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アレサ・フランクリンはソウルとポップス繋ぐ架け橋だったーー高橋芳朗が音楽家としての功績を解説

2018年08月23日 12:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ”クイーン・オブ・ソウル”と称されるアメリカの女性ソウルシンガー、アレサ・フランクリンが8月16日、ミシガン州デトロイトの自宅で亡くなった。76歳だった。


参考:オルタナティブR&Bからパワーポップバンドまで 高橋芳朗が気になる新鋭女性アーティスト5選


アレサ・フランクリン『ベリー・ベスト・オブ・アレサ・フランクリン VOL.1』(ワーナーミュージック・ジャパン)
 アレサ・フランクリンは、テネシー州メンフィス生まれのデトロイト育ち。牧師の父を持ち、幼少期からゴスペルを歌っていた。1961年にデビューしてからは「Respect」や「(You Make Me Feel Like)A Natural Woman」など、数多くのヒット曲を世に送り出し、グラミー賞を18回受賞、1987年には女性として初めてロックの殿堂入りを果たした。


 現代音楽史に燦然たる功績を残してきた彼女の音楽には、どんな魅力があったのか。ブラックミュージックに詳しい音楽ジャーナリストの高橋芳朗氏に聞いた。


「アレサ・フランクリンのバックバンドのバンドマスターを務めていたドラマーのバーナード・パーディは、『彼女が歌えば、どんな曲でもオリジナルになる』といった趣旨のことを話していました。彼女のヒット曲には、オーティス・レディングの「Respect」をはじめ、ディオンヌ・ワーウィックの「I Say a Little Prayer」、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」、スティーヴィー・ワンダーの「Until You Come Back to Me」など、数多くのカバー曲がありましたが、どれも彼女自身のオリジナル曲であるかのように歌いこなしています。2014年には、アルバム『Aretha Franklin Sings The Great Diva Classics』でアデルの「Rolling In The Deep」をカバーしていましたが、まだアデルの熱唱の記憶が残るあれだけの大ヒット曲もあっさり自分のものにしていて驚きました。


 すさまじい歌の力によって、原曲の意味をも変えてしまうようなところもありました。例えば「Respect」は、もともとは夫が妻に対して「もっと自分に敬意を払ってくれ」と愚痴るような歌だったのを、彼女が歌うことで黒人女性が自由を要求する力強い楽曲になりました。その結果、「Respect」は当時のウーマンリブ運動の盛り上がりと共鳴してフェミストたちのアンセムソングになっています。これは、彼女の歌声のパワーをわかりやすく象徴する出来事だと思います」


 一方、”クイーン・オブ・ソウル”や“レディ・ソウル”といったイメージが先行することで、音楽家としての功績が見過ごされがちだったのではないかと、高橋氏は続ける。


「彼女が素晴らしいソウルシンガーなのはもちろんですが、プロデューサーやソングライターとしても非凡な才能を持っていたことを、この機会に改めて評価すべきではないかと感じています。彼女はジャンルをクロスオーバーする柔軟さも持ち合わせていて、ソウルとポップスを繋ぐ架け橋でもありました。70年代初頭にはヒッピームーブメントの聖地だったライブハウス『フィルモア・ウェスト』に乗り込んで、普段ロックを聴いているようなオーディエンスを圧倒しています。このときの模様はアルバム『Aretha Live at Fillmore West』として記録されているのでぜひ聴いてみてください。また、80年代に入ってもジョージ・マイケルやユーリズミックス、キース・リチャーズ、エルトン・ジョンらと共演しています。ソウルミュージックのパブリックイメージに忠実でありながら、その時代ごとのサウンドにもフレキシブルな対応を示しているんです」


 現在、活躍するアーティストたちにも、アレサ・フランクリンは絶大な影響を与えているという。


「ソウルミュージックはゴスペルやリズム&ブルースから派生して公民権運動の高まりとともに発展していった背景があります。つまりソウルミュージックは、黒人の尊厳を象徴する音楽なんですよ。アレサ・フランクリンの歌声はそれを体現するような力強さがあったのに加えて、女性の権利や自由を強烈に訴えるものでもありました。「Respect」が発売から50年以上経った今でもフェミニストアンセムとして歌い継がれているのは、そんなアレサの歌力あってこそでしょう。『Me Too』や『Time’s Up』の運動が盛り上がっている現在、特に女性シンガーが歌を通じてフェミニズムを表現しようとしたとき、アレサ・フランクリンとはいやがうえにも向き合うことになるでしょうね。そういう視点からポップミュージック史を俯瞰すると、アレサはマドンナと双璧を成す存在といえるかもしれません。


 音楽的な意味合いでいくと、積極的にクロスオーバーを推し進めていった彼女のアティテュードは、昨今のインディーR&Bのアーティストに大きな刺激を与えることになりそうです。シンガーとしての資質は異なりますが、例えばソランジュのようなアーティストの作品群からはアレサ・フランクリンに通じる態度を感じます。ソウルファンからはあまり評価されてこなかった70年代のアレサ・フランクリンの諸作が、昨今のボーダレス化が進む音楽シーンの流れを受けて再評価される可能性もあるのではないでしょうか。また、現在のR&Bシーンでは『ドレイク以降』ともいえるラップと歌の境界線を行き交うようなシンガーがもてはやされる傾向にありますが、今回のアレサの件を通じてオーセンティックな正統派のソウルシンガーの良さが再確認されるようになるといいですね」


 現在、レニー・クラヴィッツ、クインシー・ジョーンズ、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、ニッキー・ミナージュ、マライア・キャリーなど、幅広いジャンルの大物アーティストがアレサ・フランクリンを哀悼している。その歌声とアティチュードは、これからも多くのアーティストの指針となり、受け継がれていくだろう。(松田広宣)