2018年08月22日 10:42 弁護士ドットコム
東京医科大の得点調整問題をきっかけに、女性医師の働き方に注目が集まっている。女子の受験生を不利に調整していた背景に、妊娠や出産を機に仕事との両立が厳しいものとなる女性医師ならではの苦しさがあると指摘されているからだ。
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実際に大学病院で働きながら、妊娠・出産を経験した2人の女性医師(30代)に、直面した悩みや課題について聞いた。(編集部・吉田緑)
3人の子どもがいる専業主婦のキョウコさん(仮名)。第1子、第2子の育児は仕事と両立させたが、第3子の妊娠をきっかけに大学病院の医局をやめた。
「私の周りには育児中の先生が多かったので、恵まれていた方だと思います。ただ、急患が来ても受けられませんでしたし、『この時間で帰らなければ、この人を見てあげられるのに』と思ったことは何回もありました。とにかく仕事がたくさんあるので、子どもと一緒に『寝落ち』してしまった場合は、夜中に起きて仕事の続きをすることもよくありました。
いま育児に専念していて思うのは、第1子のときはほとんど育児をできていなかったということです。子どもが具合悪いときに、そばにいてあげることもできませんでした」
医局で働いていたころ、育児のサポートは夫の母が主におこなっていた。院内の病児保育も利用した。内科医の夫はオペがなく、決まった時間に仕事が終わる。そのため、夫も育児は率先しておこなっており、キョウコさんは出産後も回数は少なかったものの、当直勤務をすることもできた。
「どちらかの親のサポートがなければ、医師の仕事は絶対に無理です。どうしても協力が得られない人は家政婦やベビーシッターにお願いしていると聞いたことはあります」
双方の両親が遠方にいる人に比べれば、キョウコさんはまだ恵まれている方だった。それでも次第に、自分が育児に専念する方がいいと考えるようになったそうだ。何が退職の引き金になったのだろうか。
キョウコさんにとって好きな仕事を辞めることは、簡単なことではなかった。
「辞めるときは散々悩みましたね。仕事は好きなので、それができなくなるのはすごく嫌でした。医局にも『別に辞めなくても』と引き止められた」と述懐する。それでも辞めたのは、育児に対しても、仕事に対しても、不消化感が強まっていったからだ。
「日中は保育園に通わせて、ただでさえ時間が少ないところに、子どもが増えて1人にかけてあげられる時間が減ってしまい、子どもたちが不安定になってしまったんです。夜泣きをしたり、ヒステリックになったりすることが増えました。
仕事の面でも、中途半端になっているのではないかという思いが募っていきました。産前とは違って、時間を気にせず病棟で患者さんの話をじっくりと聞くこともできません。患者さんが元気に退院できるのか、最後まで寄り添って見届けてあげたいという気持ちがある一方で、実際は手術をしてその患者さんとの関わりは終わってしまっているように思えました」
どちらも満足のいくような関わりができないと感じたキョウコさんは、中途半端になるならば、と辞めることを決意した。ではその時、どんな選択肢があれば続けることができたのだろうか、と聞いてみた。
「正直なところ、臨床だけだったら育児と両立できたと思います。でも、医師の仕事はそれだけではありません。論文を書いたり、研究したり、データを集めたり、ほかにも雑務が膨大にあります。片手間にできる仕事ではないのです」
言葉の端々から、キョウコさんの仕事への情熱が伝わってきた。現在は子育てを優先していると言うが「いつかまた産婦人科の現場に戻りたいです。下の子の子育てが落ち着いたら、アルバイトからでも始めたいですね」と話していた。
次に、子育てをしながら働く現職の女性医師にも話を聞いた。アリサさん(仮名・放射線科)は外科医の夫との間に2人の子どもがいる。夫はオペが多く、ほとんど家にいられないため、育児のサポートは夫の母がおこなっている。
第1子の妊娠が分かったのは、研修医になったばかりのころ。「研修医という立場上、妊娠の報告を誰にいつ言えばいいのかわかりませんでした」と当時困惑したことを振り返る。なにより、周囲の理解を得られるのかという不安が強かった。
「妊娠中つらかったのは、当直です。医師の現場はバリバリの体育会系な男社会です。時間外労働が多く『手当がないのにこんなに働くなんて』と何度も思いました。加えて、夜間は普段に増して人手不足。当然、当直の免除なんてありません。つわりで気持ち悪いときや眠いときが多かったです」
過去に女性医師の妊娠・出産の前例がある職場であれば、配慮してもらえることもあるという。しかし、アリサさんが研修医だったころにいた職場では、そのような前例がなく、妊娠中の配慮はほとんどなかった。
産後も悩みが途絶えることはなかった。第1子は身体が弱く、頻繁に休んだ。
「『休みます』と言うと『お大事に』と返してくれる人が多かったので、恵まれていた方だと思います。そういう言葉さえ言ってくれない職場もあると聞くので。ただ、子どもが熱を出して休むたびに『どうしよう仕事…』とばかり思っていました。そんな自分が嫌でした」
その後、アリサさんは悩んだ末に融通が効く職場にうつることを決意した。現在の職場は休みも取りやすく、ほぼ決まった時間に仕事が終わるのだという。
「妊娠中や育児中の女性医師が働けるかどうか。結局のところ、職場次第なんですよね」とアリサさんは話す。
キョウコさんとアリサさんにとって、もっともつらかったことは、同年代の独身医師が醸し出す空気感と風当たりの強さだった。2人とも「特に同じ女性医師の風当たりが強かった」と話す。これは、妊娠・出産・育児を経験した多くの女性医師が直面する問題なのではないかという。
「『なんで私があなたの分まで働かなければならないの』という空気感を常に感じていました。ただでさえ医師は過重労働を強いられているので、みんな余裕がないのだと思います」(アリサさん)
「直接なにかを言われたわけではないのですが、あの空気感は耐えられなかったですね。『いろいろ言っている奴がいる』と先輩に言われ、ショックだったこともあります。雑務も積極的にこなしましたが、それでも私と近い年代の独身の先生たちに穴を埋めてもらった仕事もありました。みなさん忙しすぎて全然寝られないうえに、次の日も仕事があります。とにかく余計な負担をかけないように、気を遣っていました」(キョウコさん)
東京医大でおこなわれた得点操作に対して、アリサさんやキョウコさんは「仕方ない」との見方を示す。2人に限らず、女性医師仲間の多くは「仕方ない」「こういうことを考慮したうえで頑張らないと」と話している人が多いという。
「現状の過酷な労働環境を前提にすれば、仕方ないのかなとは思います。でも『どうせ出産したら使い物にならないんでしょ』という考え方は許せないです。そもそも、何十年も『育児しています』という人はいませんし、育児に時間が割かれるのは一時的です。出産は男性にはできないことですし、女がいなければ男も生まれない。なのに、こういうときだけ、女性に対してこういう言い方をされるのはつらいですね」(アリサさん)
「仕方ないとは思います。実際そうしないと医療はまわりませんので、差別だとも思いませんでした。私立の大学は国公立よりも受けられる助成金が少ないので、人件費をおさえるために常に人手不足です。働き手がいなくなると、ますます厳しい状態になってしまうため、離職リスクが低い男性医師が優先されているのだろうと思います。こういうことは以前からあると聞いていましたし、たまたま明るみに出たのが東京医科大だったのでしょうね」(キョウコさん)
2人の女性医師の話からは、過酷な労働環境への諦念ともどかしさも伝わってきた。
東京医科大の問題が発覚して以後、現職の医師たちもSNSなどで活発に意見を交換している。過酷な労働環境がある限り、入試段階の男性医師の優遇は致し方ないという主旨の指摘も多く見られた。
東京医科大の問題を受けて「医師ユニオン」が出した声明にも、医師の「異常な」働き方を改善する必要性が指摘されている。
キョウコさんは「日中の外来に行く時間がなかったからと夜間に受診する人が少なくありません。医師は正当な事由がなければ診療を拒否できない(医師法19条)のですが、こういった対応が積み重なると時間はどんどん失われていきます」と話す。
医師の労働環境を改善していくためには、患者の側も、医師に無理な要求をしていないのか自問する必要もあるだろう。
(弁護士ドットコムニュース)