2018年08月30日 08:42 弁護士ドットコム
大ヒット映画「カメラを止めるな!」に盗作疑惑が浮上して、物議をかもしている。きっかけは、8月21日発売の週刊誌「FLASH」(光文社)の記事だ。この中で、作品の原案としてクレジットされた劇団「PEACE」を主宰していた和田亮一氏が、「著作権の侵害だ」とうったえたのだ。
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「カメラを止めるな!」は今年6月下旬、都内にある2館で封切られた。そのあと、SNSなどで口コミが広がり、現在は全国200館ちかくまで、拡大上映している。制作費が300万円という低予算だったほか、斬新なアイディアが「おもしろい」と話題をさらった。そんなところに浮上したのが「盗作疑惑」だ。
和田氏の主張によると、「カメラを止めるな!」は、和田氏ともう1人の人物が脚本を担当した舞台「GHOST IN THE BOX!」がもとになっている。「構成は完全に自分の作品だと感じた」(「FLASH」より)。「FLASH」によると、原作の表記がないことや、許諾をとらなかったことなどから、著作権の侵害だとして、和田氏は訴訟の準備をすすめているという。
一方、映画製作をてがけた「ENBUゼミナール」は8月21日、映画公式サイトで、「FLASH」の報道内容について「不正確なものだ」という声明を発表。舞台から「着想を得た」という経緯については認めながらも、「法的に『著作権侵害』が生じていたり、舞台を『パクった』という事実はない」と反論している。
こうした状況を受けて、テレビやインターネットでは、「カメラを止めるな!」が著作権侵害にあたるのかどうか、議論沸騰した。大ヒット作であるだけに、今後の動きに注目があつまりそうだが、これまでの議論についてどう感じたのか、著作権にくわしい福井健策弁護士に寄稿してもらった。
「『カメラを止めるな!』の盗作疑惑は、すでに優れた論考を含めて、議論は出尽くした感がある。そこでこれまでの議論から感じたところを書いておこう。
その1、『原案』か『原作』か。『今回はどっちだ』といった点に関心が集まっているが、多くの方が解説している通り、いずれも法律用語ではない。
・映画「カメラを止めるな!」は「パクリだ」と週刊誌報道、弁護士の見解は?(ハフポスト日本版)
https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/22/kametome-genan-gensaku_a_23506910/
・「カメラを止めるな!」盗作騒動の法的な論点(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/234964
『人の著作物を利用(≒翻案)しており、そのため法的には許可が必要な場合』には、『原作』と表記することが多く、単に『アイディアを提供して貰ったり借りたりしているなど、翻案にあたらないので法的には許可は不要な場合』には、『原案』と表記することが多い、という程度に過ぎない。
つまり、どちらかと言うと、『原作か原案か』は帰結であって、原因ではない。しかも、現場の話し合いや事情でも左右される。あくまでも大事なポイントは、法的な許可が必要な『翻案』があったか(≒無断でやったら侵害か)である」
「その2、許可が必要か(=侵害か)。これについては『創作的な表現』が借りられて初めて侵害であり、たとえば、『ありふれた表現』や『アイディア』を借りただけなら、侵害ではない。法的には、許可は不要だ。
ただし、何をもってアイディアの借用といい、どのレベルだと表現も借りたことになるか、つまり、『アイディアと表現の境目』は世界的に、長年の大論点だ。これだけでも一冊本が書けてしまう。
というのも、あれもこれもアイディアと呼べば、たいてい何を借りてもOKになって、いわばパクリ天国になるし、逆にあれもこれも表現と呼んでは、何を参考にしてもNGになって、新しい創作などできないからだ。
よって、本来は、元になった舞台作品(やその脚本)を読んで、しっかり見くらべないと法的な結論など出せるはずがない。この点、元の作品を見ずに『侵害』『非侵害』と断言するような意見は、さすがに言いすぎだろう。
ただし、栗原潔弁理士の論考(https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20180823-00094178/)にもくわしい通り、一般的傾向として、裁判所の侵害のハードルが高いのは事実だ。
実際、特にストーリーやエピソードの類似について侵害を認定した裁判例は、過去にもごく少なく、多くは『アイディアやありふれた表現の類似に過ぎないので非侵害』という結論となっている。したがって、『断言はできないが、侵害と判断されるハードルは高い』という解説は穏当だろう」
「その3、類似点のリストについて。この関連で、当初疑惑を報じた『FLASH』の報道ぶりは、ある種典型的で、『特に似ている点のみを列挙したリスト』を掲載するものだった。ただ、これをやると、たいていはすごく似て見えるので要注意だ。たとえば、かつて拙著で『ロミオとジュリエット』と映画『ウェスト・サイド物語』の類似点を紹介した。
(1)少年と少女が対立するグループに所属している
(2)ふたりは舞踏会(ダンスパーティ)で出会い、一目で恋に陥り、キスをする
(3)その夜、ふたりはバルコニー(非常階段)で会い、想いを確かめ合う
(4)翌日、少女と少年はふたりだけで結婚式を挙げる(ふりをする)
(5)少女には、家族の決めた婚約者がいる
(6)グループ間の抗争の中、少女の従兄(兄)が少年の親友を刺殺する
(7)それは、少年がふたりを制止しようとしている隙に起きた
(8)激高した少年は、少女の従兄(兄)を刺殺する
(9)殺害が原因で、少年は身を隠す
(10)少女は少年と運命を呪うが、やがて少年との愛を貫く決意をする
(11)逃亡中の少年が少女を訪れ、ふたりは結ばれる
(12)少年の許に少女と落ち合う方法を知らせる使者が送られるが、手違いでそのニュースは届かない
(13)代わりに少年には、少女が死んだという虚偽の報がもたらされる
(14)この虚偽の知らせが原因となって、少年は死ぬ
(福井健策『著作権とは何か』p95より)
どうだろうか。両作品を知らない人間がこの表を見たら、『この映画を作った奴、絶対やってるな。無許可とかありえんだろ』となるのではないか。現実に、たしかに『ウェスト・サイド物語』は『ロミオ・・・の現代版』と着想して作られたのだが、実際に見た方の多くは、両作品はかなり(あるいは全く)違う作品だと感じるはずだ。というか、後者は最初から踊っている。
無許可なら侵害だったかと言われれば、(どうせシェイクスピアの権利は切れているが)裁判所はそうは判断しない可能性も大ありだ。類似点リストだけで判断しては不十分なのである。
類似点だけが報じられて、『似すぎ』という印象が一気に拡散する事態には、気をつけたい。『主な相違点』も同時に挙げないと、単に炎上を煽っているだけになりかねない」
「その4、この関連で、侵害されたかが問題になる元作品とは『舞台脚本』か『舞台公演』か。また、その著作者は誰か。
まず、舞台脚本が著作物となるのは、ほぼ確実だろう。舞台公演については、面白い論点があり、最近、別の特集記事で述べたので、興味のある方はそちらを参照してほしい(http://www.saison.or.jp/viewpoint/pdf/18-07/viewpoint83_fukui.pdf)」
「その5、損害額について。万一、映画側が裁判で負けた場合、映画の利益(ここでは興行収入マイナス制作費・興行・配給料)が賠償額になるので巨額化する、という発言が見られたが、少し違う。
たしかに著作権法には、『侵害側がそれによって得た利益を損害額と推定する』という規定はある(同114条2項)。だが、賠償額の決定においては当然、侵害行為とその他の要素の利益に対する寄与度は見るので、たとえば映画の利益に対する原作の寄与度が10%で、監督やキャストや企画宣伝などその他の要素の寄与度が90%だとみなされれば、賠償額は利益の10%となる。さすがに映画の利益全額とは考えにくい」
「最後に、関係者はどうすべきだったか、また今後どうすべきか。
仮に、翻案ではないとしても、クレジットなど、関係者への配慮は大事だろう。ただ、その点については、経緯が錯綜しているので立ち入らない。しかし、今後目指すべきゴールははっきりしている。『この映画を止めてはならない』だ。
私も騒動前に見たが、周到な準備と子どもじみた熱量を両立させた良い映画だと思う。紛争案件となっては、海外展開などにも支障が生ずるだろう(『ハリウッドが敬遠すればしょうもないリメイクをされなくて済む』という安心もあるが・・・)。
当初の舞台が、映画の成立に大きく貢献したことは争いがないようだ。侵害・非侵害の交通整理はしつつも、関係者間で理解を得て和解し、作品が今後も生かされていくことを願いたい」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
福井 健策(ふくい・けんさく)弁護士
弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授。内閣府知財本部委員ほか。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「誰が『知』を独占するのか」(集英社新書)、「ネットの自由vs.著作権」(光文社新書)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com