ポコノ・レースウェイで開催されたインディカー・シリーズ第14戦ABCサプライ500では大きなアクシデントがあった。
7周目のターン2でライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)のインにロバート・ウィケンス(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)が並びかけタイヤ同士が接触し、両車がクラッシュ。
宙に舞ってキャッチフェンスに激突したウィケンスのマシンはモノコックを残して、あとはすべて飛び散った。衝撃的なアクシデントだった。しかし、ウィケンスは着地も裏返しにはならず、モノコックだけになった状態で誰もハードヒットしなかったのが不幸中の幸いだった。
インディカーのセーフティクルーが現場に駆けつけた際に意識もあり、アレンタウンのリーハイバレー病院へと搬送された。徹底的な検査の結果、カナダ出身ルーキーは胸部脊髄をはじめとする数カ所の骨折、肺への打撲などの重傷を負い、翌日以降に手術が行われた。
ウィケンスの負傷がこの程度で済んだのは、インディカーのモノコックの堅牢さと、コクピットを取りまくクラッシャブル・ストラクチャーの進歩が続けられてきているからだ。
■2018年から新エアロキット導入で安全面を強化
今年から採用されているユニバーサルエアロキットでは左右からの衝撃を吸収するようサイドポッドが前方に伸ばされ、サイドポッド下のアンダートレイもより強固な構造が採用されている。
インディカーにはインディアナポリスやポコノのようなスーパースピードウェイでのレースがあるため、もう随分と前から安全に対する考え方は非常に進歩的で、ドライバーだけでなく、観客の安全も考慮したアイデアが次々と投入されている。
アクシデントでもっとも危険なのはドライバーの頭部へのインパクト。救出時にドライバーをコクピットから引き摺り出す際に逆にダメージを与えてしまうことがないよう、インディカーでは、まずドライバーの頭部がどれだけの衝撃を受けたか、ドライバーの頭部がアクシデント時に動いた距離とスピードを感知するセンサーを開発した。
速いスピードで動いているほど脳への衝撃は大きくなるからだ。そのセンサーはドライバーが装着するイヤーピースにマウントされており、セーフティクルーの中のドクターが現場でそのデータにアクセスし、ベストの救出法を選ぶ。
ウィケンスの救出に時間がかかったのも、頭部及び頸部へのダメージが考えられたため、ネックブレースを装着し、脳をできる限り動かさないよう慎重に引っ張り出す作業が行われたからだ。
今やほとんどのカテゴリーで使用されているHANSデバイスもアメリカで開発されたもので、インディカーはいち早く採用した。
インディーカーはヘルメットを取り囲むようにコクピット内側に衝撃を吸収するパッドがグルっとマウントされている。2015年のインディ500ではサスペンション・アームがモノコックを貫通してドライバーにダメージを与えたため、サスペンションピースが突き刺さりにくくなるよう出っ張りが設けられた。その他にも、ホイール&タイヤ、ウイング、ノーズピースなど、多くのパーツはアクシデント時にも飛散して観客席に飛び込むことがないようテザー(強靭な綱)でマシンに固定がされている。
F1はドライバー保護のために今年からHALOを導入しているが、インディカーは戦闘機のキャノピーに使用されている強固で軽量の素材を利用した背の高いウインドウスクリーンを現在開発している。
■ハイスピードのオーバルバトルを支える技術
コースの安全性向上も日々進められている。もっとも大きな進歩をもたらしたのはインディアナポリス・モータースピードウェイが開発に携わったSAFERウォールだ。
鉄製レールをコース側に並べ、その背後に発泡スチロール系素材を配する構造は、ヒットするマシンの衝撃を吸収しながら、マシンの急激な減速を防ぎ、ドライバーの身体に大きなダメージを与えることを防いでいる。
ウォールの上に設置されるキャッチフェンスも、金網はコース側、支柱を外側に配するよう多くのコースが改修を行なって来ている。フェンスの上部はマシンをコース外へと飛び出させないよう(ドライバー自身の安全と観客の安全のため)コース側に湾曲させたデザイン。金網がコース側にあることで、マシンがパイプに衝突してマシンが急激に減速することが避けられている。
今回のアクシデントではフェンスを支える支柱の一部が破壊され、2時間をかけて溶接作業などの修復が行なわれたが、その作業の不完全さをセバスチャン・ブルデー(デイル・コイン・レーシング)は非難し、リスタートをするか大いに戸惑っていた。
彼は昨年のインディ500予選で瀕死の大事故を起こしているため、コースの安全性に関する意識が多くのドライバーより高いのだ。同じ場所で同じような事故が起これば、空を飛んだドライバーはフェンスを突き破り、ウィケンス以上の悲惨な事態に見舞われていた可能性を心配してのことだった。
ハイスピードバトルが魅力のひとつであるインディカー・シリーズ。過去の悲惨なアクシデントを経験として今も安全対策を進化させている。