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『アベンジャーズ』シリーズへの重要な布石? 『アントマン&ワスプ』で描かれた量子力学を考察

2018年09月08日 10:02  リアルサウンド

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 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で見せられた衝撃の展開。10年の歳月に渡って作られてきた、マーベル・スタジオによるヒーロー映画を楽しんできた観客の多くは、いま佳境にあるアベンジャーズや宇宙の命運がどうなるか落ち着かない気持ちでいるだろう。しかし、結末が描かれるはずの次作が待たれるなかで公開されたのは、マーベルの単体ヒーロー映画『アントマン』の続編、『アントマン&ワスプ』だった。


参考:大人の悲哀ヒーロー映画『アントマン』が描く、小さな世界の壮大な人間ドラマ


 『アントマン』は、マーベル・スタジオの映画のなかではコミカルなテイストの作品のため、観客によっては、「アベンジャーズが大変な展開を迎えているいま、気持ちが落ち着かない状況で『アントマン』の新作を楽しめるのか…?」と思ってしまうかもしれない。だが、ここに『アベンジャーズ』シリーズへの重要な布石が含まれているとしたらどうだろうか?


 ここでは、ある意味“空気を読まない”タイミングで投入された、ギャグやアクション満載の本作『アントマン&ワスプ』にばらまかれた要素を拾い集めながら、その裏に隠されているかもしれない意外な要素について考察していきたい。


 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』では「アントマン」は登場せず、その理由はただ「自宅謹慎」だとのみ語られていた。本作ではもちろん、その内情が分かるようになっている。


 アントマンはもともと、「キャプテン・アメリカ」の仲間「ファルコン」とのコネクションから、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の際にアベンジャーズが二派に分裂したとき、キャプテン・アメリカの派閥についていた。彼らはヒーローの活動を原則的に管理しようとする国連やアメリカ政府の命令に反する立場であるため、アントマンは政府によって拘留される。その後、キャプテン・アメリカ側のヒーローたちは闇に姿を隠したが、アントマンことスコット・ラング(ポール・ラッド)は地下活動をすることを断念し、当局と司法取引をすることで、FBIの監視のもと自宅で外出禁止状態になっていたのだ。


 ここでスコットを責めるのは酷であろう。彼にとって最も大事なのは、ヒーローとしての大義よりも、守るべき周囲の人々に他ならない。今回の彼の苦渋の決断は、愛する娘はもちろん、恋愛関係にあったホープ(エヴァンジェリン・リリー)と、その父親ハンク・ピム博士(マイケル・ダグラス)、そして真っ当な仕事を始めようとしていた昔の泥棒仲間たちに迷惑がかかることをおそれたためだったように思われる。その人間くささ、スケールの小ささは、『スパイダーマン:ホームカミング』でニューヨークの限定された地区を活躍の場として選んだスパイダーマンよりさらに極端である。それが小さな英雄・アントマンの特徴であり、他のヒーローにはない魅力なのかもしれない。


 前作『アントマン』では、犯罪歴のあるスコットが、アイスクリームのチェーン店でのアルバイトをクビになり、元妻の結婚相手に「養育費も払わないで、娘の誕生会によく来れたもんだな」と罵倒されるような、すべてをなくした哀れな父親だった。そんなどん底の時代を知っているからこそ、スコットがアントマンとして活躍したり、アベンジャーズに参加している姿を見ると一段と嬉しくなるのだ。


 さて、今回の物語は、前作で暗示されていたように、電子顕微鏡ですら見ることが困難な、極小の「量子世界」が鍵になっている。初代アントマンであったハンク・ピム博士の公私にわたるパートナー、「初代ワスプ」ことジャネットは、そのあまりにも小さな世界に約30年も前に取り残されたままになっており、当然死んだものと思われていた。しかし、スコットが量子世界から生きて帰還することができたという事実を目の当たりにした博士と娘ホープは、ジャネットの生存と救出に光明を見いだしていた。


 博士とホープ、そして彼らが操る巨大化した蟻の作業員によって、着々とジャネット救出のための研究が進められていたが、そんな研究所を金のために力づくで奪おうとするのが、ブラックマーケットで暗躍する武器ディーラー、ソニー・バーチ(ウォルトン・ゴギンズ)だ。さらに、その奪い合いに参加してきたのが、“物をすり抜ける”スーパーパワーを持った謎の人物「ゴースト」だった。


 ソニー・バーチとゴーストは、マーベルコミック『アイアンマン』の悪役であり、もともとアントマンとの関連は薄いキャラクターだった。だが今回、彼らをわざわざアントマンの敵として登場させたのには様々な意味があるはずだ。とりわけ、量子世界からのパワーによって、望まないままスーパーパワーを持ってしまったゴーストは興味深い。


 本編でも語られているように、「量子世界」は我々の常識を超えた場所であるらしい。ニュートンやアインシュタインが発見した物理法則が通用しないのだ。中学理科で、我々は物体を構成する極小の粒である「原子」について学ぶ。原子は、原子核とその周りを周回する電子によって構成されている。それは太陽と、そのまわりを周る惑星のような関係である。しかし、惑星の位置が物理法則によって予測できるのに対し、電子は予測とは異なる動きをするのである。


 1900年代、このような結果を基に、量子力学を確立したニールス・ボーアは「それらはもともと不確定なもの」だとする「コペンハーゲン解釈」を提唱した。その考えによると、電子は原子核の周囲のどこにでも、まるで「ゴースト」のように存在し得る状態にあり、それが上向きにスピンしているか、下向きにスピンしているかは、それを観測して突き止める瞬間まで、「重なった状態」であるとした。


 この考え方を、荒唐無稽なものとして批判したのが、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーである。彼は、自身が量子力学の成立に尽力してきた一人であったが、この説の矛盾を指摘するため、もしも量子世界の動きによって半々の確率で作動する毒ガス装置を作って、それを外から観測できない箱の中に入れた猫と一緒にしたなら、猫は生き残る場合と死んだ場合、そのどちらもが重ね合わされたゴーストのような、あり得ないほど不自然な状態になってしまうと主張した。これは「シュレーディンガーの猫」という思考実験として知られている。


 この話を知っていれば、量子世界からの干渉を受けた、本作のゴーストもまた、存在することと存在しないことが重ね合わされた、まさにシュレーディンガーの猫と同じ状態にあると気づくだろう。ゴーストは、半分存在し、半分存在しない人物である。ゆえに消えたりもできるし、実体を持ってアントマンを攻撃することもできる。では、ゴーストが存在しない瞬間、その肉体はどこに行っているのだろうか。


 「シュレーディンガーの猫」が持つ矛盾を説明する考え方に、ヒュー・エヴェレット3世の提唱した「多世界解釈」というものもある。それは、あり得る選択や結果の数だけ、分岐された別の「並行世界」が生み出されるというものだ。例えば、車を運転していて、目の前に人が飛び出してきたとき、とっさにハンドルをどちらに回すかによって、未来は変わるかもしれない。右に回せば危機を回避できるかもしれないし、左に回せば他の車に追突するかもしれない。そのどちらの未来も、世界ごと存在するというのだ。これがもし真実であれば、シュレーディンガーの猫は、生きている状態と死んでいる状態に世界ごと分岐しているため、それぞれの世界では片方の結果しか表れず不自然に見えないということになる。


 そして最近の研究によると、分岐された世界は、相互に干渉し合っている可能性があるという。だとすれば、ゴーストの肉体は、消えた瞬間に他の並行世界に現れており、その世界に何かしら影響を与えていると考えられないこともない。


 分岐された分だけ世界が存在するというなら、何か取り返しのつかない事態が起きたときに、それが起きなかった並行世界も、どこかに存在しているかもしれない。ここで思い出されるのは、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)が見たという、あらゆる選択肢によって分岐された未来世界である。そう考えると、全く関係がないと思われていた本作の内容と、アベンジャーズの命運はつながりを見せることになる。


 現時点では、アントマンで描かれた量子世界と『アベンジャーズ』次作がどのように関わってくるのかは不明である。しかし、本作『アントマン&ワスプ』の思わせぶりな展開を見る限り、今後アントマンが重要な鍵を握ることになる可能性は高いと思われる。


 小さな世界が、大宇宙を左右するかもしれない。だとすれば、それを至るところで暗示していた本作は、アントマンという題材をフルに活かしたダイナミックな作品だったということになるだろう。本作でばらまかれた要素が、どのように着地するのか。様々な期待を込めつつ、そしてアントマンがこれまで以上に活躍をするのを想像しながら、『アベンジャーズ』次作を楽しみに待ちたいと思う。(小野寺系)