2018年シーズンは14車種29チームがアツいバトルを展開しているスーパーGT300クラス。そのなかから11台をピックアップし、ドライバーや関係者にマシンの魅力を聞いていく。今回は2014年にGTデビューを果たし翌年から本格参戦を開始したGT300マザーシャシー。そのなかでも2018年シーズン第1戦岡山で優勝したUPGARAGE 86 MCにフォーカスする。
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FIA-GT3カーが最大勢力を占めるスーパーGT300クラスで、JAF-GT車両と同じく改造範囲が残されているマザーシャシーを選択して戦うTEAM UPGARAGEは2018年でスーパーGT参戦4年目。ただし、今年はチーム創設時からジョイントしてきたレーシングプロジェクトバンドウとの提携を解消し、単独でのエントリーへとステップアップしている。そして新体制初戦となった第1戦岡山では見事にチーム初勝利を飾った。
その裏には、3年間にわたるUPGARAGE 86 MC改善の努力と、チーム力向上にまい進するエースドライバー、中山友貴の努力があった。
現在、シリーズに参戦するマザーシャシーのうち86MCは3台。そのなかでもこの18号車は14年にプロトタイプとして製作され、同年のタイ戦にもスポット参戦した個体そのものであり、他のマシンより約2000km程度もマイレージの進んだ状態でシリーズに本格参戦を開始した。
その初年度を筆頭にこれまでも幾度か信頼性の問題に悩まされ、2017年の鈴鹿1000kmでも首位走行中に足回りにクラックが入るなど、惜しいところで栄冠を逃してきた。
体制を一新して4年目のシーズンを迎えた86MCは、このオフシーズンで懸案事項を徹底的に見直し、これまで散発的にトラブルを抱え、悩みの種となってきた電装系もメインハーネスを含めすべてが入れ替えられた。
さらにフロント周りではマザーシャシー製造元の童夢主導で新形状のアーム類が投入されるといったアップデートも施されている。
「このクルマは基本的にコーナリングに優れるマシンで、車重が軽い分、同じタイヤメーカーを使っているGT3勢よりはタイヤへの攻撃性が低い。だから同じラップタイムなら磨耗がいいというのは1年目から分かっていたこと」と語るのは、チームで不動のエースを務める2013年GT300クラス王者の中山友貴。
初年度の15年は富士の2ラウンドともにマシンの不具合で落とし、2年目、3年目も信頼性の対応に追われつつ、パートナーだったルーキードライバー育成にも尽力してきた。
ただ、マシン開発を行いながらのルーキードライバー育成は簡単なものではなく、マザーシャシーではお家芸とも呼べるタイヤ無交換作戦時には、チームメイトのためにタイヤをマネジメントしてピットに戻ってきたとしても「レースが終わたあと『どうだった?』と聞くと『バランスが悪くて』と言われて自信がなくなったり」と、自身のパフォーマンスに対しても疑心暗鬼に駆られることもあったという。
「タイヤを持たせている自信はあるんですけど『それでも使いすぎてたのかな』とか。『タイヤ(のグリップ)がドロップする見通しが足りなかったのかな』とか。それが今回の開幕勝利で改めて自信が持てた。小林(崇志)がクルマから降りてきてすぐ『いやぁ、タイヤすごい残っていて楽だった』とコメントしてくれて。それがすごくうれしかった」
■マザーシャシーは「軽さからくるコーナリングスピードとタイヤへの優しさをどう伸ばすか」が鍵
今季、新たなチームメイトに迎え入れたのは、中山と同じく鈴鹿レーシングスクール(SRS)で腕を磨いてきた後輩の小林崇志で、どちらもGT500で戦った経験を持つドライバー。そんな小林の加入は、マシンセットアップの面でも大きな進化を促すきっかけになったという。
「もともと、この86MCは他のGT3と比べてトップスピードまでの到達速度はイマイチ。だから得意分野、軽さからくるコーナリングスピードとタイヤへの優しさをどう伸ばすか。富士(スピードウェイ)などは1発(のタイム)は出せても決勝はどうしてもツラくなります」
「だからといって、最高速を求めてレイク(角)を減らしてペラペラなウイングを付けても、もうエンジン自体のパフォーマンスもいっぱいいっぱいに近いからエンド(スピード)も伸びないんです。3~4km/hは伸びたとしても10km/hは伸びないので、セクター2やセクター3でのロスの方が大きい」
ダウンフォースを減らしたセットではコーナーへの進入でフロントの回頭性が悪く、結果的にステアリングの舵角が増え、タイヤの摩耗が進んでしまう。それならばとピットでの停止時間短縮やタイヤチョイスに神経を注いだ。
そしてこれまでは、ルーキードライバーと組んでいたこともあり、ある程度「想像するしかない領域」だった予選での路面変化や、条件に合わせたセットアップも、小林との呼吸でひとつ次元の違う領域へ進むことができた。
「Q2に進んでも、ふたりの間で言葉の答え合わせがすぐに終わる。『あいつがこう言うなら、自分の場合はこういう雰囲気』という精度が上がりました」
「そこは毎シーズン1年かけて作り上げてきて、毎年リセットされてきた部分でもありますが、小林の場合はなんというか……慣れる時間がいらない(笑)。今年最初のテストでは、自分がセットを進めて最後に小林が中古(タイヤ)で確認して、最後にニュー(タイヤでアタックする)という予定だったんですけど、赤旗が多くてスケジュールが押したんです」
「そうしたら小林が『中古いらないですよ。そのままニューで大丈夫です』と言ってくれて。で、実際にポンとタイムを出して、クルマの評価をして帰ってきてくれた。その時点で『やっぱもう違うなぁ』って。その辺の判断が早いし、慎重になるべき部分も分かってる。説明が要らないですよね」
そうした味方を得て、今季はかねてから中山が主張してきた大きなセットチェンジにも挑戦することが可能になったという。
■「サスペンションの使い方を変えていい方向に」
「僕は基本、リヤ(のグリップ)がないとダメなんですけど、その先はフロント(のグリップ)も欲しいタイプ。でも小林はリヤさえあればそのまま走っちゃうタイプです。今年はレイクもついてるけど、サスペンションの使い方を変えていい方向に来ている。今季はよりタイヤを優しく使える方向にもっと思い切って振った感じです」
これまでUPGARAGE 86はサードエレメントを使ってブレーキング時のマシンリヤ側の姿勢制御を行ってきたが、ロール(横)方向の荷重変化に対してはバンプラバーなどサスペンション周りのパーツは用いず、硬めのサスペンションスプリングを使用して対応してきた。
そのためロール方向で高負荷がかかる鈴鹿などでは1発の速さを見せてきたが、その弱点もまた「理解できていた」と中山は言う。
しかし、今季からは足回りを動かしながらも高速コーナーなど高い負荷が掛かる状況では、そうしたパッカーやバンプラバーを使用する方向にシフト。これで予選から決勝に向けてスプリングの硬さを変える必要がなくなった。
「小林がふと『基本的には予選と決勝で変わらないセットアップで走りたいですよね』と言ったんです。去年から(レース)フォーマットが変わって決勝前のウォームアップも短い。だから基本は片方(のドライバー)しか乗れません」
「後乗り(の経験が多かった小林)はアウトイン程度しか確認できないのに『決勝用に変えたクルマってどうなの』という。その不安を解消するべく言ってくれて、チームも『じゃあ』という空気になった」
TEAM UPGARAGEはレーシングチームとしては生まれて間もなく、特に2018年は独立チームとして新たなチャレンジを始めたばかり。そのためドライバーがドライバーの仕事に徹するのみでなく「起きた現象に対して『何が原因だったんだろう』と全員でデータを見るチーム」だと、エースは語る。
「小林もそういう経験は初めてだと思う。僕もGT500を含めていろんなチームでやらせてもらったなかから、エンジニアやメカニックさんの橋渡し役を意識したり、メンテをしてもらう上で『癖があるクルマだからこそ、知っている人に触ってもらった方がトラブルなどが起きそうなときの対処が早いし、気づいてもらえる確率も高い。それは限られた時間で戦うモータースポーツでは大きいから、すごく助かる』と意見をした」
「大きいチームだとなかなか届かないことも、(TEAM UPGARAGEでは)僕たちドライバーの意見が反映されやすい。だから自分で先を読んで考えれば、そしてクルマを開発できれば、伸びしろしかない。だから今年は楽しみしかないですよ」
第5戦富士までを終えてドライバーズランキングは7位。これまで年月をかけてきたチームビルディングの高い意識は、この4年目に花開きつつあるようだ。