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アニメの貴重な文化財「セル画」は消えてしまうのか? 専門店取締役が語る、セル画の現状と今後

2018年09月05日 20:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

アニメの貴重な文化財「セル画」は消えてしまうのか? 専門店取締役が語る、セル画の現状と今後
日本のアニメを「セルアニメ」と、アニメテイストの3DCG作品をして「セルルック」と称することがある。
この“セル”とは、かつてアニメを制作するうえで必要とされ、ファングッズとしても愛されてきた「セル画」という素材のことを指している。だが、アニメ制作が90年代中頃からデジタルに移行したことから、若いアニメファンにとっては縁遠いものとなってしまった。

そんなセル画を長年に渡りファンに提供し続けてきたのが、セル画専門店の老舗「アニメワールドスター」だ。この9月17日、中野ブロードウェイ2階にある実店舗「アニメワールドスター」αグッズ館は、改装に伴い閉店となる。今後はWebや催事での出展にて営業を継続されるという。

そこでアニメ!アニメ!では、「アニメワールドスター」取締役を務める平喜裕氏にインタビューを敢行。セル画の魅力と国内外のファンの動向、セル画という技術継承まで、広く深くお話を伺った。
[取材・構成=いしじまえいわ]

アニメワールドスターαグッズ館

http://www.anime-world-star.com/
アニメのセル画 50%~80%OFF 大セール ~9月17日(月)12:00~19:00

そもそも「セル画」とは?
――そもそも「セル画」とは一体何なのでしょうか。アニメ制作においてどういう位置付けにあるものですか?

平喜裕取締役(以下、平)
アニメは数多くの絵を連続表示させることで動いているように見せる映像表現ですから、秒間8枚から24枚という数多くの絵が必要となります。
それをセルと呼ばれる透明なシート上にキャラクターなどを描いたのが「セル画」です。

1900年代初頭からディズニーではセルロイドという透明フィルムに絵を描いていたそうですが、セルロイドは発火性が高く保存が難しいことから、1950年代以降の日本では、多くの場合、富士フィルムが生産しているトリアセチルセルロースという同じく透明で燃えにくい素材を使っています。
「セル」という名前はセルロイドの名残ですが、実際にはセルロイドを使っているわけでないんです。

『聖闘士星矢』のセル画
――なるほど。アニメでは絵をたくさん描く必要があるのは分かりますが、どうして透明である必要があるんでしょう?


仮に1枚の絵に背景も小物もキャラクターも全て描いていたらどうなるでしょう? それを動かそうと思ったら、1コマ1コマ絵を全部描き直し、ですね。
一方セル画であれば背景はそのまま使い回せます。別の背景を後ろに透かせば、別のシーンにもなります。

キャラクターの表情も、目や口だけ描いたセルをキャラクターの顔に乗せれば、喋っているように見えますね。
他にも表現上のメリットがたくさんあるのですが、絵をパーツに分けて描くことで効率化できるのがセル画を使ってきた一番の理由です。


制作工程としては、まず絵コンテとよばれる映像の設計図が描かれます。
次にコンテで描かれているカット(シ―ン)の空間的な設定や映像としての意味付けなどを行うのがレイアウトという作業になります。
今度はレイアウトに準じてどのキャラがどういう演技をするのか、その動きのキーとなる絵を描くのが原画。原画と原画の間の動きを補完し動きをつなげるのが動画の仕事です。
ここまでの絵は全て紙と鉛筆で描かれていました。動画が完成すると、これをトレスマシンでセルに転写し、裏から色を塗ります。これがセル画です。




『はじめの一歩』のレイアウト、原画、動画、セル画+背景

完成したセル画は背景や3DCG映像などと合わせて撮影され、フィルムになります。その後、声や音が入ってアニメはおおよそ完成となります。

→次のページ:かつてセル画の入手方法は「トレード」が主流だった

■かつてセル画の入手方法は「トレード」が主流だった
――なるほど。それではセル画のアニメグッズとしての魅力について教えてください。


まず前提として、セル画はアニメという映像作品を作るうえで発生する中間成果物であり、企業にとっては言ってみれば産業廃棄物にあたるんですね。
一方、セル画にも工芸品や美術品と同じ質感、風合い、ぬくもりなど、アナログであってこその価値があります。映像で見るのとまた違った趣がある、というのはよく言われます。

――1枚1枚手で描いているという意味では、絵画と同じですもんね。


はい。原則的に全く同じものはなく世界に1枚しかないですから、それを独り占めできるという所有欲、コレクション欲を刺激する面もあると思います。

あとこれは個人的な感覚かもしれないのですが、セル画を見ると、その作品が放送されていたとき、自分の生活はこんな感じで、こんないいことや、あんな嫌だったことがあったなあ、と思い出すんですよね。
セル画に描かれたキャラクターやシーンを思い出すことで、自分の人生がその時どうだったかが分かる。作品と自分の人生との接点にセル画がある、という感覚もありますね。

――やはり1点ものというところに様々な価値があるんですね。平さんはそういったセル画の世界にどうやって入っていったのですか?


高1のとき、クラスメイトが教室に『機動戦士ガンダム』のセル画を持ってきて自慢していて、そこで意識しました。
「こんなものが流通しているんだ」という驚きと「何故彼がそれを持っているんだ?」という疑問ですね。ですが、彼はどこで手に入れたのか、教えてくれなくて。

そこでいろいろ探しているうちに、一部のアニメグッズ屋さんにセル画を取り扱っているところがあるらしい、ということが分かりました。
当時は新宿御苑の「アニメック」や池袋の「アニメイト」、吉祥寺の「あいどる」などのお店でしたね。

で、そのお店で例のクラスメイトとばったり会いました(笑)。なんでも私も彼も『ガンダム』などのサンライズ系の作品が好きだったので、好みが被って取り合いになると困る、と思ったんだとか。

『ドラゴンボール』のセル画
――微笑ましいですね。当時、セル画はいくら位で買えたんですか?


下敷き1枚200円ぐらいの時代でしたが、ほぼそれと同じぐらい、300円ほどで買える店もありました。
一方高い店は数千円なので、高校生には最初はハードルが高く感じましたね。

――当時、セル画はお店で買う、というのが主流だったのですか?


いいえ、いろんなルートがありました。『ヤマト』『ガンダム』の映画公開初日プレゼントなどでも配られていましたし、雑誌内でのプレゼントにもよくありました。
またビデオやLDの予約特典になったり、試写会での来場者プレゼントでもらえたり、ということもありました。
『サザエさん』のスタジオでは近所の商店街で配っていたという話も聞きます。ホビーショーでのファン同士のトレード会なども行われていました。
一方、東映アニメーションさんや東京ムービーさんなどは、自社で年に数回ファンサービスの一環としてセル画の販売を行っていましたね。

一番多いのはファン同士でのトレードです。
例えば、私が『ガンダム』のセル画がほしいとして、とてもいいセル画を持っている方がいたとします。
すると彼に「いま他にどんなセル画がほしいですか?」と聞き、それが『魔法のプリンセス ミンキーモモ』だというのであれば、『ミンキーモモ』のセル画を探してきて「これでどうですかね?」とトレードを持ちかける、といった具合です。

――いろんな作品について知らないと立ち行かないのですね。


そうです。当時はどの作品のどのキャラが人気とか、どこがいいシーンだとかは、アニメはそんなに見ていなくても覚えていましたね。
自分の好きなものを手に入れるためには、他の分野の知識も求められる、という感じでした。

――面白いですね、アニメファンの中で、ある意味通貨としてのセル画、というのが存在していたんですね。


ただこれも難しい面がありまして。トレードが基本だと、欲しいものがあっても交換でしか手に入りませんから、いろんな交渉術が必要になってきます。
またセル画の価値も、お店に値段をつけられたものはその値段なので安く評価される一方、懸賞で手に入れたもの、となると一体何となら交換可能なのかも見当がつきません。
そして、当時はまだすっきりと「いくらで買う」という価格での交渉は、当時はあまりされなかったんですよね。

高値で買い取りされるようになり、盗難騒ぎも…
――その流れが変わったのはいつ頃ですか?

『カードキャプターさくら』のセル画


1988年頃だったと思います。
私がきっかけの一つかもしれませんが、ある有名アニメーターの方がトレード募集をしているときに「あなたの作品、いくらなら売りたいですか?」と聞いたんですね。で、その言い値で私が買ったんです。
そのようなことを皮切りに、トレードでなく現金でセル画が動くような流れになっていきました。

セル画が高値で売り買いされるようになると、それがTVのバラエティ番組などでも報道されるようになりました。
すると、それを見た税務署職員がアニメ制作会社を訪ねに来るんですね。「お宅にはセル画という資産があるそうですが、その分納税していますか?」と。
スタジオ側はたまらないわけです。廃棄するくらいならファンにと思って開放していたセル画が、外で高値がつけられて、場合によっては課税対象にもなるわけですから。

また、高価なセル画欲しさにスタジオに泥棒に入る、というような事件も何件か起こりました。

――『うる星やつら』では放送前のセル画が盗難に遭って放送が延びましたね。ところで、当時はそんなに簡単にアニメスタジオに盗みに入れるものだったんですか?


昔のアニメスタジオはアニメファンにも門戸を開放していることが多かったんですよ。
それに、当時のアニメスタジオはセキュリティのない雑居ビルの一室が多く、関係者の出入りも非常に激しかったので、置いてあったものがなくなるということはよくあったそうです。
置いてあるものが撮影前のものなのか撮影が終わったものなのかも分かりませんから、撮影前のセルが盗難に遭ってスケジュールが狂い、ニュースになったりしたこともありました。

――なんだか今からでは想像しにくい、ワイルドな時代だったんですね。


「元が産業廃棄物なんだし、元々売り物じゃないからいいでしょ?」という認識があったのかもしれません。
でもこうなってくると、いくら高くて価値のあるいいセル画でも「これって盗品なのでは?」と思うといい気持ちで買えなくなってしまいます。
そこで、自分でお店を立てようと思ったのがアニメワールドスターという店だったんです。

貴重なセルが並ぶ「アニメワールドスター」店内
→次のページ:アニメ制作のデジタル化で、セル画は消えていくが…

アニメ制作のデジタル化で、セル画は消えていくが…
――セル画専門店としてのアニメワールドスターの特徴はどういったところにあるのですか?


ものすごく根源的なところで言えば、お金を払ってセル画を買えるシステムですので、トレードに伴う交渉力や資産、知識といったスキルがないカジュアルなアニメファンにもセル画を入手していただけます。また、店舗ではセル画を手にとって楽しんでいただけるような工夫もされています。
また、弊社では基本的に特定のスタジオや作品と契約を結び、許諾を得られたものを中心に販売をしています。

――確かに、それなら「盗品かも」「偽物かも」という後ろ暗さがなくセル画を買えますね。


セル画をいただく際に制作スタジオさんに代金をお支払いしているので、弊社でセル画を買うことで、アニメスタジオやセル画を描いたアニメーターのみなさんにも、少しは金銭的なバックをすることができるようになっています。

――それは素晴らしいですね! こういったお店はいつから始められたんですか?


1994年に創業し、1996年に中野ブロードウェイに移転してきました。この頃、ディズニーはデジタルに移行していたので日本もいつかデジタル化していくだろうと考えていました。個人的には20年位はこのままだろう、と思って開業したのを覚えています。
ですが、実際には日本も90年台中頃から東映アニメーションさんの作品を皮切りに急速にデジタル化が進み、セル画の時代の終わりが、予想より5年か8年は早まってしまいました。

『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』のセル画
――デジタルに移行してしまうとセル画は不要になってしまいますが、そういう作品では何を売っていたのですか?


「リレイズセル画」と呼ばれるセル画を作りました。というのも、一点物のセル画がほしいというアニメファンのニーズは、アニメがデジタル化してもあったんですね。
デジタル用の動画や原画からトレスマシンでセルへの転写を行い着彩をし、「実際には使わないので作らないんだけど、あえて作ったセル画」としてリレイズセル画を販売しました。

『地球へ…』などの作品では店の前に行列ができるぐらい好評を博し、原作からの往年のファンだけでなく、アニメで入った若いファンの方にもセル画を買っていただきました。
今は海外のアニメファンも多いですから、英語圏や中国、アラブ圏の言語対応と決済対応ができれば、海外での可能性はかなり高いと感じます。

――リレイズセル画というのは、やはり特定の人気のシーンをたくさんコピーするのですか?


いいえ、同じシーンのコピーはディズニーなどで販売していた「リミテッドセル画」と呼ばれるものですね。
リレイズセル画は実際のセル画と同じく、同カットでも通しナンバーが違うため、全く同じ絵はありません。

――セル画は一品物だからこそ、というファンのニーズを受けたものですね。


はい。ただこれも厳しい面があって、2000年以降アニメが1クール化していき放送期間が短くなってくると、放送終了後に改めて作り出すリレイズセル画が出た頃には、もう他の作品に需要が移ってしまっていたりするんですね。

また、作り手側の問題もあります。日本で最後にセル画で制作されたのは、『サザエさん』を除けば2003年版『ASTRO BOY 鉄腕アトム』で、その『サザエさん』も2013年にデジタルに移行しました。
すると、セル画職人はもうメインの仕事が無いので別の道を探すようになり、リレイズセル画の制作をなかなか請けてくれなくなるんですね。

――セルの仕事がなくなると、原材料としてのセルも流通が減り、入手困難になってしまいますよね。


セル自体は富士フィルムから買えばいいのでまだいいんですが、問題なのは塗料の方です。セル画の塗料は専門の技師が調合したもので、その出来によって作品の色味への影響が出てしまうくらい重要なものです。
現在、その専門家の方がかなり少なくなってしまっており、現存する塗料も使用期限があるため、これを過ぎるとセル画を塗る色が使えなくなってしまいます。

実際、私が今回実店舗を閉じてWeb販売のみにしようと決めた理由の1つがそれです。
一緒にリレイズセル画を作っていた業者さんが、塗料切れのため続けられなくなったんです。
示し合わせたわけではないのですが「それならお互い仕方ないね」となったわけです。

『きんぎょ注意報!』のセル画

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現在、セル画の購買者は海外が7割?
――時代の流れ、致し方ないところですね。ところで、先ほど話題に少し出た、海外ファンからのセル画需要についても教えてください。


海外からの需要は、私の知る限り80年代中頃からありました。
個人的に『となりのトトロ』のセル画を売ってくれ、とアメリカ人からよく相談が来たのを覚えています。

先ほどお話したとおり、当時のアニメファンの主なセル画調達方法はトレードだったので、その文化が分からない海外ファンの目には非常にやりにくい市場に映ったようです。
言語やその辺の知識に長けた日本人や外国人がバイヤーとなって国内で買い、海外に売る、ということは80年代後半からあったようです。

――海外ではどんな作品が人気だったのでしょうか?


『トトロ』などのジブリ作品の他には、『バブルガムクライシス』『ガルフォース』などの園田健一さんの作品は好評だったようですね。
『メガゾーン23』のパート1と2や、大友克洋さんの『AKIRA』『メモリーズ』、高橋留美子先生の『らんま1/2』『うる星やつら』『めぞん一刻』なんかも人気でした。
国内の10倍の値段がつくこともよくありました。

90年代に入るとフランスなどのファンも増え『(美少女戦士)セーラームーン』や『ドラゴンボール』などのセル画が人気を博しました。
アラブのある資産家が『ドラゴンボール』の悟空のセル画だけを集中的に集めていたことがあり、その頃は悟空のセル画が1枚30万円にまで上がった、なんてこともありました。


――最近の動向はいかがでしょう?


リーマンショックや震災の影響で円が不安定だった頃は、買い控えが起きていたようですが、最近は円安で安定しているので、ベトナムなど東南アジアや、アラブなどのファンがまた買うようになっています。
ネットの普及でアニメが日本とほぼ同時に見られているので、セル画の人気も地域差は減り、日本で人気のあるものが海外でも人気、というトレンドになっています。
現在、購買者の7割が海外、3割が国内ってところだと思います。

――えっ、そんなに海外比率が高いのですか?


セル画に限らず、生活家電や車でもそうじゃないでしょうか。
さらにいうと、一見海外の方に見える方が7割というだけなので、日本人が買って海外の人に流すこともあると考えれば、8割海外と言ってもいいのかもしれません。

――日本国内での購買が落ちる一方、海外ニーズは非常に伸びているのですね。


そうだと思います。

「セル画の技術文化を後世に残していきたい」
――それでは最後に、セル画の今後に向けて、平さんのお気持ちやお考えを教えてください。


店舗の閉店という意味では、誰でもセル画に触れられ、クリーンなものを安価で買うことができる、という役割は終えたのかな、と思っています。
今後はWeb販売や催事場での対面販売などに機会を移したいと思います。ただ、閉店までまだ時間があるので、セル画というものに関心を持たれた方は、ぜひ最後に足を運んでいただけたらと思います。

一方、セル画の技術を文化として後世に残すという意味では、まだやれることがあるのではと思います。
例えば、『名探偵コナン』など海外でも有名な長期作品であれば、リレイズセル画の販売はビジネスとして極めて有効なモデルが作れると思います。

『名探偵コナン』のセル画

クールジャパン戦略などの助成の中で、セル画販売で外貨獲得という旗印が立つのであれば、そこに知恵や経験を使いたいなとも思います。まだセル画を作れる職人さんの協力が仰げるうちにすべきことだと思います。

――その中でも最重要で抑えておく必要があるのが、塗料の技術ですね。


そうです。塗料の技術とレシピは、セル画の技術を後世に残すためには不可欠です。

――本日は貴重なお話、ありがとうございました。

【2018年8月東京都中野区、中野ブロードェイにて】