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「裁量労働制」ザル運用が明らかに、違法適用の疑いが続出「拡大の前にルール厳守を」

2018年09月01日 11:02  弁護士ドットコム

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違法適用の疑いが285事業場ーー。厚労省が8月7日に公表した「裁量労働制」の自主点検の結果だ。


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裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ取り決めた時間分働いたと「みなす」制度のこと。「企画業務型」と「専門業務型」の2タイプがあり、適用できる業務が決まっている。


しかし、この285事業場については、対象外の業務をさせていたという。また、ガイドラインでは、企画業務型について「少なくとも3年ないし5年程度の職務経験」を経たうえで、一定の知識・経験等を持っていることを目安としているが、33事業場で守られていなかった。


この調査は、制度を適用している1万2167事業場が回答したもので、全体からすれば違反は少数だ。ただし、「自主」点検なので実際の違反数はもっと多いと考えられる。


裁量労働制は、適切に運用されれば、労働の柔軟性を高めうるが、実際には残業代の抑制などにも使われている実態がある。政府は、企画業務型の対象を法人営業に拡大したい考えで、今後の国会の争点にもなってくる。


今回の調査結果をどう受け止めたのか、梅田和尊弁護士に聞いた。


●過労死が起きた野村不動産問題がきっかけ

「今回の自主点検は、野村不動産の違法行為に対して、東京労働局が特別指導したことがきっかけになっています。野村不動産では、企画立案などの業務を対象とする『企画業務型』の適用対象社員に、営業などの対象外の業務をさせていました。


なぜ、こうしたことが起こるかと言えば、裁量労働制には、いくら働かせても給料が同じ『定額働かせたい放題』という側面があるからです。


裁量労働制は、実際に働いた時間にかかわらず一定の時間働いたものと『みなす』制度です。つまり、労働者が実際に10時間働いても12時間働いても、たとえば、8時間働いたものとみなされます。


本来であれば、8時間を越えて働いた場合には、その時間に対応した割増賃金が支払われなければなりませんが、8時間働いたとみなされた場合には、その支払が不要になります。


これでは、労働者の健康や生活が脅かされてしまいます。そのため、裁量労働制を会社が使うためには、法律、規則、指針で定められた厳格な条件を守らなければなりません」


●厳格な条件が守られていない

「しかし、今回の自主点検の結果からは、そうした『厳格な条件』が守られていない実態が垣間見えます。


たとえば、自主点検の結果、改善が必要と考えられる事項の中には、『個別の営業活動など、対象業務以外の業務に就かせている』『対象労働者の業務に対象業務以外の業務が含まれている』というものがあります。


これは最初に述べた野村不動産のパターンです。法律で裁量労働制を適用できる対象業務が明確に定められているのに、これに違反しているパターンで、残業代の支払を免れるために脱法的に裁量労働制を利用していると考えられるケースかと思います。


また、裁量労働制であっても、(1)労使で決めるみなし時間が法定労働時間(1日8時間)を越えていれば、36協定の締結や割増賃金の支払が必要となりますし、(2)深夜労働や法定休日労働をさせた場合には、それに対応した深夜割増賃金や法定休日労働割増賃金を支払わなければなりません。


ところが、自主点検の結果では、これらの36協定が未締結であったり、割増賃金が支払われていなかったりという問題も表れています。


更には、(a)みなし労働時間と労働時間の状況が相当程度乖離している、(b)最長の者の労働時間の状況が相当程度長いと回答している事業場もあり、裁量労働制が長時間労働をもたらす危険性が高いことも示しています」


●「労働者対象アンケート」と「自主点検の結果」に大きな乖離

「これらの違反を示す事業場の割合は数%程度という結果のようですが、自主点検であるため、実際の違反数はもっと多いと考えられます。


たとえば、自主点検結果では『日常的に上司が具体的な指示をしたり、業務遂行の手段について指示する場合がある』、『始業・終業時刻を定めており、それを遵守させる場合がある』、『業務量が過大であったり、期日の設定が不適切』の項目について違反を示す事業場の割合が2.5%とされています。


しかしながら、第111回労政審労働条件分科会に提出された、労働者を対象とした『裁量労働制に関するアンケート調査』をまとめた資料では、『一律の出退勤時刻がある』と回答した労働者の割合は、専門業務型で42.3%、企画業務型で50.9%とされており、自主点検の結果とは全く異なる結果となっています。


政府は、今通常国会で撤回に追い込まれた『裁量労働制の適用対象業務の拡大』を内容とする法案について、新たな実態調査をしたうえで審議をやり直し、再提出すると言っています。


しかしながら、裁量労働制は残業代不払いのための脱法として用いられることがあり、また、そこまで悪質でなくとも労働者の健康や生活を守るために法律で定められた条件が遵守されていないというのが現状です。


法律を変えて裁量労働制を使える範囲を広げるよりも前に、まずは、今ある裁量労働制に関する法律をきちんと守らせることが第一に必要であると考えます」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
梅田 和尊(うめだ・かずたか)弁護士
2004年弁護士登録、第二東京弁護士会、日本労働弁護団常任幹事。労働問題全般を取り扱う。著書に「会社で起きている事の7割は法律違反」(朝日新書・共著・2014年)など。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/