純粋な速さで語るなら、モンツァで最速だったのは予選でフロントロウを独占したフェラーリだった。しかし優勝は53周の決勝を走り切った先にしかない。それは時に最速ではなく、最強の者が手にする栄誉となる。ただ1周を速く走るだけでなく、53周目を走り終えたときに先頭にいるための強さだ。
メルセデス(以下:MGP)「よくやった、ルイス! 落ち着いて行け」
4周目のリスタートの瞬間、ルイス・ハミルトンはキミ・ライコネンを捉えて首位を奪い取った。その瞬間メルセデスAMGのピットガレージは沸き返ったが、ライコネンは続く第2シケインでハミルトンをパスして首位を奪い返した。
しかし第1スティントからライコネンはタイヤのブリスターに苦しみ、ペースが挙げられないでいた。背後を走るハミルトンはそれを見て取っていた。
ハミルトン(以下:HAM)「間違いなく行けるよ」
MGP「OK、それを教えてくれて良かったよ」
HAM「僕のタイヤはまだグッドだ」
MGP「ターゲット+4(周)だ。(タイヤの)ケーシングの温度は問題ないよ」
メルセデスAMGは非常に細やかなレースマネージメントを行ない、冷静にハミルトンとライコネンの位置関係を読んでいた。
16周目、ハミルトンはライコネンのリヤタイヤ状況をピットに伝える。
HAM「彼はリヤタイヤのブリスターに苦しんでいる」
MGP「君は良い仕事をしているよ。RAI(ライコネン)とはたった1.1秒差だ」
HAM「僕のタイヤはまだグッド」
MGP「了解、君からの情報を待っているよ」
19周目、ライコネンのタイヤはさらにブリスターが進行する。
HAM「彼はもっとブリスターに苦しんでいる」
MGP「了解。ギャップは0.9秒だ。(ピットストップまで)もう先は長くないぞ」
■フェラーリが先に動くも、メルセデスは冷静に状況を見極める
ライコネンは20周目にピットイン。メルセデスAMGがブラフとも言えるピット準備をしたのを見て動いたようにも見えたが、早い段階でハミルトンがピットインを取りやめたのを察知したもののフェラーリはライコネンをピットインさせた。スーパーソフトタイヤがもう終わりかけていたからだ。
MGP「ハンマータイムだ、ルイス。全てを捻り出せ」
前が開けてプッシュし始めたハミルトンは、一気にペースを上げる。これを見てメルセデスAMGはさらにステイアウトを指示する。
MGP「ステイアウト。君には(速い)ペースがある」
MGP「あと1周いくぞ、カモン! ここで(リードを)掴み取ろう!」
MGP「ストラットモード5」
24周目には「ロックアップしたよ」とハミルトンが報告するが、タイヤが発するバイブレーションデータを見る限りでは深刻なダメージは負っていないことを確認した上でチームはさらにハミルトンを走り続けさせる。
低速コーナーでは高いギヤを使ってホイールスピンを防ぎリヤタイヤを守る。
HAM「ギヤの使い方はこれでOK?」
MGP「ターン1~2は3速でOK。何か変更の必要があれば伝えるよ」
そして28周目、ハミルトンをピットに呼び入れた。
MGP「BOX、BOX」
HAM「タイヤはまだ問題ないよ」
MGP「良いからBOXだ、BOX、BOX」
ピットアウト後のライコネンがプッシュしてハイペースで走行したためオーバーカットすることはできなかったが、ライコネンの前にはまだピットインしていないバルテリ・ボッタスがいた。
MGP「RAIは4.4秒前。その前にまだピットインしていないBOT(ボッタス)だ」
ボッタスには「RAIを後ろに抑え込め」という指示が飛ぶ。この間にハミルトンはライコネンとのギャップを縮め、背後に迫っていく。
MGP「BOTはまだRAIの前で引っ張っている。君は0.8秒速いペースだ。セクター2で速い。ギャップは3.7秒になった」
フェラーリは1周目の接触でピットインを余儀なくされたセバスチャン・ベッテルにそこからノーストップで最後まで走らせてハミルトンに勝負を挑ませる戦略を採ったが、ブリスターが発生して2度目のピットストップを強いられた。メルセデスAMG対フェラーリは2対1の戦いだ。
ライコネンのソフトタイヤにブリスターが出ているのを見て取ったメルセデスAMGはハミルトンにより一層のケアを指示した。
MGP「RAIはブリスターが出ているかもしれない。君の第1スティントのタイヤもブリスターが出ていた。新しいリミット(温度)は131だ」
34周目あたりからはさらに厳しくタイヤマネージメントの指示が飛ぶ。
MGP「左リヤを守ることがクリティカルになる。RAIはブリスターに苦しんでいる」
暫定首位ボッタス、2位ライコネン、3位ハミルトンというトレインの中で、メルセデスAMGはハミルトンに無理はさせなかった。
MGP「左リヤがオンザリミットだ。タイヤをできるだけキープするんだ。ダブルDRSも助けになることを忘れるな」
HAM「タイヤを労りながらじゃペースを維持することができない」
MGP「HPP7、ポジション1。ルイス、このレースはタイヤで勝つか負けるかが決まる。とにかくタイヤをケアするんだ。RAIはタイヤを壊している。君は同じことをするな」
■最速フェラーリをチームの総合力で上回ったメルセデス
ボッタスは36周目までステイアウトしてライコネンを抑え込んでしっかりと役割を果たした上でピットイン。この間も直接のポジション争いの相手であるマックス・フェルスタッペンよりも速いペースで走っており、決して自分のレースを犠牲にしたわけではなかった。
メルセデスAMGは勝負を焦ることなくじっくりとライコネンのタイヤ状況を見極め、自分たちのタイヤを守るために不用意なプッシュはしなかった。
そして残り15周を切った38周目あたりからプッシュを開始。一方でライコネンはリヤタイヤのブリスターが発生させるバイブレーションがどんどん厳しくなって「なんとかタイヤを最後まで保たせろ」と指示が飛ぶ。
MGP「バックマーカーにぶち当たる。もっとデフが必要ならHISPEEDを使え。フロントのロックを防ぐためだ」
フェラーリ勢もエンジンモードをあれこれと切り替えながら対抗策を打つが、ハミルトンは余裕を持ってライコネンをじわじわと追い詰めていく。そして45周目、ついにハミルトンは第1シケインでライコネンに並びかけてパス。ライコネンとしてもタイヤを最後まで保たせるためにはそれ以上の抵抗はできなかった。
MGP「ナイスワーク、ルイス。残り8周、ギャップは1.1秒。ギャップは1.9秒になった。タイヤはどう?」
HAM「グッドだよ」
MGP「ブレーキバランスはもう少し後ろ寄りにしてくれ。トラクションのマネージメントのためにやっているんだとしたら(タイヤの)温度は大丈夫だよ」
メルセデスAMGはボッタスの援護射撃もさることながら、タイヤマネージメントが勝利の鍵になることを早い段階で見抜き、細やかな管理でハミルトンのタイヤをライコネンとは比べものにならないほど良い状態に保たせた。予選一発の速さではフェラーリに完敗したメルセデスAMGだったが、レース運営という点ではフェラーリを大きく上回って勝利をもぎ取ったのだ。
MGP「やったぞ、ルイス! 勝者は君だ! 勝者は、君だ! 今日は本当に簡単なレースじゃなかった。この難しいレースをやり遂げたんだ!」
HAM「ありがとう、みんな。僕を信じ続けてくれて、本当にありがとう」
フェラーリは「残り10周はタイヤのせいで大変だったね」と慰め、ライコネンは「勝てなかったのは残念だけど、これ以上僕にできることはなかったよ」と全てを出し切った悔いのないレースであったことをチームに報告した。
メルセデスAMGはまさしくチームの総合力によって跳ね馬の聖地で打倒フェラーリを果たしたのだった。