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虐待死を防ぐために「しつけと暴力は違う」「親のメンタル面のケアを」NPO団体が提言

2018年08月25日 08:52  弁護士ドットコム

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今年3月に東京・目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が、両親からの虐待を受けて死亡した事件。結愛ちゃんは生前、朝4時に一人で起床し、ひらがなの練習をしていたが、そのノートに綴られた「もうおねがい ゆるして」という文章は日本中に衝撃を与えた。


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児童虐待を防ぐために何をすればよいのか。「子ども虐待のない社会」の実現をめざして活動するNPO法人「児童虐待防止全国ネットワーク」の理事長・吉田恒雄さんに聞いた。(ライター・高橋ユキ)


●予防をしっかりやらなければ、虐待は防げない

ーー「児童虐待防止全国ネットワーク」では2001年の設立以来「子どもへの虐待のない社会の実現」などを目指し、児童虐待の理解者を増やすためのオレンジリボン運動や、法律の見直しを訴えるなどの活動をしてきました。目黒の事件についてはどう捉えていますか


「本当に悲惨な事件でしたから、世論が大きく動きました。7月には児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議が開かれ対策がまとめられましたが、一過性の関心の高まりに終わらないようにしたいです。


政府がまとめた児童虐待防止の緊急対策では、児童相談所の相談員である児童福祉司を増員することが決まりました。しかし数が増えても、質がどこまで保てるかという問題も出てきます。早急な質の向上が必要となります。


虐待の原因をしっかりさせたうえで対応策を考えなくてはいけません。緊急対策は、児童虐待がある段階で『介入する』際に関わる内容であり、予防のための措置ではありません。私はもっと予防をしっかりやらなければ、虐待のない状況にならないと思います」


●2016年度に相談件数は12万件超、暗数も相当ある

ーー今回の事件はどうすれば防げたと思われますか


「もともと一家が香川に住んでいて東京に引っ越した時に、引き継ぎがあったはずですが、それがうまく伝わっていたかどうか。さらにいうとその前に、児童相談所からの家庭引き取りを認めてしまったことが良かったのかどうか。


それからもう一つはそのケースに対する対応、伝えかたの問題として、品川児童相談所にしっかり伝わっていたか。アセスメントの問題と情報提供の問題とがあります。例えば、忙しくて読む暇がなかったとか、その趣旨が正しく現場で理解されていなかったなど色々事情があるかと思います」


ーー毎年、現場ではどのくらいの件数を対応しているのでしょうか


「2016年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の対応件数は12万件を超え前年度を大幅に上回りました。相談対応件数は年々増えていますが、暗数も相当あると思われます。日本小児科学会の推計では国内で虐待で死亡した可能性がある子どもは毎年350人程度にのぼるといわれています。


『チャイルド・デス・レビュー』といって、不審な死を遂げた児童全件について記録、検証する試みも広がってきました。全件について調査すれば、虐待が発覚するケースもあると考えられています」


●暴力としつけの違い、メンタル面に不調を抱えた親のケアを

ーー根本的な「虐待の予防」のために必要なことはなんでしょうか


「ひとつ目は、暴力としつけの違いを認識し、子育てで暴力を使わないよう意識を変えていくことです。虐待死のケースでは『しつけのつもりだった』という親の供述がよく出て来ます。しつけとして暴力を振るったり、食事を与えなかったりしていた。しつけではなく暴力によって子どもをコントロールしているだけです。まず意識を変えることが必要です。


ふたつ目はメンタルに不調を抱えた親のケアです。一時的に親御さんの判断能力が低下して、子どもの首を絞めてしまった事件も起こっています。メンタルというのは精神疾患だけではなく、産後うつ、さらには人格障害や知的障害などの障害も含みますが、ハンデを抱えている親御さんの子育てを、特に地域で見守っていく必要があります」


ーー当事者からの「SOS」を待つだけでなく、社会の方も積極的に手をさしのべた方が良いということですね。社会全体が親だけに「しっかり子育てすること」を強いる空気感があり、他人にSOSを出しづらくなるように思えます


「そう思います。親に第一義的な養育責任があります。だからしっかりしろ。近頃の親はけしからん、などと言うけれども、しっかりしたくてもできない人がいるんです。また普段できても、できなくなることもあります。


私たちのサイトには児童相談所につながる電話番号『189』の案内を掲載しています。虐待かな、と思った時の連絡先であると同時に、子育ての悩みなども聞いてくれます。


また国も妊娠期から子育てまで切れ目なくサポートを行うため『子育て世代包括支援センター』の全国展開を目指しています。ここでも例えば子育てに困っている人の相談や、その相談に応じて、適切なアドバイスが受けられますよ」


【取材協力】吉田恒雄さん:児童虐待防止全国ネットワーク理事長。駿河台大学学長。児童虐待防止全国ネットワークでは「子ども虐待のない社会の実現」を目指す『オレンジリボン運動』を展開し、児童虐待をめぐる法律の改善を求め続けている。


【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「暴走老人 犯罪劇場」(高橋ユキ/洋泉社)など。好きな食べ物は氷。


(弁護士ドットコムニュース)