2018年08月23日 09:52 弁護士ドットコム
東京都目黒区の路上で7月30日、刃物を持った男性が60代の女性に切りかかり腕にケガをさせた事件で、警察が男性を取り押さえる際に一般人が加勢した様子を写した映像が拡散し、議論を呼んでいる。
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警察が男性を取り押さえる様子を撮影した映像では、クロネコヤマトの配達員とみられる男性が、刃物を持った男性を背後から叩くなどして、警察が男性を取り押さえることに加勢する様子が写っている。この動画はツイッターに投稿され拡散。動画を見たツイッターユーザーからは、「クロネコさん惚れるわ」などと称賛の声があがった。
一方で、一般人が現行犯を取り押さえようとすることについて、別の視点からも議論が持ち上がった。犯人確保の訓練を受けていない一般人が現行犯を確保する際、「必要以上に攻撃したら逆に犯罪者になるのでは」という指摘だ。
たしかに、一定の犯罪では、捜査機関だけでなく、一般人が現行犯を逮捕することが法律で認められている。では、その際、現行犯とされる人物にケガをさせてしまったりしたら、逆に傷害罪などの罪に問われる可能性があるのだろうか。一般人が現行犯を逮捕する際、どの程度の実力行使が許されるのだろうか。刑事事件に詳しい富永洋一弁護士に聞いた。
「一般人も現行犯逮捕ができる根拠となる法律の規定を見てみましょう。法律の規定(刑事訴訟法213条)には、『現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる』と書かれています。
この『何人』というのは『なんにん』ではなく『なんぴと』と読みます。要するに、『誰でも』(一般人でも)という意味です。
この法律は、警察官と一般人とを区別していませんので、警察官と一般人とで許される実力行使の限度に変わりはないと考えられます」
では逮捕のためなら、一般人でも実力行使をしても良いのか。
「1975年(昭和50年)の最高裁判決も、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許されると判断しています」
この「限度内の実力」とは、具体的にはどういうことか。
「実力行使ができるといっても無制限に許されるわけではありません。あくまでも逮捕のために必要かつ相当な範囲に限られます。
2015年(平成27年)の大阪高裁の事例では、警察官が公務執行妨害の現行犯人に足払いをかけて脚の骨を骨折させ、胸部にのしかかって容疑者の肋骨を3本折った事案が、違法と判断されました。きっかけが盗難自転車の職務質問にすぎず、重大な凶悪犯罪の容疑に基づくものではないことなどから、『相当強力』な有形力の行使があったとして、必要かつ相当な限度を超えるものとされたからです。
一方で、1996年(平成8年)の東京地裁の事例では、警察官が外国人登録法違反の現行犯人を、警棒で殴り付けたり、足で蹴り付けたり、手拳で殴打したとされる事案では、犯人が相当暴れて抵抗したという事情から、犯人の抵抗を制圧するための、必要かつ相当なものとして適法とされています。
また、1989年(平成元年)の東京地裁の事例では、一般私人が、窃盗犯のジャンパーの襟元付近などを掴んでこれを振り回したり、大腿部を数回蹴った行為について、逮捕に伴うものとして許容される限度内のものとして、違法ではないとされています」
一概には言えないということですね。
「そうです。こうした裁判例からすると、現行犯の犯罪としての軽重、犯人からどのような抵抗を受けたか、犯人に対して行った暴行(有形力)の程度、犯人が負った怪我の程度、などの事情を総合的に判断して違法かどうかが判断されることになります。
逮捕のために必要かつ相当な限度内ということであれば、『正当行為』(刑法35条)として、傷害罪などの犯罪は成立しませんが、そのような限度を超えた場合には、暴行罪や傷害罪(仮に、犯人を死亡させた場合には傷害致死罪)などが成立してしまうことになります。
もっとも、『犯人を逃さない』という正義感からやりすぎてしまった場合、もとはと言えば現行犯人が悪いわけですし、警察の捜査に協力したことにもなりますから、実際には捜査機関から暴行罪や傷害罪で検挙されることはほとんどないと思われます。
ただし、『違法な逮捕によって怪我をさせられた』として、現行犯人側から、民事上の損害賠償を求められるなどして、結果的にトラブルに巻き込まれる可能性もありますので注意が必要です。
また、現行犯人からの抵抗や反撃にあって、逮捕しようとした側が怪我をさせられたり、凶悪事件などの場合は、正義感がために命を落とす危険性すらあります。
ほとんどのケースでは、無理をせずに警察に110番通報するのが適切な場合が多いでしょう。やむにやまれず自ら現行犯人を取り押さえるとしたら、それには警察官に負けないくらいの日ごろの鍛錬や相当の覚悟と的確な状況判断が必要なのかもしれません」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
富永 洋一(とみなが・よういち)弁護士
東京大学法学部卒業。平成15年に弁護士登録。所属事務所は佐賀市にあり、弁護士2名で構成。交通事故、離婚問題、債務整理、相続、労働事件、消費者問題等を取り扱っている。
公式HP:http://ariakelaw-saga.com/
事務所名:ありあけ法律事務所
事務所URL:http://ariakelaw-saga.com/