2018年09月09日 10:22 弁護士ドットコム
長時間労働が常態化している学校の先生たちの「働き方改革」として、文部科学省は公立学校の教員に「変形労働時間制」を適用する方針だという。毎日新聞が8月30日に報じた。
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法定労働時間は1日8時間、週40時間までと決まっている(労働基準法)。1日8時間を超えた分には当然ながら残業代が発生する。
一方、変形労働時間は、月や年トータルで平均週40時間に収まるなら、1日の労働時間を8時間に縛られずに決めて良いという仕組みだ。繁閑期のある仕事で利用されている。
文科省は「論点の1つではあるが、方針が固まったわけではない」と否定するが、毎日新聞によると、年単位の変形労働時間制が検討されているという。年間2085.7時間(365日)の範囲内で労働時間を割振れるもので、上限10時間などの制限もある。
一方で、基本給の4%を支給する代わり、残業代は払わないとする「給特法」の規定は変えないという。そもそも残業代が払われていない教員の仕事に変形労働時間制を適用することに、どんな意味があるのか。
労働問題にくわしい市橋耕太弁護士は、「現状を追認するためのもので、教員の長時間労働を本気で是正しようとしているとは思えません」と厳しい視線を向ける。
「お茶を濁そうとしているのでは、というのが率直な感想です」と市橋弁護士。長時間労働の元凶とされる給特法について、抜本的に変えようという意思が感じられないからだ。
給特法の特徴は大きく2つ。1つ目は、「超勤4項目」といって、(ⅰ)生徒の実習、(ⅱ)学校行事、(ⅲ)職員会議、(ⅳ)非常災害等、以外には時間外労働を命じることができないというもの。部活動指導は入っていない。
2つ目は、残業代を支払わない代わりに給料月額の4%に相当する「教職調整額」を支給するというものだ。
「これによって、部活動の指導や教材作成にいくら時間を割いても残業代は支払われませんし、そもそも、残業を命じてはいけない建前になっているため、労働時間とすら認められません。
さらに、残業代を支払う必要もなく労働時間とすら認められないのですから、時間を管理するインセンティブも働かず、長時間労働が蔓延しているのです」
では、給特法の抜本的な見直しがないまま、変形労働時間制を採用するとどうなるのか。
「変形労働時間制が有効に働く場合があるとすれば、真に繁閑期がはっきりしていて、例えば繁忙期は1日10時間働く必要があるが、閑散期は1日6時間で足りる、というような働き方の場合です。
しかし、教員は恒常的に長時間労働なのであり、比較的労働時間が短いとされる夏休み中の8月でさえ残業を行うことはよくあるとの指摘もあります。
このような状況で変形労働時間制を導入することは、長時間労働が生じている実態に対して『繁忙期なのだから1日10時間働かせても良いのだ』という現状追認の効果をもたらすだけではないでしょうか」
さらに、市橋弁護士は過労死のリスクについても懸念する。
「仮にある程度繁閑期を区別できるとしても、総量としての業務量が減らなければ繁忙期に負担が集中するだけですから、より一層過労死などのリスクは高まるでしょう」
変形労働時間制のもとでも、過労死などの労災認定は、週40時間を超えた部分が重要な要素として判断される。そのため認定で不利になる可能性は低そうだが、閑期をつくるため仕事を詰め込めば、長時間労働が生じ、過労死が増える可能性があるというわけだ。
では、教員の長時間労働を是正するにはどうしたらよいのか。
「真に教員の長時間労働を是正するには、労働時間を抑制し管理するインセンティブを失わせている給特法について正面から議論し、また、一人ひとりの教員の業務の総量を減らす方法を検討すべきでしょう」
やはり、教員の労働時間を減らす上で、給特法の見直しは避けて通れないようだ。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
市橋 耕太(いちはし・こうた)弁護士
日本労働弁護団事務局次長。ブラック企業被害対策弁護団副事務局長。労働事件・労働問題について労働者側の立場で取り組む。大学等で授業を行うなど、ワークルールの普及にも精力的に活動している。
事務所名:東京合同法律事務所
事務所URL:http://www.tokyo-godo.com/