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YUKIセルフプロデュース作『トロイメライ』から学ぶ、自分らしく生きるための筋道

2018年09月19日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ソロ活動15周年を迎えたことを機に、より自分らしく音楽を楽しむフェーズへと歩みを進めているYUKIの最新シングル『トロイメライ』(9月19日発売)が完成した。本作で特筆すべきは、YUKIのセルフプロデュース作であるということ。YUKIは自身が歌う楽曲のほとんどの歌詞を手がけており、作曲や編曲にも携わってきた。しかし、これまでと大きく異なるのは、“誰と、どんな音楽を作り、鳴らすのか”について自ら大きく関わっている点だろう。


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 収録曲は2曲。まず表題曲「トロイメライ」では、シンガーソングライターのCHI-MEYを作曲・共編曲に迎えた。オフィシャルサイトのインタビューによると、YUKIからCHI-MEYに直接アレンジや歌詞の方向性を伝え、レコーディング前には楽曲全体のバランスを確認するプリプロ作業を共にしたそうだ。先のインタビューにある「自分が思い描いていたイメージがどんどん形になっていく制作過程はとても楽しかったです」といったコメントからは、いちから楽曲制作に携わった充実感や達成感が伝わってくる。


 「トロイメライ」は、川口俊和の同名小説を映画化した『コーヒーが冷めないうちに』(9月21日公開)の主題歌としてYUKIが書き下ろした楽曲だ。物語の舞台は、コーヒーをカップに注いでから冷めてしまうまでの間だけ過去に戻り、会いたい人に会えるという不思議な席のある喫茶店。「過去に戻って、どんな事をしても、現実は変わらない」などのルールがある中、過去と向き合いたいと願う人々が来店し、それぞれのストーリーが展開されていく。YUKIは原作小説を読み、映画を観て、この楽曲を完成させたという。


 流麗なピアノの調べにステップを踏むような軽快なリズムのビートが重なる。極めてシンプルなサウンドに乗せて聴こえてくるYUKIのふくよかな歌声、途中に加わるストリングスのような音色の旋律やコーラスから漂う気品が、「トロイメライ(≒夢想)」と名付けられた同曲の幻想的な雰囲気を作り上げている。


 そんな「トロイメライ」で歌われているのは、“許す”ことについて。生きていれば、いつまでも忘れられないような後悔や悲しみに直面することがある。しかし、そのことに囚われていては、本当の意味で前に進むことはできない。どんな結果だったとしても、自分の歩んできた道を肯定することで、前に進むことができる。自分に対しても、人に対しても、許すことが自分らしく生きるための筋道になることを教えてくれるような一曲である。


 他方のカップリング曲「かたまり」がまた素晴らしい仕上がりだ。赤い公園の津野米咲(Gt)を作曲・共編曲・ギターに迎えた同曲では、金子ノブアキ(Dr)、日向秀和(Ba)、堀向彦輝(Pf&Key)、真部裕ストリングスによるバンド編成のレコーディングが行われた。バンドメンバーにはもちろん、YUKIが会いたい人、一緒に音楽を鳴らしたいプレイヤーが集結。また津野との今回の初タッグは、以前から赤い公園のファンだったYUKIが連絡先を調べるところから始め、メールで直々にオファーし実現したという。


 YUKIが「彼女には曲を作ってもらうにあたって“YUKIが歌ったら面白いのではないかと米咲さんが思う曲”をお願いします、と伝えました。米咲ちゃんから届いた曲にすぐに歌詞を乗せることができたのは、やっぱり彼女のメロディがそうさせるんだなと思いました」と語るほど二人の相性は抜群だったよう。津野も自身のTwitterにて「くすくすっていうかギャハハハって感じで超楽しかったのが伝わる音になったと思います。YUKI Pの素晴らしさ」とレコーディングを振り返っているように、二人のポップセンスを軸に生み出されたカラフルなサウンドには、それぞれのプレイヤーのいきいきとした表情が浮かぶようなライブ感がある。「トロイメライ」とは一味違ったYUKIのハリのある歌声からも心から音楽を楽しんでいる様子がダイレクトに伝わってきて、聴いているとつい笑みがこぼれてしまうような幸福感に溢れている。


 〈かたまりのまま 生きられたら/私は私のままでいられる〉。デモを聴いた段階から浮かんでいたフレーズをいかしたこの一節には、YUKIがこの曲に込めたすべての思いが表れている。自分の中にある“YUKIらしくありたい”という欲望に忠実に、創作・表現活動をしていくこと。それが結果として誰も想像していないような新たなYUKIの姿を生み出していく活力につながるのだ。


 ソロ活動は、音楽制作の自由度がもっとも高いスタイルであるといえる。“こうでなければならない”という決まりがないからこそ、“こうありたい”という強い思いがなければ成立しない。すべてを託す曲作りも、自分一人で完結させる曲作りも、「トロイメライ」のように作家と綿密に進める曲作りも、「かたまり」のように大好きな仲間と一緒にセッションする曲作りも自由に選択することができるし、その選択にも個性は表れるものだ。そういった音楽作りの根幹にまで携わることが、“YUKIらしさ”をさらに追求する上では必要だったのだろう。17年目にしてもなお、音楽を生み出すことに新鮮な喜びを感じ、自らの可能性を信じて進み続ける。そのエネルギーこそがYUKIらしさの“かたまり”であるように思えてならない。


 ちなみに、「トロイメライ」といえばドイツの作曲家、ロベルト・シューマンによるピアノ組曲『子供の情景』内の曲タイトルとしても馴染みの深い言葉だ。“子供心を描いた大人のための作品”と呼ばれる曲と同じ名が冠せられたYUKIの『トロイメライ』にもまた、童心に返ったように音楽を、歌うことを楽しむYUKIのありのままの姿が詰まっていた。(久蔵千恵)