2018年09月18日 09:02 弁護士ドットコム
「新人発掘オーディション」というサイトから応募をしたら、あれよあれよと3次審査まで合格。最終審査には落ちたものの「君にはいいものがある」と囁かれ、事務所と50万円を超える「アーティスト等育成所属契約」をしてしまったーー。オーディション詐欺とも呼ばれているこの種のトラブルが若者を中心に広がっている。
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東京都内での相談件数は2016年度が162件、2017年度は256件と倍増した(東京都消費生活総合センター)。そこで、東京都消費者被害救済委員会があっせん解決した事例を8月末、公表した。紹介されている事例は生々しく、若者の夢をたくみに操る事業者と、夢を目前にして冷静さを失った若者の姿が見えてくる。(ライター・高橋ホイコ)
相談者は声優志望のAさん。20歳代前半の女性である。Aさんはスマートフォンで「新人発掘オーディション」というサイトを見つけて応募した。サイトには「オーディション出身者が続々デビュー」と書いてあったという。選考は書類審査から最終審査まで4回行われる。最終審査でグランプリを取ると1年以内にメジャーデビューができる。
Aさんは1次審査である書類選考に合格し、2次審査を受けることになる。2次審査は10人くらいいるなかで、1人ずつ演技などをしたそうだ。後日、2次審査にも合格したと電話連絡があった。
3次審査はスタジオのようなところで台本を見ながら演技をした。審査終了後、審査担当者が話しかけてきた。「今の演技でグランプリは無理だ。けれど、君はいいものを持っている。本気でやりたいなら一度事務所で話をしてみないか」と言われた。
後日事務所に出向くと、まずはレッスン室などを見学。その後個室でパンフレットを見ながら「こういうふうにデビューしていくんだ」という説明を受けた。契約期間は1年間。歌や演技のレッスンもあり、オーディションも紹介してくれるという話だった。「可能性は誰にでもある」と言われ、これはチャンスだなと思った。
このあと、育成所属契約の説明をされた。お金がかかると言われ、総額約53万円だった。分割払いを希望したところ毎月2万円・30回払いの個別クレジット契約をすることになった。
その後、母に電話をしたところ「払えないでしょう」と言われ、クーリング・オフをすることにした。しかし、クーリング・オフに応じてもらえず、督促が続くので消費生活センターに相談をした。
この事例を読んだ読者のなかには、50万円を超える契約を簡単にしてしまうなんてAさんにも落ち度があると感じた人もいるかもしれない。
しかし、想像してほしい。Aさんは声優になりたいという夢を持っていた。そして応募から事務所を訪ねるまでは3カ月間を費やしている。この期間、審査に合格するごとにAさんは夢に近づいていく喜びを感じていたのではないだろうか。冷静に判断できない心情だったとしても不思議はない。
今回の事例は、個別クレジット契約に「個別クレジットが不成立の場合は、原契約も不成立」という主旨の契約条項があり、個別クレジットが不成立(申し込み後に信販会社の審査で否決されたため、クレジット契約が成立しなかった)となったことから契約は無効と判断。結果、相談者は一切費用を支払う必要はないとする合意ができた。
しかし、個別案件が解決できたからといって、放置することが許されるわけではない。この事例のような商売をしている事業者は、ほかにも多数存在し、ネット上に広告を出していると委員会は警告する。
この種のオーディションの広告には、有名タレントの顔写真が使われていることもある。サイトを見た若者が「オーディションに合格さえすれば、自分もこれらの有名タレントのようになれる」と錯覚しても不思議ではない、そういう広告文言が記載されているという。
実際に有名タレントになることはあるのだろうか。Aさんが契約した事業者に委員会が聞き取り調査をしたところ、応募者は1次、2次、3次と勝ち進んでいって、最終審査では多くが不合格になるようであった。
しかも、いままで同社からデビューしたアーティストのなかに有名と言えるほどの人はまだいないそうだ。委員会は事業者に対し「有償のタレント養成契約の締結が目的ならば、勧誘に先立って目的を明示する」ことを要請している。
委員会は「簡単にタレントになれるかのようなことをうたう広告は、多くが本件類似の紛争を生む内容を含んでいることを知ってもらいたい」という。
有名人になる夢を強く持つ若者が「才能がある」と言われれば、ついつい気持ちは舞い上がり契約を即決したくなるだろう。しかし、高額な契約はその場で決断しないでほしい。周囲に相談する、評判を調べるなどしてほしい。ネット上の評判は良い評価を当該事業者自身が書くことができる仕組みであることも念頭に置いてほしい。おかしいなと思ったら、最寄りの消費生活センターへ相談するとよい。
【ライタープロフィール】
高橋ホイコ:2001年国民生活センターに入所。商品テスト、相談情報データベース(PIO-NET)、ホームページ関連の業務に携わってきた。2016年に退職し、現在はフリーライターとして活動している。
(弁護士ドットコムニュース)