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生きづらい現代に“モフモフ”を 『プーと大人になった僕』『パディントン2』愛され続ける2匹のクマ

2018年09月15日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 仕事が忙しかったり、家族や仲間と上手くいかなかったり……、自分では一生懸命頑張っているつもりなのに、どうしてか壁にぶち当たってしまうことがある。「どうしてできないんだろう」「もっと上手に生きられれば」。狭い箱に入れられているような閉塞感を感じ、そこから出る勇気が持てずに悶々とするのは、現代に生きる人達に共通する課題ではないだろうか。


 そんな独特な生きづらさが蔓延する今、とある2匹の“モフモフ”のクマがわたしたちを丸っと包み込もうと映画界にひょっこりと顔を出した。9月14日に公開された『プーと大人になった僕』のくまのプーさんと、『パディントン2』のパディントンだ。イギリス生まれの2匹のクマは、言わずもがな長年愛され続けてきたキャラクター。小説で生まれた彼らは、イラスト、アニメ、ぬいぐるみなど様々な形に変わりながら人々を癒やし続けてきた。


 くまのプーさんは、A・A・ミルンによって1926年に誕生してから今年で92年目。そしてパディントンはマイケル・ボンドが1958年に命を与えてから、今年で生誕60周年となる。生まれた時代は違えど、世代を問わず愛される“モフモフ”の2匹は、現代になって実写化という形でロンドンにたどり着く。


 『プーと大人になった僕』は、大人になったクリストファー・ロビンのピンチを助けるためにプーがロンドンへ大冒険に出るという物語。小説『プー横丁にたった家』で、寄宿学校行きが決まった少年クリストファー・ロビンは、プーと再会を誓い、別々の道を歩むことになるのだが、『プーと大人になった僕』はそんな少々ほろ苦いシーンからスタートする。


 長い年月が経ったクリストファー・ロビン(ユアン・マクレガー)は、100エーカーの森で遊んでいた頃とはまるで別人のように、しかめっ面で社会に揉まれた大人に成長していた。上司に仕事を押し付けられ、せっかくの休暇を潰してしまい、妻と娘からの愛に応えられない毎日を送っている。いつのまにか人間らしさを忘れ、機械のように働き続けるクリストファー・ロビン。偶然か、運命か。そんな彼の元に偶然プーがやってくる。


 予告編でも話題になっていた、「ぼくは“何もしない”を毎日やっているよ」というプーの言葉。プーの言葉のように捉えられがちだが、実は「ぼくがいちばんしていたいのは、なにもしないでいることさ」というクリストファー・ロビンの発言が発端で、プーは何十年もの間大好きなクリストファー・ロビンとの約束をずっと守り続けていた切ない事実が反映されている。


 そう思えば、“モフモフ”のクマというのは単に可愛いだけではなく、人間よりも遥かに義理人情に厚いと言えるのではないだろうか。『パディントン2』でのパディントンは、故郷・ペルーにいる育て親のルーシーおばさんの100歳の誕生日をお祝いするために、アンティークショップで見つけた飛び出す絵本を贈ろうと試みる。しかし、あまりに高価でパディントンには手が届かない。そこで、まさかのアルバイトを始めるというのだ。


 始めは失敗続きのアルバイトだったが、徐々に自慢の“モフモフ”を活かせるようになり、貯金計画は大成功。そんな矢先、何者かが絵本を盗んだ上に、犯人を捕まえようとしたパディントンに“絵本窃盗”の濡れ衣が着せられてしまう。でも、パディントンが素晴らしいのは、例えどんな不幸が降りかかろうとも、ルーシーおばさんのためを思って、必死に乗り越えようと諦めないことだ。絵本が盗まれたから別の物を探すのではなく、大好きな人が喜んでくれる一番のものを贈りたい。そんなパディントンの切なる願いが、周りの人々の心をも変えていく。


 2014年に公開された『パディントン』では“個性を受け入れる大切さ”が描かれていたが、その続編となる『パディントン2』では“人を見かけで判断しない”という強いメッセージが込められている。『ハリー・ポッター』シリーズの名プロデューサーであるデヴィッド・ハイマンが参加していることもあり、移動遊園地や汽車などの夢のあるビジュアル面も素晴らしいが、世界が抱える問題の核心に迫った大人も考えさせられるストーリーも本作の魅力の1つだろう。


 一見おっちょこちょいに見える、プーとパディントン。しかし彼らの言動には、“幸せになるヒント”がたくさん隠れている。2匹に共通して言えるのは、「幸せになりたい」から動いているのではなく、すべての人が笑顔でいられるか否かと、周りのために行動するということ。多忙で冷え切った生活を送るクリストファー・ロビンには、少年の頃に持っていた遊び心を与え、冒険心と笑顔、そして心の余裕を取り戻させる。一方パディントンは、刑務所のメニューを改良したり、絵本の犯人を全身全霊で捕まえようとしたりと、誰かが悲しんだり嫌な思いをする場合は、どんなに怖い相手でも勇気を出して立ち向かう。


 生きていれば当然、自分の思い通りにいかないことも出てくる。また、要領のよくない自分を責めるばかりに、身近な愛する人を不本意に傷つけてしまうこともある。苦悩を抱えながら懸命に生きるわたしたちに、“モフモフ”のクマたちが教えてくれるのは、他者への思いやりを忘れないことと、失敗を恐れないという案外当たり前のことだ。でもこれが意外と難しい。


 だから自分や環境を変えようと遠回りをする前に、とりあえず心優しきクマたちの“モフモフ”に思い切りダイブするというのも1つの手ではないだろうか。みんなそれぞれ、この生きづらい世の中をなんとか毎日生きているのだ。プーやパディントンに悲しみを受け止めてもらい、愛すべきクマが持つ優しさを自分の中に吸収していく。年齢や老若男女関係なく2匹が愛され続けたのは、そのソフトな手触りと温かい心が、人々の抱える悩みを“モフモフ”と受け止め、笑顔に変えてきたからといえよう。どんな時代でも、人々の暮らしが変わっても“モフモフ”のクマは裏切ることなく誰かの側でちょこんと座り続けてくれる。だから、もし困ったことや悲しいことが起きたとしたら、その時はクマを頼りにしてみるのも良いかもしれない。プーにはハチミツを、パディントンにはマーマレードを忘れずに。(阿部桜子)