トップへ

「手ぶれで下着が映っていない」 盗撮事件で男性に無罪判決が下された理由

2018年09月14日 11:03  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

盗撮目的で、福岡市内の男性が女性のスカートの中に携帯電話を入れたとして、福岡県迷惑防止条例違反に問われた事件の判決が9月7日、福岡地裁であり、無罪が言い渡されたと報道された。


【関連記事:37歳彼氏「ごめん。オレ、本当は50歳」 年収&年齢を大幅サバ読み、絶対に許さない!】


報道によると、男性は2017年4月、福岡市内の商業施設において、下着を盗撮する目的で携帯電話の動画機能を起動させ、女性のスカートの中に携帯電話を差し入れた疑いで在宅起訴された。男性は捜査段階では、携帯電話を約5秒間差し入れたと供述していたが、公判ではこれを否定、盗撮しようと近付いただけだったと無罪を主張していたという。判決では、動画は手ぶれしていて下着が撮影されていなかったことなどから、捜査段階の自白と客観証拠と合致せず、信用できないと結論づけた。


福岡県迷惑防止条例では、公共の場所や乗り物、公衆の目に触れるような場所(学校の教室や会社事務室、更衣室など)、公衆が通常衣服の全部または一部を着けないでいるような場所(公衆トイレ、公衆浴場、ショッピングセンターの授乳室など)で、「のぞき見行為」、「盗撮行為」、「カメラを設置・向ける行為」が禁止されている。


裁判で男性は盗撮の意思はあったことは認め、手ぶれしていたとはいえ、動画もあったが、無罪判決が下されている。判断のポイントを刑事事件にくわしい鐘ケ江啓司弁護士に聞いた。


●「盗撮準備行為を規制する規定」の安易な適用に警鐘を鳴らす判決


端的に言うと、福岡県迷惑行為防止条例6条2項2号が規制する「 『通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着(以下「下着等」とします)』を撮影できる方向や位置に、写真機等のレンズ部分を向ける」行為をしたという証明がされなかったということです。他人の身体等に対する盗撮目的があったことや、何らかの撮影行為があったことは本質的ではありません。



福岡県迷惑行為防止条例6条2項は、次のようなことを規制しています。




(1)公共の場所、公共の乗物その他の公衆の目に触れるような場所において


(2)正当な理由がないのに


(3)人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で


(4)「下着等」をのぞき見し、又は写真機等で撮影すること(同1号)


(5)(4)の目的で写真機等を設置し、又は他人の身体に向けること(同2号)


http://www.police.pref.fukuoka.jp/data/open/cnt/3/27363/1/meibou.pdf


判決は、(5)の6条2項2号の適用が問題になった事例です。


ここで重要なのは、6条2項2号はあくまで「下着等」ののぞき見・撮影目的で写真機等を設置・向ける行為(以下、「盗撮準備行為」とします)を規制しているということです。


福岡県警の内部資料では、6条2項2号の「他人の身体に向ける」の意義につき、次のとおり解説しています。



「『向ける』とは、通常衣服で隠されている他人の身体又は他人が着用している下着を撮影できる方向や位置にレンズ部分を向ける行為をいう。」つまり、「下着等」を撮影できる方向や位置に、レンズ部分を向けることが必要なわけです。判決も、下着や衣類の中が映り込む現実的可能性のある態様で写真機等を向けることを必要としています。



従って、例えば「下着等」の盗撮をしようと思ってスマホのカメラを起動して近づいたものの、「下着等」を撮影できる方向や位置にレンズ部分を向ける前に、周囲の人に気づかれて取り押さえられた、といった事例では、6条2項2号違反にはなりません(態様によっては、6条1項2号の「卑わいな言動」)に該当する場合はあります)。


判決によれば、撮影された映像の手ぶれが激しかったこと等から、被告人の自白以外の証拠では下着や衣類の中が映り込む現実的可能性のある態様でカメラを差し入れたという認定は出来なかったようです。


そうすると、被告人の自白を基に「向ける」行為があったと認定出来るか否かになりますが、被告人の自白内容も映像と著しく食い違っているなどしたことから、自白は全体的に信用性が低いとされました。結局、写真機等を「向ける」行為があったとするには合理的な疑いが残ることから、無罪という結論になっています。



本件で問題となった6条2項2号のように、盗撮準備行為を規制する規定は多くの自治体の迷惑防止条例中に存在します。実務上、盗撮行為は明確にあったといえるものの、盗撮画像が保存されていない、又は不鮮明な場合に使われている規定です。判決は、この規定の安易な適用について警鐘をならすものといえるでしょう。



弁護人が、条例の規定の構造を正確に理解して主張を組み立てた結果の判決だと思います。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
鐘ケ江 啓司(かねがえ・けいじ)弁護士
刑事弁護と中小企業法務が好きな弁護士です。
特に盗撮案件に注力しており、現在、全国の迷惑行為防止条例の盗撮規制と、軽犯罪法の窃視罪との関係を研究しています。その他、労働問題、交通事故、借地借家、介護事故等々幅広い事件を取り扱っています。

事務所名:薬院法律事務所
事務所URL:http://yakuin-lawoffice.com/