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日本人はなぜ世界で苦しむのか。その理由をライダー視点で解説/ノブ青木の知って得するMotoGP

2018年09月05日 17:01  AUTOSPORT web

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日本人はなぜ世界で苦しむのか。その理由を青木宣篤がライダー視点で解説
スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第13回は、日本と海外のサーキットの違いについて。第12戦イギリスGPでは雨の影響で路面コンディションが回復せず中止となったが、この結果も海外特有の路面がもたらしたものだというが果たして。

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■水はけの悪さゆえに起こったイギリスGP決勝の中止
 第12戦イギリスGP決勝は、雨で路面状況が悪化。4時間以上にもわたるディレイの末に、結局は全クラス中止となってしまった。全クラスの決勝中止は雪に見舞われた1980年オーストリアGP以来とのことだから、実に38年ぶりの珍事だ。

 だが今回の決勝中止は天候が原因だったわけではなく、路面の舗装が問題だったと報じられている。要するに雨水がはけずに溜まってしまったわけだが、「ああ、いかにもイギリスらしいなあ……」と思いましたよ、ワタシは。

 イギリスは、自然の地形そのままにサーキットを造る傾向が非常に強い。ネイチャーを大切にするお国柄なのか何なのか、理由はよく分からないが、元の地形を改良することなくアスファルトを流しただけ、といった様子のサーキットが多いのだ。

 通常、サーキットのコーナーはアウト側が高く、イン側が低いというカント(傾き)が付けられているが、イギリスのサーキットは地形のままのコーナーばかり。しかも排水性がない駐車場みたいなアスファルトを貼っているから、水はけなんかするワケない。だから今回のような事態も、「イギリスならあり得るかもなあ」と思ってしまう。

 そういった路面状況や、走るライダー側の心情を考えれば、中止は妥当な判断だった。サーキットに足を運んだり、テレビやネットで観戦しようとしていたお客さんたちのことを考えると心が痛むが、モータースポーツは危険を伴うもの。過剰なリスクは排除すべきだ。翌日に延期という考え方もあるが、もろもろ考慮すると現実的ではなかったのだと思う。

■日本の作りとあまりにも違い過ぎる海外サーキットの路面
 それにしても、イギリス……。シルバーストンを走ったことはないけど、ドニントンパークではレースしたことがある。これがまさに地形そのまんまのサーキット! スターキーズストレートはうねうねしており、場所によってはジャンピングスポットと化していた。

 スターキーズストレートをジャンプしないようにクリアするのがまた難しい。普通にまっすぐ行くと絶対にジャンプかウイリーしてしまうので、ちょっとスロットルを戻すとか、ちょっとリヤブレーキをかけるという小ワザを駆使して通過するしかなかった。ところがある時、あるライダーが「蛇行すれば全開のままイケるぞ!」と気付き、新しいラインを創り出した。すると、みんなすかさずマネ(笑)。全開蛇行ラインが定着した。

 それでもブレーキングポイントのハンプ(こぶ)はどうしようもなかった。考えられますか? GPマシンを走らせてフルブレーキをかけようという所にこぶがあるなんて……。1993年にミック・ドゥーハンがこぶに乗って転倒し、そこにケビン・シュワンツが突っ込んで前方宙返り、なんてビッグクラッシュも発生した。

 こういったハンプ、ギャップ、バンプがあちこちにあることに加えて、もともとの路面グリップ自体も低い。これはイギリスに限らず海外のサーキットには軒並み当てはまるが、まーとにかくグリップしない。

 日本のサーキットの舗装は極めて優秀で、2、3センチぐらいの大きさの尖った石だけを厳選して取り揃え、均一にならしてきれいに舗装してある。石選びからして大変な手間だと思うが、さらに舗装の下地からていねいに作り込まれているので、ギャップもほとんどなくて本当にスムーズだ。もちろん路面グリップも排水性も高い。

 一方、海外のサーキットはもっとワイルドだ。そこら辺に余ってた石コロじゃないかと思うぐらい不均一だったり、川砂利のようなものが使われていたり、最悪なのはコンクリートだったりして、とにかく路面は悪い。ドライでも路面グリップが低いのに、雨なんか降ろうもんならグリップのグの字も見当たらないほどだ。

 いつだったか、ブラジル・リオGPの予選で雨が降った時などは、あまりにグリップしないのでボイコット騒ぎとなった。ライダー間で「まぁ、とりあえず走ってみるか」ということになって走行したが、なんと路面よりゼブラ(縁石)の方がグリップする。通常、雨の時は滑りやすいゼブラを避けるのだが、この時は逆。みんなゼブラをつなぐようにして走ったものだった。

 こんなことばかりだったので、世界GPで戦っていた時は数え切れないほど「路面カルチャーショック」を受けたし、どう走らせればいいか分からず途方に暮れたものだ。これは日本人ライダーに共通する由々しき問題だとワタシは思う。

 日本のサーキットは舗装が良すぎるほど良いので、日本人ライダーは路面グリップが高いことに慣れている。ところが海外に出ると路面グリップが低いサーキットばかりなので、めちゃくちゃ苦戦するのだ。恵まれすぎも考え物ってことですね。

■海外で戦うには“諦め”が肝心
 じゃあ、どうしたらいいのかって? 諦めるしかありません(笑)。路面グリップが良いというイメージだけを頼りに走っていると、海外では不満・不平ばかりになってしまう。路面グリップを得ることは物理的に不可能なのだから、路面グリップがないなりの走り方を身に付けなければならない。

 簡単に説明すれば、しっかり減速して、バイクを寝かせる時間を短くして、メリハリをつける。本当に簡単なようだが、実際にできるかっていうと話は別だ。オフロードでトレーニングするなど事前準備も多少はできる。でも、そういう走りの引き出しを持つことも大事だが、引き出しを開けられることの方がもっと大事だ。海外サーキットでは、気持ちと走りをパシッと切り換える。それが「諦め」の真髄だ。

 もっとも、今回のイギリスGP決勝は、走りの切り換えでどうにかなるレベルではなかった。お国柄もあるし、果たして来年には改善されているかどうか……。ツインリンクもてぎや鈴鹿サーキットで最高峰の舗装技術を見せているNIPPO(元・日本舗道)が手がければこういう騒ぎもなくなるし、日本人ライダーも有利になるだろうけどなぁ……。

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■青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。