方としては、今回だいぶ違うんですよね。田渕くんとは、録音とかする前の段階から、一緒にスタジオに入って作業をしていたので。


――なるほど。そうやって、田渕さんと一緒に作業をしながら……まずは、どのあたりの曲ができていったのでしょう?


奇妙:ええと、何からできたかなあ……そういうの、すぐ忘れてしまうんですよね(笑)。あ、最初に「エロい関係」っていう1曲目に入っている曲をやり始めました。この曲は、もう曲と歌詞が全部あって、ライブとかでもひとりで歌ったりしていて、そこまではできていたんですけど、田渕くんと「アレンジと演奏は、どうしようか?」っていう話になって……そのとき、(吉田)省念くんのことを思い出したんですよね。


――あ、そこで吉田さんが出てくるわけですね。


奇妙:ええ。田渕くんと同じ感じで、省念くんとも、一緒に仕事したいなあってずっと思っていたんですよね。で、聞いてみたら、「いいよ」って言ってくれたので、そこから省念くんの京都のスタジオに田渕くんと一緒に行って、3人でいろいろ話したりして。で、そのあと、省念くんが京都のスタジオで作った、ドラムとかベースとか、いろんな楽器が入ったオケを東京に送ってもらって、それをスタジオで聴きながら歌を入れて、それをまた京都に送り返して……みたいな作業も、今回は割としましたね。


――今、話に出た「エロい関係」をはじめ、今回のアルバムは、バンド一発ではない、細やかなアレンジが施された楽曲が多いですよね。


奇妙:そうですね。それはもう、省念くんが、アレンジはもちろん、ほとんどすべての楽器を演奏してくれていることが大きいと思うんですけど……。


――そう、クレジットを見ると、アレンジはもちろん、ギター、ベース、ドラム、キーボードに至るまで、ほとんどの楽器を吉田さんが担当している楽曲も多くて……奇妙さんから見て、吉田さんというのは、どういうミュージシャンなのですか?


奇妙:省念くんも、出会ってから10年以上経ちますけど、大体のバンドマンって……自分がそうなんですけど、自分のバンドの曲を、自分のパートだけを演奏するって感じじゃないですか。だけど、省念くんは、弾ける楽器の種類の多さはもちろん、その技術とか知識みたいなものが、もう段違いにすごいんですよね。たとえば、モータウン調の曲をやりたいなって思ったときに、僕やったら何とかしたい気持ちだけがあって、実際どうしたらいいかわからないんですけど、省念くんやと、そういう音楽のドラムとかベースとか鍵盤とか、あと管楽器がどうなってるのかっていうのが全部わかっていて、それをわかった上で、自分でドラムを叩いて、自分でベースとギターを入れて、「こんな感じだよね?」っていうことができるので……もう、魔法みたいやなと思っていて。そんなことできる人、僕は他に知らないですから。


――なるほど。


奇妙:ホント、めちゃくちゃすごいんですよ。だけど、省念くんは、自分でそれを言うとか無いんですよ。今回のアルバムには、省念くんが弾いてるチェロの音とかもいっぱい入っているんですけど、僕、自分がチェロとか弾けたら、めっちゃ他人に言うと思うんですよね。


――(笑)。


奇妙:そういうところが、省念くんの素晴らしいところなんです。


■制作過程から見えた“自分の役割”


――いろいろ話を聞いていると、今回のアルバムは、奇妙さんのソロでありながら、田渕さん吉田さんという2人のシンガーソングライターが、ガッツリ入っていて……結果的に、奇妙さんも含めて3人のシンガーソングライターの楽曲が収録された、ちょっと面白いアルバムになりましたよね。


奇妙:そうですね。田渕くんが5曲、省念くんが4曲……で、2曲、僕が書いてっていう感じになりました。


――「眠れないなぁ」と「同じ月を見ている」の2曲が、奇妙さんの作詞作曲ですね。


奇妙:「眠れないなぁ」は、もう15年ぐらい前に作った曲で、自分ではこの曲が好きとか全然無かったんですけど、田渕くんが「この曲、すごい好きやし、いいと思う」って言ってくれて。何か僕とは全然違う角度からこの曲を見てくれていたので、「じゃあ、いいのかもなあ」と思って、やってみた感じです。


――「同じ月を見ている」は?


奇妙:これは……僕、下北沢で毎月一回、イベントをしていて、それのタイトルなんですけど、もともとは、自分がすごい好きな漫画のタイトルなんですよね。


――土田世紀さんの『同じ月を見ている』ですね。


奇妙:ええ。で、歌の内容は、別にそのどっちにも関係ないっちゃないんですけど、イベントの最後に何となく即興でやったやつをもとに、田渕くんと2人で吉祥寺のスタジオで歌詞を書いて……で、それを持って京都のスタジオで録音するときにまた、いろいろ話しながら、いっぱい歌詞を書き直したんですよね。


――そう、今回は3人の曲が入っていながら、“月”というワードが、結構共通して出てきますよね?


奇妙:それはホンマ、そうなんですよね。別に何か申し合わせたわけじゃないんですけど、まあ3人とも太陽側の人間じゃないですから(笑)。まだあきらめてないというか、適度に明るい人間になりたいなとは思っているんですけど。


――「同じ月を見ている」ではないですが、3人バラバラの場所で活動しながらも、どこか共通したものを見ているような感じがあるように思いました。ちょっとした“同志感”みたいなものがあるというか。


奇妙:どうなんですかね。僕は単純に、2人の作っているものが好きなだけというか、それがいちばん最初にあって……同志というか、別に友だちかどうかとか、そういうのは全然どっちでもいいことなので。友だちと言うよりも、リスペクトに近い感じなんですよね。


――ちなみに、そんなアルバムに『More Music』というタイトルをつけたのは?


奇妙:みんなといろいろタイトル出しをしているときに、アルファベット一文字で、“P”とか“Q”とか意味深でいいんじゃないかみたいな話をしていたんですけど、そのときに省念くんが「“More Music”がいいんじゃない?」って言い出して。で、そう言われたら、そうやなあというか、すごくピッタリやなと思って、それにパッと決まった感じですね。


――実際、完成したものを聴いて、どんな感想を持ちましたか?


奇妙:自分としては、このアルバムを作ることによって、自分で自分に向けた、何か強迫観念みたいなやつから、割と解放されたようなところがあって……。


――というと?


奇妙:や、何かこういうことができないとダメやとか、そういうのがわりとあったんですけど、できないことをできないって言うのは、めっちゃ気持ちいいなあと思って。してもしょうがない無理をするのを、止め始めれたかなあと思うんですよね、何か。たとえば、家にひとりでこもって曲を作るとか、歌詞を書くとかもそうですけど、そういうのが、やっぱりできないっていう。


――あ、最初に言っていた、「ひとりで作詞作曲をしたりするのは苦手だ」っていう話ですか?


奇妙:ええ。何かそういうのをしないとダメやと思ってたんですけど、実際やってみてもすごいつまらない作業というか、やっぱり目の前に反応してくれる人がいないと、全然できないんですよね。できないっていうか、ひとりでは何も動かないという。だけど、誰かと一緒にいたら、それがすごい動き始めるんですよね。もちろんそれは、誰でもいいわけじゃ全然なくて、自分がすごいなと思っている人じゃないとダメなんですけど、そういう人が一緒にいてくれることは、やっぱりすごい力になるし、これからものを作っていく上でも、何かひとつやり方として、すごいしっくりくるなあって、何か思いました。


――なるほど。


奇妙:っていうか、僕は自分でも、自分が何なのか、あんまわかってないんですよね。


――ん?


奇妙:や、自分で全部作詞作曲とかできたら、まあいいんでしょうけど、僕は自分のことをシンガーソングライターって思っているわけでもないし、歌手と思っているわけでもないんです。何かわかんないんですよね、自分が何なのか(笑)。


――ただ、3人の曲が入っていることによって、これまで以上に奇妙さんの“歌”のバリエーションが楽しめる、ボーカルアルバムになっているようにも思いました。


奇妙:ああ、そうですか。でも、確かにそういうところはあるかもしれないですね。何か演奏を聴きながら、それに相応しい適切なトーンとかボリュームみたいなものを探すというか、それにピッタリくるよう調節しながら歌を入れていく……そう、僕の仕事は、そういうことなので(笑)。でも、今回のアルバムは、作業をしながら、ずっと嬉しかったんですよね。何か、いい夏を過ごしたなあって思います。


――や、いいアルバムになったんじゃないかと思いますよ。


奇妙:そうなんです、いいアルバムなんですよ。なので、みんな、買ったほうがいいと思います(笑)。


――(笑)。ちなみに、10月下旬から始まるツアーは、潮田雄一(Gt)、村田シゲ(Ba)、松浦大樹(Dr)、中込陽大(Key)というメンバーで回ることが、すでに発表されていますが。


奇妙:そう、ライブはツアーバンドの人と一緒に回るんですけど、それもすごい楽しみなんですよね。このアルバム作っているときというか、ほとんどの曲を録り終わったあたりに、ビルボード(ビルボードライブ)の東京と大阪でライブをするのが決まっていて、そのライブはいつも変わったことをやらせてもらっているので、最初はスタンダードジャズとかをやろうかなって思ってたんですけど、何か新しいアルバムの曲をやりたいなと思って。で、ほとんどアルバムの曲でライブをやったら、めっちゃ楽しかったんですよね。なので、10月下旬からの全国ツアーは、みんな来たほうがいいと思います(笑)。(麦倉正樹)