トップへ

サマソニで初来日 チャンズ・ザ・ラッパーのニューチャプターを目撃せよ

2018年08月17日 19:21  CINRA.NET

CINRA.NET

チャンズ・ザ・ラッパー By Julio Enriquez from Denver,CO, USA (Chance the Rapper ::: Red Rocks ::: 05.02.17) [CC BY 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons
■シカゴ発、新時代の旗手が待望の初来日
いよいよ開催が目前に迫った『SUMMER SONIC 2018』。今年の出演者の中で、最もエポックメイキングな存在は誰かと聞かれれば、まず間違いなくチャンス・ザ・ラッパーの名前を挙げなくてはならない。

何しろ、彼はこれまで一度もレーベルと契約することなく、ミックステープやシングル等の作品を無料ダウンロード/ストリーミングのみで発表し続けている、完全にインディペンデントなアーティスト。いまだメジャーレーベル信仰が根強く、旧来的なCD商法が一般的な日本に、彼のような新時代の旗手が訪れることそのものが画期的と言えるだろう。

もちろん、レーベルを通さず活動するアーティストの来日自体は決して珍しいことではない。しかし、チャンス・ザ・ラッパーが誰よりも特別である理由は、インディペンデントな活動を通じて、本国アメリカの記録・ルールを次々と塗り替え、メインストリームの根本的な在り方まで変えてしまった点にある。

■レーベル契約なし、『グラミー賞』のルールまで塗り替えたインディペンデントな姿勢
2016年にリリースした3rdミックステープ『Coloring Book』は米ビルボードチャートに初めてランクインしたストリーミング限定作品となり、翌年の『グラミー賞』では最優秀新人賞を含む三冠を獲得。創設から58年もの間ずっと、『グラミー賞』の選考基準は「フィジカルリリースされた録音物」に限られてきたが、彼の活躍が呼び水となり、その対象がストリーミングにまで広げられたのである。

その『グラミー賞』授賞式のスピーチで、チャンス・ザ・ラッパーは以下のような言葉を語った。

「多くの人がインディペンデントであることを自分一人でやることだと思っているけど、インディペンデンスというのは自由を意味しているんだよ」

そう、彼のこれまでの活動は、常に自由と共にあった。しがらみや慣習に縛られないこと。ステレオタイプや偏見に抗い続けること。そんな自由な活動の結果として、彼は自分自身に、地元シカゴに、さらには音楽シーンやアメリカ全体にまでポジティブな変化をもたらし続けてきたのだ。

■チャンス・ザ・ラッパーの歩みを振り返る。父親はかつてオバマの補佐官
チャンス・ザ・ラッパーが生まれ育ったイリノイ州シカゴは全米第3位の人口を誇る大都市だが、同時に凶悪犯罪の発生率でも悪名の高い街として知られていた。2011年と2012年には、シカゴで起きた殺人件数がイラクやアフガニスタンに派兵された米兵の死亡者数を上回ったことから、「シャイラク(Chiraq)」という不名誉な蔑称が付けられるほど。そんな状況を反映した、サウス・サイド生まれの新たなギャングスタラップ=ドリルミュージックが話題を集めはじめたのも、ちょうど同じ頃だ。

1993年生まれのチャンス・ザ・ラッパーは、父親がバラク・オバマの補佐官を務めていたこともあり、貧しい家庭で育ったわけではなかった。とは言え、真面目で勉強熱心な優等生というわけでもなかったようだ。

彼が2012年4月に公開したデビューミックステープは、高校でマリファナが見つかったため停学処分を受けていた時期にレコーディングされ、その日数にちなんで『10 Day』と名付けられている。リリックの主題は10代の悲喜こもごもの日常だが、中には暴力事件で命を落とした友人を想う“Missing You”のような楽曲も。シカゴの暴力に巻き込まれて亡くなっていった友人に捧げる深い悲しみは、この後もチャンスの作品に幾度となく登場する重要なトピックの一つとなっていく。

■チャイルディッシュ・ガンビーノとの出会いと記念碑的作品『Acid Rap』
この『10 Day』がきっかけとなり、チャンスはチャイルディッシュ・ガンビーノのツアー前座に抜擢されることに。チャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーは、現在では企画・製作・監督・脚本・主演を務めるテレビドラマ『アトランタ』の成功や“This Is America”のヒットで知られるグローバルスターだが、当時はコメディアンとしては有名だったものの、ラッパー=チャイルディッシュ・ガンビーノとしては活動をスタートさせたばかり。両者の友情は、その後お互いのミックステープへの客演を経て、現在にいたるまで良好なまま続いており、コラボレーションによるミックステープの製作も進行中という噂だ。

チャイルディッシュ・ガンビーノが客演した件のトラック“Favorite Song”も収録された2作目のミックステープ『Acid Rap』(2013年4月発表)は、チャンス・ザ・ラッパーの名前を全世界に知らしめた記念碑的作品となった。同作の客演とプロダクションには、チャンスが所属する地元クルー「Savemoney」のメンバーをはじめとするシカゴの若き仲間が集結。

ゴスペルに始まり、クラシックソウル、ブルース、ハウス等々を横断しながら、ラストをシカゴ発祥の最新ダンスミュージック=ジュークで締めくくる流れは、音楽都市シカゴの遺産を総ざらいするかのよう。また、ギャングバイオレンスと隣り合わせの日常を生きる青春譚という点で、同作は前年リリースのケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city』とも共振していた。

■地元の音楽仲間と結成したThe Social Experiment。シカゴのイメージ改善にも尽力
『Acid Rap』の話題性によって、チャンス・ザ・ラッパーは一躍時の人に。意気投合したジェイムス・ブレイクと共にLAで共同生活していた時期もあったものの、ほどなくして彼は地元シカゴへと舞い戻り、同地のイメージ改善に尽力し始める。CM出演などで得た資金を教育支援や治安回復キャンペーン等の社会活動に惜しみなく使いつつ、地元の音楽仲間と結成したバンド・The Social Experimentとともに活動。その地元に根差した音楽活動が実を結んだ作品が、Donnie Trumpet & The Social Experiment名義での2015年作『Surf』だった。

当初、同作はiTunesを通じた無料ダウンロード形式で発表され、初週だけで60万以上のダウンロード数を記録。トランぺッター兼プロデューサーのドニー・トランペット(現在はニコ・シーガル名義で活動)が指揮を務めた祝祭的な世界観は、批評面でも高い評価を受けた。中でも、後にシカゴ新世代を代表するシンガーとして蜜月の関係を築くことになるジャミーラ・ウッズがチャンスと初共演した“Sunday Candy”は、シカゴに生まれた変化の機運を見事に捉えた名曲となった。

■「シカゴとチャンス」の集大成『Coloring Book』で名実ともに新世代のアイコンに
そして、2016年。3rdミックステープ『Coloring Book』の発表によって、チャンス・ザ・ラッパーは名実ともに新世代を代表するアイコンとなった。

前述したように、同作はストリーミング限定作品として数々の初記録を残した金字塔。「塗り絵」を意味するタイトルと、チャンスが下を向いて微笑むアートワークに示唆される愛娘の誕生が、本作最大のインスピレーションとなり、全体の慈愛に満ちた優しいトーンを決定づけている。

この『Coloring Book』は、チャンスの身に起こった変化、チャンスがシカゴに与えてきた変化が大きな変革へと繋がっていく様を記録した、シカゴとチャンスの集大成とも言うべき作品だった。本作での『グラミー賞』受賞と、地元シカゴ開催の『Lollapalooza』をはじめとする大型フェスのヘッドライナー公演で、言うなればチャンス・ザ・ラッパーという物語の第1章はクライマックスを迎えた。

■来日直前にドロップされた4曲の新曲。ニューチャプターの幕開けか?
では、2018年現在、世界中のファンが待ち望んでいる新しいチャプターは、いつ・どんな形で幕開けとなるのか?

もしかしたら、その新章はここ日本の 『SUMMER SONIC』がワールドプレミアとなるかもしれない。何しろ、彼がフルサイズのライブを行うのは『Coloring Book』に伴う南米の『Lollapalooza』ツアーが終了した今年3月以来、約5か月振り。直前の7月には、サプライズ的に4曲のシングル――“I Might Need Security”“65th & Ingleside”“Wala Cam”“Work Out”が発表されたばかりなのだ。もしこれらの4曲が日本で披露されれば、それはもちろん世界初パフォーマンスとなる。

新曲4曲の中でも「Fuck You」のリフレインがとりわけ鮮烈な“I Might Need Security”において、チャンス・ザ・ラッパーは1stヴァースをこんなラインでスタートさせる。

「俺は活動家なんかじゃない、主人公なんだ」

そう、彼は社会運動を至上命題とする活動家でもなければ、ましてや品行方正な聖人君子でもない。人間的な魅力と音楽の才能、自由で柔軟な思考と行動力によって誰もが惹きつけられずにはいられない、現代の音楽シーンにおける主人公の一人なのである。

『SUMMER SONIC』での初来日は、その物語を実際に体験する貴重な機会。ましてやそれが新しいチャプターのプロローグになるかもしれないというのなら、絶対に見逃すわけにはいかないだろう。(文:青山晃大)