2018年09月02日 10:42 弁護士ドットコム
「#MeToo」を合言葉に、世界各地でセクハラに対する問題意識が高まっている。同時にこの運動は、被害者がバッシングされがちなことを改めて浮き彫りにした。背景事情を踏まえずに、「そんな時間帯にノコノコ出かけていくのが悪い」「二人きりになったのだから、同意があったはず」などと、まず被害者の落ち度を指摘する人も少なくない。
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法律の世界でもこの傾向はある。「残念ながら、勇気を持って提訴した被害者に対し、追い打ちをかけるように、傷つける言動をする裁判官も少なくありませんでした」と語るのは、セクハラ問題に詳しい圷(あくつ)由美子弁護士。
出張先のホテルで押し倒され身体を触られるなどの被害にあった女性に「最後までいってなかったんだから(いいじゃないか)」などと心無い言葉を浴びせる裁判官もいたという。
しかし、ここ数年、セクハラに関する裁判所の意識は、着実に変わり始めているという。セクハラ加害者が主張する、いわゆる「(被害者)同意の抗弁」の問題をどう捉えるか、セクハラの構造的な問題と裁判の変遷について聞いた。
一般にセクハラは「相手方の意に反する性的言動」と定義される。ちなみに、男女雇用機会均等法には「意に反する」の文言はない。
裁判では、(1)事実認定(セクハラ言動そのものがあったかどうか)に加え、(2)「被害者の同意」の有無(「意に反する」ものだったかどうか)も争点とされる。では、内心にかかわる部分はどう判断されるのか。
「たとえば、上司とあなたが二人で泊りがけの出張をしていたとします。ホテルをチェックアウトする早朝、上司が『ちょっといい?』と言うので、部屋に通すと、いきなり急に、あなたを抱きしめてベッドへ押し倒して来たら、どうしますか。」(圷弁護士)
「裁判所はこれまで、『通常の被害者』像なるものを掲げ、その場ではっきり『意に反する』ことをアピールしていないのは被害者の態度として不自然として、セクハラを認定しないことも少なくありませんでした。
一般的に、強制わいせつ行為にあった『通常の被害者』は、無我夢中で逃れようとするか、反射的に抵抗したりするはず、先程の例であれば、相手に部屋を出ていくよう求めたり、相手を非難する言動に出るのが通常なのに、そのような行動に出ていないじゃないか、などとするのです。
しかし、セクハラは、された方が「No」と言いづらいところに本質的特徴があります。上下関係や支配関係があれば、一層「No」と言いづらい。その後の仕事上の不利益や職場環境の悪化などを恐れるからです。
そのため、最近は、『性的言動=セクハラにあたる』ことを出発点として、『本件について特別に同意があった』と主張するなら、加害者側が立証してみなさい』とするスタンスが少しずつ定着しつつあります」
背景には社会学や心理学の知見の積み上げもある。たとえば、当事者間に、一見すると親密に見えるメール(「迎合メール」)のやり取りがあるのをどう見るか。二人きりの飲みを強いられた後に、今日はありがとうございました、楽しかったです、といった内容だ。
セクハラを主張された側は、こうしたメールがあるから大丈夫、同意はあったはず、と考えてしまうかもしれない。しかし、それは極めて危険だ。
なぜなら、労災認定の現場でも、セクハラ事案に関する留意点の一つとして、「被害者は、勤務を継続したいとか、行為者からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがある。このため、これらの事実から被害者の同意があったと安易に判断するべきではない」とされているからだ。
こうした変化を象徴する判例として圷弁護士は、2015年2月26日の「海遊館事件」最高裁判決を挙げる。
この裁判は、セクハラ被害者が原告となった訴訟ではなく、セクハラ言動を理由として懲戒処分された加害者が使用者を訴えたものだ。
内容は次の通り。大阪市の水族館「海遊館」は、男性管理職2人(X1、X2)の言動がセクハラにあたるとして、彼らを管理職から非管理職に降格するなどの懲戒処分にした。
処分理由は、女性社員に対し、X1は「俺の性欲は年々増すねん」などの発言を、X2は「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんな所で何してんの。親泣くで」」などの発言を、それぞれ繰り返したことだった。
これに対し、男性管理職2人は、処分が重過ぎるとして、懲戒処分の無効確認などを求めた。特にX2はセクハラに関する研修後、「あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよなぁ」と話していた。こうした言動はセクハラにはあたらず、コミュニケーションの一環だと考えていたようだ。
二審の大阪高裁は、「被害者から明白な拒否姿勢が示されていない」などとして、処分は行き過ぎと判断した。
それに対し、最高裁は、一般的に被害者は内心で著しい不快感や嫌悪感を抱きながらも、その後の職場の人間関係の悪化などを懸念して、抗議や抵抗を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと指摘。「明確な拒否がない=許されていると誤信」という主張も加害者側の有利な事情として考慮できない、と一蹴し、X1、X2への懲戒処分はいずれも違法ではなかったとの真逆の判断を下した。
「高裁と最高裁の決定的な違い、それは目線です。高裁は加害者側の目線にしか立っていません。加害者は嫌がられているとは思わなかった、だから無理もない。被害者だって、性的言動に『No』と言わず『意に反する』アピールをしなかったんだからしかたがない。そんな加害者を処分するのは不意打ちで気の毒、といったところでしょうか。
それに対し最高裁は、被害者目線にも立ったうえで、そもそもなぜ被害者が『No』と言えないのかという、セクハラの本質に正面から向き合い、高裁の判断をバッサリ切りました」
圷弁護士によると、この最高裁判決も「急に降って湧いたもの」ではなく、すでに高裁レベルでは存在していた見解だという。
「研修など行う際に、必ず紹介してきた2つの判決があります。1990年代後半に出された、『横浜事件(横浜セクハラ事件)』と『秋田事件(秋田県立農業短期大学事件)』、いずれもセクハラにあたらないとした地裁判決を逆転させた高裁判決です。
これらの判決で既に示されていた、『そもそも被害者はNoとは言えない』というセクハラの本質から出発した論を、20年の時を経て、最高裁がようやく正式に採用すると宣言してくれたと理解しています。
最高裁判決により、加害者が主張しがちな『(被害者)同意の抗弁』はそう簡単に通用しなくなったといえます。実務に与えるインパクトは極めて大きいです」
日本初のセクハラ裁判が始まったのは1989年のこと。以来、セクハラ被害の本質を裁判所に伝えようと試み続けた弁護士らのたゆまぬ努力、そして、今よりももっとセクハラへの理解がない時期に立ち上がった被害者の勇気が道を切り開いてきたと言えそうだ。
この最高裁判決以来、地裁でセクハラに当たらないとされたものが、高裁でひっくり返る事例が増えている。
たとえば、契約社員の女性が、グループ会社の管理職男性からのセクハラ行為を訴えた「イビデン事件」(名古屋高裁、2016年7月20日)。
地裁は、2人が元々親密な関係にあったと判断し、セクハラとは認めなかった。一方、高裁は女性が男性を遠ざけたがっていたのに、仕事上の上下関係から被害に耐えるしかなくなっていったと認定。男性の敗訴が確定した(最高裁では、高裁にて認めた親会社の責任に関する判断部分は変更したものの、セクハラを認めた判断部分は維持)。
また、航空自衛隊の非常勤職員だった女性が、管理職の男性からのセクハラを訴えた事件では、1審判決で30万円だった慰謝料が、2審で800万円に増額された(東京高裁、2017年4月12日。判決確定)。
この事件では、長期間にわたり性行為の継続を強いられるというセクハラ行為が2年近く続いた。圷弁護士によると、一度性的関係を持ってしまうと、「この前応じたのに、なぜ応じられないのか」と強くかつ執拗に迫られるケースが多いのだという。
加害者側は、性的接触の「実績」を積み重ね、要求をエスカレートさせていく。一方の被害者は「受け入れてしまった」という負い目もあり、一層拒絶しづらく、関係が続いてしまう。自責の念から相談そのものも躊躇し、関係はさらに長期化するという悪循環となる。
どうやって断ち切れば良いのか。圷弁護士は言う。「そのままでは、今のあなただけでなく未来のあなたも壊れてしまいます。加害者の行為を止めてあげるためにも、一刻も早く、セクハラ問題の専門家に相談してほしいです」
「『No』と言える日本」。1989年に出版された、当時のソニー会長盛田昭夫氏と石原慎太郎氏の共同執筆本のタイトルだが、日本人の多くはいまだに「No」と言えない。
ましてや、いまだ男性中心の職場で、キャリア形成のため奮闘する女性たちが、セクハラに「No」と言うことは、昇進の機会喪失や失職のリスクにつながりかねない。
先輩女性からも、「かわしてこそ一人前」とアドバイスを受けているケースも少なくない。いわゆる「生存バイアス」の問題だ。
「セクハラ加害者の中には、狙いすましてセクハラを行う『故意』犯と自覚のない『過失』犯がいます。前者の中でも、力関係を利用して『No』と言えない状況に乗じセクハラに及ぶ者はもってのほか。断罪されるべきです。
後者の中には、『自分は被害者から好意を持たれていた』と勘違いをする人もいますが、海遊館事件最高裁判決をみれば、基本、性的言動=セクハラに該当。そうした主張ももう通用しない時代に入った、と捉えるべきです。『仕事ができてすごいな』というビジネスマンとしてのリスペクトを、自身への恋愛感情と勘違いしてしまわないよう気をつけましょう」
力関係によっては相手が逆らえないのではないか。今、社会人に求められる素養とは、自分の感情のみを押し付けず、そういった想像力を持って相手に接することと言えそうだ。
「業務とはそもそも無関係な性的言動をされること。それは、受け手側からすると、仕事上のパートナーとして尊重されていない、単なる性的な対象、あるいははけ口して利用された、馬鹿にされた、という思いにさいなまれます。
『セクハラ、セクハラと騒ぐと、円滑なコミュニケーションもとれなくなる!』と言う方もいるかもしれません。しかし、海遊館事件最高裁では、こうしたX2さんの言動も、管理職として問題あり、とされました。特に管理職の方は、『昭和的コミュニケーション』から卒業し、性的言動に頼らない真のコミュニケーション力を養うべき時代に入ったと見たほうが良いでしょう。
社会人としてセクハラをしないという素養。昨今のハラスメント報道からしても、企業のみならず本人にとっても、リスクマネジメントの観点から、身につけねばならない必須の素養となりつつあるように思います」
セクハラをめぐる判断の変化は、裁判所だけでなく、労災認定にも見られるという。
セクハラを原因とする精神疾患の労災は、2011年まで年間1桁しか認められて来なかった。しかし、前述した「迎合メール」の評価方法など、セクハラ事案での留意点を盛り込んだ新基準が採用され、2012年以降は年間30件弱を推移、2017年過去最高の35件となった。
圷弁護士も、セクハラ労災事件に携わる弁護士仲間とともに、厚労省に働きかけるなど、基準の改訂に関与してきた。
「認定件数の数倍増加は嬉しいものの、労災扱いとされるべきものはもっと多いはず。セクハラ被害で病気になってしまった方はそこかしこに埋もれています。
何より、職場でセクハラ被害を生まないこと。1つめとして、大切な『人財』たる従業員をセクハラ被害者・加害者にさせない。トップがそう宣言しなければ何も変わりません。
2つめとして、新基準の示唆に富む留意点を含め、セクハラの本質を踏まえた、『自分事』にできる・考える研修を各職場で実施していただきたいと思います」
制度自体は少しずつ変化を見せている。人々の意識が追いつくのがいつになるかが問われている。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
圷 由美子(あくつ・ゆみこ)弁護士
2000年東京弁護士会登録。中央大学ロースクール兼任講師、「かえせ☆生活時間プロジェクト」発起人。担当に日本マクドナルド店長(名ばかり管理職)訴訟、北海道派遣社員労災不支給決定取消訴訟など。研修(国家公務員・地方公務員、弁護士会・司法書士会・社労士会、ハラスメント防止コンサルタント、企業など)、講演・執筆などを通じ、真の「働き方改革」を目指す。中1、5歳の母。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/