FIA F2選手権の第10ラウンド、イタリア・モンツァでついに牧野任祐の努力が花開いた。表彰台の頂点に立ち、『君が代』を響かせたのだ。
「勝った瞬間は“無”でした。あんまり信じられなかったですね。14番グリッドスタートだし、こうなるなんて想像もしていなかったし。表彰台で聴く『君が代』は良かったですね、しっかり聴きました。カッコイイですよね」
牧野は予選が雨で中止になることも想定してフリー走行でスーパーソフトタイヤを投入し好タイムを記録していたが、そのギャンブルは外れ予選で新品が1セットしかなく14番手に沈んだ。後方グリッドからのレースだけに、苦戦を覚悟していた。周りとは逆のタイヤを選ぶリバースストラテジーを採ったのもそのためだ。
しかし幸運だったのは、スーパーソフトが予想を大きく上回るデグラデーション(性能劣化)に見舞われたことだった。
FIA F2のモンツァでは初投入となるスーパーソフトは、どのチームも明確なデータを持っていなかった。デグラデーションが大きくなることは予想していたが、まさかスタートから3周で大幅にグリップが低下してしまうとは誰も想像だにしていなかったのだ。
スーパーソフトでスタートした17台は、タイヤが完全にグリップを失ってしまっても規定の6周目まではピットインができず、走り続けなければならなかった。そこでミディアムタイヤでスタートしていた牧野は、面白いように前走車たちを次々にパスしていきトップに躍り出た。
「オプション(スーパーソフト)スタート組が(ピットストップ解禁の)6周目まで引っ張らなければならない中で3周目くらいにはもうタイヤが終わってくれたんで、僕は簡単に前に行けたんです。トラクションもなにもかも全く違いました」
「オプションはタレるだろうなと思っていたんで、最初の1~2周は全然プッシュせずに周りがタレるのを待っていたのも良かったんだと思います」
オプション勢がピットストップを終えると、その先頭を走るアルテム・マルケロフとは45秒もの差ができていた。
しかし肝心なのはここからのミディアムタイヤのマネージメントであり、今季ここまで牧野が最も課題としてきた要素だ。チームは牧野に後続とのギャップは敢えて知らせず、首位争いを意識させることなくタイヤマネージメントに集中させた。
マルケロフとのギャップは45秒のまま変わらず、つまり彼と同じペースで走り続けることができたということだ。
「ペースはずっと良いよって言われていたんですけど、誰と比べて良いのか分からなくて。とりあえずチームが良いって言ってるんだったら良いかと思ってコントロールして。最後の3周くらいはフロントがタレて来て、あぁヤバいなと思ってリヤを使い出したらリヤも来たんで、その兼ね合いがちょっと難しいなというところはありました」
「最後は結構フロントがズルズルでちょっとキツくなっていました。ずっと1分36秒台で走っていましたけど、もう1周と言われていたら37秒台前半まで落ちていたと思います。ピットインのタイミングは良かったと思います」
■トップだと知ったのは「最終ラップ」。ウイニングランで絶叫した牧野
27周目、残り3周でピットイン。ここでスーパーソフトに履き替えてピットアウトすると、マルケロフの前でコースに復帰。燃料が軽くなったマシンで3周走るだけだから、スーパーソフトのデグラデーションもさほど心配はなく、牧野はマルケロフ以下を寄せ付けることなくそのままトップでコントロールラインを駆け抜けた。
「エンジニアがポジションを言うときと言わないときがあるんですけど、今回は全然言わなかったんです。僕も別に聞く必要はないと思って、自分の走りに集中してペースをコントロールして走っていました」
「前にプライム(ミディアム)を履いているクルマはいないって言われていたので、ステイアウトしている中で一番前を走っているのは分かっていました。でも後ろとのギャップが分からなかったんで、実質的に何位なのかが分からなかったんです」
「僕としてはリバースグリッド(の対象になる8位以内)に行けたら良いなくらいに思っていて。ピットアウトしてなんでマルケロフが後ろにいるのかなと思って最終ラップに『何番なの?』って順位を聞いたんです」
信じられない気持ちのままでフィニッシュした牧野は、ウイニングランで「見たか、コラァ!」と絶叫した。批判の声に対する、牧野なりの回答だった。
レース2でもペースは良かったが、ターン1手前の路面のうねりに「ブレーキングのタイミングとバンプ(を乗り越えるタイミング)がちょうど合ってしまって、その後はブレーキを抜いてもタイヤの回転が戻らなくてロックしたままずっと行ってしまった」
これで完全にタイヤが壊れ、バイブレーションが酷くピットインを余儀なくされた。右フロントだけを前日のレース1で27周走ったタイヤに交換して走り、前走車に追い付くことはできなかったがペースは上位勢と匹敵する速さだった。
「あのまま走れていれば、表彰台に乗れるか乗れないかっていうところだったと思います。そのくらいクルマのフィーリングは悪くなかったですね。(右フロントタイヤが古いので)左コーナーだけはさすがに曲がらなかったですけどね」
「2つめのシケインとアスカリだけはすごくアンダーステアでしたけど、その割にはペースは良かったですね」
勿体なかったが、「落ち込んでいない」と牧野は言う。そのくらい、このモンツァの週末で得られた手応えは大きなものだったからだ。これまで苦しんできたタイヤマネージメントについて、シルバーストンあたりから見え始めた光明がいよいよ明確な手応えになりつつある。
「何かはっきりとこれというのはありませんけど、今までと比べるとクルマを自分でコントロールできているという感覚と手応えがありました。例えばブレーキングにしても今までは不安を抱えながらしていたのが今回は自信を持って攻めていけました」
「今回に関して言えば、自分の感覚にクルマが合っていた。そういうところが大きいと思います」
■試練の続く福住仁嶺
一方、福住仁嶺は試練が続いた。
スパ・フランコルシャンでは予選8位から好走を見せていたが、ブレーキペダルが長くなるトラブルに続いて突然のエンジントラブルで出火。燃えたモノコックを修復して最後尾スタートのレース2はDRSが機能せずどうすることもできなかった。
モンツァでも悪い流れは断ち切れず、ステアリングが今度は左に曲がった状態。チームメイトのマキシミリアン・ギュンターのマシンには予選時に4速ギヤが2つ組み込まれているというあり得ない整備ミスに見舞われるような状況で、共同オーナーを務めるクリスチャン・ホーナーが約束したチーム力の強化は果たされていない。
DAMSからエンジニアを獲得したものの、それ以前の状態だ。ブダペストでエンジンシャッフルが果たされてからはパワーの不利は小さくなったものの、マシンの根本的な部分がまともにレースができる状態ではない。
マシンはリヤのグリップ感が欠け、オーバーステア傾向。自信を持って攻めることもできなければ、リヤタイヤを守ることもできない。
「周りについていくためには全力で走らないととてもついていけないくらいのマシン状況だし、そんなことをしたらタイヤがすぐにタレてしまうので、抑えて走っていました。自分のペースで走っていかないと、周りのペースについていくとレース後半はタイヤがダメになってしまいますから」
ただでさえ苦しい状況なところに牧野が初優勝を挙げてしまっただけに、福住の悔しさや焦りや苛立ちは並大抵ではない。今直面しているのが自分の力でどうにかできることではないだけに、自分の実力を披露するチャンスすら与えられない今の状況が余計にもどかしい。
さすがにレース1の直後は感情が高ぶっていた福住だが、それでも全力を尽くすことでしか道は開けないと気持ちを切り替えた。
「どちらかというと、吹っ切れるしかないなと思って。今シーズンは周りのことは気にせず、自分がやれる精一杯のレースをやるしかないですから」
FIA F2は残り2ラウンド。多くのドライバーが初体験となる次のソチ・オートドロームでは、牧野と福住の対応力も問われることになる。泣いても笑っても、今シーズンは2ラウンドしかない。