2018年08月26日 08:11 弁護士ドットコム
お茶の水女子大(東京都文京区)が、戸籍の上では男性でも自らの性別を女性と認識する「トランスジェンダー」の学生を2020年度から受け入れると決めたことは、大きな反響を呼んだ。発表から1カ月強が経ち、弁護士ドットコムニュース編集部では8月22日、室伏きみ子学長にインタビューを実施。その真意やトランスジェンダーに対する社会の理解度などについて聞いた。
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ーートランスジェンダーの受け入れを決めた理由を改めて教えてください
「実はトランスジェンダーの方から、お茶の水女子大で学びたいという声が何度か過去に寄せられましたが、『戸籍上の女子」でないといけないということで、お断りしてきました。
ただ、近年、性別に関する研究が進み、社会の理解も少しずつですが広がってきたと感じています。国も子どもたちへの性自認に関する配慮が必要だという考えです。そこで、トランスジェンダーの方も『女子』という枠組みに入れるのは自然だろうと考えました」
ーー7月10日に会見で発表してから1カ月強が経ち、どんな反響が寄せられていますか
「いろいろな好意的な意見を寄せてもらっています。海外の大学も含め、大学関係者からの反響があり、力になっています。先日、国際交流協定の関係の仕事で台湾に行った際、同窓会を開いたらこの話題になりました。
卒業生からは『大学がこういった決断をして公表をしたことは誇りに思う』と言ってもらいました。幸いなことに、教職員や学生、同窓会、保護者たちから反対の声はひとつも出ません。トランスジェンダーの当事者の方からも『嬉しい』と言った声が寄せられたそうです。
学生たちは前向きで、そういった多様な環境があるのは自分たちにとってもいいことだと言ってくれています。いわゆる多様性を包摂した大学で育つことで、社会に出てからも色々な価値観の中で自己を確立して動いていけると思います」
ーー会見では多くの報道陣が集まりました
「それには本当に驚きました。我々はこれまで文科省記者クラブに何か取材案内を入れても、せいぜい数人くらいからしか反応がないのが、7月10日の会見には60人以上が来て、テレビカメラも6台ありました。後にも先にもこんなことはないでしょう。社会に良い影響を与えているのかなと感じました」
ーー2020年度から受け入れ予定というスケジュールなのですね
「はい。もちろん合格すればですが、2020年4月に入学するときに、トランスジェンダーの学生が入ることになります」(試験は2020年2月または3月の受験を想定)
ーートランスジェンダーの受験生には事前に申請をしてもらうことを想定しているそうですが、今後はどのような準備を進めていきますか
「トランスジェンダーの学生を受け入れるための委員会が8月1日に正式に発足しました。その中で、今後検討すべき事項を洗い出して細かく決めていく予定です。
入っていただいた後で、戸籍の上で女子である学生とは異なり、例えば協定を締結している他大学の行事に参加できないといった場合もあるかもしれない。同じ待遇を受けられない場合もありうるということは知っておいてほしいと思います。ただ、大学としてのできる限りの支援はするつもりです」
ーー学長自身、トランスジェンダーの方と接した経験はありますか
「私は30年前にニューヨークに留学していた際、あちらには結構そういう方がいました。最初は『そうなんだ』と驚きましたが、だんだん慣れて友達にもなりました。肌の色が違ったり、性的な考え方が違ったりすることが当たり前なんだなと感じたのを覚えています。
また、実際にトランスジェンダーの若い方のお話を聞いた際に感銘を受けました。その方は『心は女性で、女性として生きたい。ぜひお茶の水で学びたい』ということで、ひたむきな気持ちを持っておられました。こういう方々を支援したいなという気持ちになりました。
いまの日本はかなりの男性社会です。(その方は)その中で女性はいかに生きるべきか、女性の活躍をどう支援すべきかという視点で学問をやっていきたいという話でした」
ーー日本社会での理解度は十分だと感じていますか
「日本の中で理解は進んできていると思いますが、まだまだバイアス(偏見)もある。そういうところを改善するのも我々の役割だと感じています。
日本社会では残念ながら、皮膚の色が違う子どもがいじめの対象になってしまうように、違いがはっきり見える人に対して寛容ではありません。そういった偏見や差別はあってはいけないことと気づいていけば、世の中は変わると思います」
ーーお茶の水女子大の決断は他の女子大にも影響を与えそうですね
「現在、津田塾大、東京女子大、奈良女子大、日本女子大でそれぞれ検討していて、近いうちに実施することになるでしょう。我々が最初にトランスジェンダーの受け入れを検討する必要があるだろうと動き出したのが2015年でした。我々の決定が、他の女子大への後押しになればいいと思っています」
ーー今回の決定で、お茶の水女子大学への寄付などの支援が今後増えるかもしれません。大学の認知度が良い意味でさらに高まったでしょうか(寄付には税制上の優遇措置あり)
「そうですね。国立の女子大学のミッションというか、どうあるべきかということは時々話題になります。現在の社会で様々な課題が残っている中で、こうしたことを実践するのは意味があると思っています」
【プロフィール】室伏きみ子、埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。お茶の水女子大理学部卒業、東京大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。専門は細胞生物学、生化学、科学教育
(取材:弁護士ドットコムニュース記者 下山祐治)早稲田大卒。国家公務員1種試験合格(法律職)。2007年、農林水産省入省。2010年に朝日新聞社に移り、記者として経済部や富山総局、高松総局で勤務。2017年12月、弁護士ドットコム株式会社に入社。twitter : @Yuji_Shimoyama
(弁護士ドットコムニュース)