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東出昌大×唐田えりかが語る、濱口組『寝ても覚めても』で変化した演技への意識

2018年09月01日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 5時間越えの大作『ハッピーアワー』でその評価を確実なものとした濱口竜介監督の商業映画デビュー作『寝ても覚めても』が9月1日より封切られた。芥川賞作家・柴崎友香の同名小説を原作に持つ本作は、同じ顔をした2人の男ーーミステリアスな自由人の鳥居麦と実直なサラリーマンである丸子亮平ーーの間で揺れ動く1人の女性・泉谷朝子の姿を描いた恋愛映画だ。


参考:蓮實重彦が「日本映画はその第三の黄金期へ」と絶賛 濱口竜介『寝ても覚めても』著名人コメント


 今回リアルサウンド映画部では、麦と亮平の一人二役を務めた東出昌大と朝子を演じた唐田えりかにインタビュー。濱口監督の独特な演出方法や、お互いの印象などについて語り合ってもらった。


ーー東出さんは何年か前から濱口監督と一緒に映画をやろうと話していたそうですね。


東出昌大(以下、東出):4年ほど前からお話はお伺いしていて、『寝ても覚めても』をやるということは決まっていました。ただその当時は、濱口監督のお仕事の兼ね合いや僕自身の他の仕事の兼ね合いもあり、1年半ほど前に動き出して、オーディションで唐田さんがヒロイン役に決まり、進んでいった形だったと思います。


唐田えりか(以下、唐田):オーディションは、濱口さんと世間話をするような形式でした。そこで「演技に対してどう思いますか?」と聞かれて、正直に「あまり楽しくないです」と伝えたら、ワンシーン分の脚本を渡され、「感情を一切入れずにただ文字だけを読んでください」と言われたんです。それだけのオーディションだったので、私自身はあまり手応えを感じないまま終わってしまったのですが、受かったと聞いたときは、うれしい気持ちを通り越して真っ白になってしまいました。


ーー濱口監督にはどんな印象を抱いていましたか?


東出:濱口監督の前作『ハッピーアワー』が公開されたときには、すでに『寝ても覚めても』に出演することが決まっていたので、自分が濱口組に入るとわかった上で作品を観て、愕然としました。出演者の皆さんが“台詞”ではなく“言葉”を喋っていたので、こんな演技を演出できるってどういうことなんだろう……と。自分自身も役者になった以上、それなりの自負というか、『ハッピーアワー』での皆さんの“生きた演技”に、嫉妬や愕然とする思いを抱きました。


唐田:皆さん本当に“演じていない”というか、“その人でしかない”。それを濱口さんが“ただ”撮っている。その“ただ”が凄いなと。私はちょっと“怖い”と思ってしまうぐらいでしたね。


ーー2人ともどちらかというと構えて濱口組に入ったわけですね。


唐田:ただ、『ハッピーアワー』を観てものすごく驚いたのは事実ですが、同時にすごく楽しみにもなったんです。どちらかというと、早くあの空間に行きたいなという楽しみな気持ちの方が大きかったです。


東出:僕は『ハッピーアワー』のワークショップの内容が綴られた『カメラの前で演じること』も読んでいたので、最初から濱口監督の演出方法をすべて体現するのは難しいだろうなと想像していました。当時役者をして5年で、いろいろな現場も経験をさせていただいていたので、全く現場経験がないよりも飲み込みは早いのかなと思っていたんです。だけど、いざ現場に入ってみると、自分の中で常識となっていたものが、逆にサビのようになった印象を受けて、本当に何も知らない素直さが濱口組にとって絶対条件だったんだなと感じました。それだけ濱口監督の演出方法は、今までの価値観を180度変えるものでした。


ーー今回もワークショップはやられたんですか?


東出:はい。内容は主に『ハッピーアワー』のときと同じで、ニュアンスを排して、台詞をひたすら繰り返しで読むというものでした。それ以外にも、『ハッピーアワー』の劇中に出てきたような、手や頬を触れる身体接触というものもやりましたね。


唐田:濱口監督は「一に相手、二に台詞、三四がなくて、五に自分」ということをすごく言われていましたね。


ーー朝子、亮平&麦というキャラクターをそれぞれどう捉え、どう演技に昇華していこうと考えたのでしょう?


唐田:私は初めて脚本を読んだときから、朝子がものすごく自分自身だと思えたんです。朝子の行動に対して、一つも疑問を感じませんでした。自分が演じる役柄にこんなに感情移入ができたのは初めてだったので、ものすごく運命的なものを感じました。


ーーわりと自身と近い部分が多かったと。


唐田:そうですね。「朝子が自分自身だった」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、そのままでいれましたし、ほとんど同じだった気がします。


東出:僕は亮平と麦という二役を演じるにあたって、最初は自分の中でああしようこうしよう、ビジュアル的にこういう差異を付けていこうという考えがあって、ワークショップの時に、その両方のお芝居をやったんです。そしたら、濱口監督が「東出さんという楽器からそれぞれの台詞が出てくれば、ちゃんとそれぞれのキャラクターに見えるから、仕草を変えようとか纏う空気を変えようと思ってお芝居をしないでください」とおっしゃっられて。それはすごく意外だったのですが、言葉を分解して意味を考えて、こういう役だろうと先入観を持って自分の中で作ったものをやると、やはり濱口監督の理想とする、相手に反応するだったり目の前のことを信じることだったりができず、“本当の台詞を喋れない”という大前提に立ち返ってしまうということだったのかなと。


ーー“演じること”をあまり意識しないというか。


東出:テストでもニュアンスを抜くんです。「本番で初めて感情を入れてください」と。しかも、ひとつのシーンでカメラポジションを変えるときでも、「動きを繋げようと思わなくていいです」と言うんです。編集点を考えたときに繋がらなかったら撮り直しになるので、それってある意味ものすごい博打だなと。それでも、濱口監督はたった1回のナチュラルに出るお芝居に賭ける。それがとても印象的でした。


唐田:私は周りの人から「濱口監督の演出は変わっている」と聞いていたのですが、自分自身まだ演技の経験自体が浅いので、“変わっている”というよりかは“特別”な感じがしました。


ーーオーディションで「あまり楽しくない」と答えた演技に対する考え方は変わりましたか?


唐田:そうですね……。まだ本当に楽しいと思えているわけではないのですが、すごく前向きになれました。それまでは本当に演技に対しての苦手意識が強かったし、やりたくないと思うこともあったんですけど、今は“楽しいと思いたいからやりたい”という意識が強くなりました。


ーー役者として得るものを大きかったと。


唐田:私は現場でずっと東出さんに甘えてばっかりだったので、本当に東出さんに支えていただいたなという気持ちが強いです。私はただ頼らせていただいて、そのまま進んでいったというか。東出さんには本当に助けてもらいました。


東出:いや、それはお互い様ですよ(笑)。でも、キャストみんな仲良かったというのもあるし、みんなで食事をしているときに、「これだけ共演者が仲良くなれるのっていうのは、濱口監督の作品に対する無垢な愛があるからだよね」という話になって。濱口監督自身がすごく純粋なので、共演者同士も競い合うことなく、みんな同じ方向を向いて進んでいけるんだなと思いました。唐田さんの魅力は“素直さ”だと思うんですけど、その先に一本芯の通った“頑固さ”があるんです。唐田さんが朝子役に決まったからこういう朝子になったんだし、朝子あっての『寝ても覚めても』なので、唐田さんの魅力がそのまま濱口組の『寝ても覚めても』の魅力になっていると思います。


唐田:そんなうれしいお言葉ありがとうございます。


東出:また違う役で他の現場でお会いして、全然違う人間性になっていたら怖いですけどね(笑)。そしたら「そんなに二面性あったの!?」と、「根っからの女優だね」ということになるかもしれません(笑)。(取材・文・写真=宮川翔)